第13話『弟子、爆発。お風呂、吹っ飛ぶ。』

 その朝、ルフナはやけに張り切っていた。


 というより――明らかに様子がおかしかった。


「クラリッサさんと一緒にいるとき、師匠、ちょっとだけ笑ってた」


 そう呟いたのは昨夜の夕食後。鍛冶場に差し込む夕日を見つめながら、何かに噛み締めるような表情だった。


 そして翌朝、彼女は叫んだ。


「師匠っ!! お風呂、わたしが沸かします!!」


「……は?」


 薪を抱え、タオルを腰に巻き、湯沸かし場に向かうドワーフ娘の背中は、どこか戦地に赴く将兵のようだった。


 



 


「よし、今朝はちょっと熱めにして……えーと、薪は……ちょっと多めにしとこうかなっ!」


 カコン、と焚き口に薪を放り込みながら、ルフナは鼻歌交じりに湯の準備をしていた。


(昨日のクラリッサさん、めっちゃ色っぽかったし……。私だって、師匠の前で“女の子”って思われたいし……)


 口には出さずとも、胸のうちではメラメラと嫉妬の火が燃えている。


 だからこそ――。


「えいっ! もうちょい薪を足しちゃえ~!」


 その判断が、後に“大事故”を招くことになる。


 ゴオオオオオオッ……!


 湯沸かし場の焚口から、不穏な轟音。


 そして数分後――


 ボンッ!!!


 爆音と共に、湯沸かし場の屋根が“吹き飛んだ”。


 



 


「……なに?」


 鍛冶場で金槌を振るっていた湊は、耳を疑った。


 すぐさま外に出る。


「……おい」


「し、しししし師匠ぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」


 ずぶ濡れになって半泣きのルフナが、全身から湯気を立てながら立っていた。


 いや、正確には“全身ビショビショでタオル一枚”だった。


 そのタオルは、明らかに寸法が足りない。


 ドワーフ族特有のむっちりとした身体。短い手足ながら、詰まった腰回りと柔らかそうな胸元が、水を含んで密着しているタオルの布越しに浮き上がっている。


 そしてそのタオルが、どう見ても“ずれそう”で――


 湊は口を開いた。


「…………爆発したのか?」


「し、しましたっ!! でも、わたしの身体は無事ですっ!!」


「それは……見ればわかる……」


 ――何を見てるんだ俺は!!


 頭を振って意識を逸らすが、脳裏にこびりついた映像は離れない。


 湯気の中でびしょ濡れの少女。肌に貼りつくタオル。首筋から流れる水の滴。なぜかこっちに歩いてくるたび、タオルのすき間がどんどん危なくなって――


「くっ……!!」


 拳を握った。


(……俺は……職人だ……!!)


 鉄を打つ男にとって、肌色などただの**“未鍛成の鋼”**にすぎない。


 そう言い聞かせた。


 だが、次の瞬間――


 ずるっ


「──わ、あっ!」


 ルフナが足を滑らせ、こちらに倒れ込んだ。


 そして。


 どちゃっ!!!


 湊の胸に、濡れた身体がそのままダイブした。


 その瞬間――


「──ひゃっ!!」


 タオルの結び目が外れた。


 湊の肩と胸元に、素肌がピタリと接触した。


「ぅ……あ、あああああああああああああああああ!!!」


 湊のむっつり脳が、フル回転で爆発した。


「るるるるるルフナぁぁぁぁあああああっ!!おまえっ、服っ、服を着ろ!!いや違う!タオルを巻け!っていうか俺にくっつくな!!」


「ちょっ!?どこ触ってんですか!?師匠ぉぉぉぉぉ!!!」


「触ってない!!当たってるだけだ!!!」


「それを触ってるって言うんですぅぅぅぅ!!!!!」


 



 


 数分後。


 二人は鍛冶場の裏で正座していた。


 ルフナは着替えたあとも顔を真っ赤にしてうつむき、

 湊は湯冷ましの桶を頭からかぶって、無言で反省していた。


「……わたし、やっぱり師匠のこと、変な目で見てるかも」


「俺の方が変な目で見てる。すまん」


「うわぁ!!自白だ!!」


「……というか、お前が悪い」


「師匠の理屈ズルい!!」


 



 


 その夜。


 ルフナは布団に潜りながら、こっそりと呟いた。


「……でも、ちょっとだけ、嬉しかったな……」


 一方、湊は。


(……また冷却しなきゃ……)


 鍛冶師の夢、スローライフ。


 だが、火と水と女たちに囲まれた日々は、むしろ**“爆発スローライフ”**と化していた。

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