第44話『クラリス、涙の鍛刀──“父を救いたい”と叫ぶ夜』

クラリスの手は震えていた。


湊とユゼルの支援で“霊銀鋼”の加工が進む中、クラリスはただ一人、王都鍛冶師ギルドの崩れた支部跡にいた。廃墟と化した炉の前に、焦げた職人帽を握りしめながら。


「父さん……」


父──クラウド・エルネスタは、王都の誇りとされた名鍛冶師だった。だが、半年前、《漆黒の公会》により鍛刀を拒んだ者たちに“呪詛”が撒かれ、その第一犠牲者となった。


心を蝕まれ、名前すら思い出せない廃人となった父を、クラリスは毎日見舞っていた。


「父さんは……あんなふうになる人じゃないの。どんなに鍛冶師が軽んじられても、私にだけはいつも、“鍛刀は信念だ”って、そう言ってた……!」


涙が、頬を伝う。


クラリスは炉に火を灯す。


既に誰もいないはずのギルド。工具も魔力炉も壊れ、道具は粗末なものばかり。それでもクラリスは立った。


「私が、父さんの“証明”になる……私が鍛える、この刀が……!」


彼女が手に取ったのは、父の最後の未完の鋼だった。


呪いに抗えなかったあの日、クラウドは炉に火を入れかけていた。完成されぬまま、今なお無垢のまま残された素材。クラリスはそれを、静かに台に置いた。


──ガン。


最初の一打が響いた。


その音は、怒りでも、悲しみでもない。“祈り”だった。


──ガン。


重ねるたびに、空気が震える。


だが、霊銀鋼は簡単には応じない。クラリスの小さな身体では、思うように熱が伝わらず、火は暴れ、鋼は歪む。


「まだ……まだよ……父さん……!」


クラリスの手は血で濡れ、火の粉が頬を焼いた。


それでも彼女は止まらなかった。呪いに屈したすべての鍛冶師に代わって、父に代わって──。


「見ててよ……私の、“信念”を!!」


その瞬間、扉が軋む音がした。


「……クラリス」


その声に、クラリスは顔を上げた。


「湊……」


暗がりから現れたのは、無言のまま工具袋を抱えた湊だった。


クラリスは必死に涙を拭った。


「……ごめん、勝手に炉を使って。でも、今だけは、私──」


湊は言葉を遮るように、手を差し出した。


そして、言った。


「……一緒に、打とう」


──その言葉だけで、クラリスの胸が熱くなった。


ふたりは並んで立つ。ひとりでは届かない熱も、ふたりなら伝えられる。


火を強め、湊が風を送り、クラリスが打つ。


彼女の打つたび、湊は無言でうなずく。


「父さんは……強かった。怖くても、決して鍛刀をやめなかった……」


──ガン。


「だから私も……! あの人の娘として……!」


──ガン。


ふたりの打撃が重なり、霊銀鋼が初めて光を返す。


「湊……これって──」


「──鋼が、応えたんだ。お前の気持ちに」


そのとき、クラリスの胸に、一筋の希望が灯った。


あの呪いに奪われたものを、少しずつでも取り戻せると。


「この刀……父さんに、届けたい」


「……届けよう。俺たちの“想い”の刃として」


湊が、最後の一撃を告げた。


クラリスも、目を閉じて、同じリズムで槌を振るう。


──ガン!


深夜の王都に、ふたりの“火の音”が響く。


誰にも届かなくてもいい。ただ、あの人にだけ。


「……父さん……私、今、刀を打ってるよ……」


その涙は、祈りと誓いの証だった。


そして炉の中、完成されつつある刃が、ひと筋の光となって、夜を裂いていた。

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