第13話『弟子、爆発。お風呂、吹っ飛ぶ。』
その朝、ルフナはやけに張り切っていた。
というより――明らかに様子がおかしかった。
「クラリッサさんと一緒にいるとき、師匠、ちょっとだけ笑ってた」
そう呟いたのは昨夜の夕食後。鍛冶場に差し込む夕日を見つめながら、何かに噛み締めるような表情だった。
そして翌朝、彼女は叫んだ。
「師匠っ!! お風呂、わたしが沸かします!!」
「……は?」
薪を抱え、タオルを腰に巻き、湯沸かし場に向かうドワーフ娘の背中は、どこか戦地に赴く将兵のようだった。
◇
「よし、今朝はちょっと熱めにして……えーと、薪は……ちょっと多めにしとこうかなっ!」
カコン、と焚き口に薪を放り込みながら、ルフナは鼻歌交じりに湯の準備をしていた。
(昨日のクラリッサさん、めっちゃ色っぽかったし……。私だって、師匠の前で“女の子”って思われたいし……)
口には出さずとも、胸のうちではメラメラと嫉妬の火が燃えている。
だからこそ――。
「えいっ! もうちょい薪を足しちゃえ~!」
その判断が、後に“大事故”を招くことになる。
ゴオオオオオオッ……!
湯沸かし場の焚口から、不穏な轟音。
そして数分後――
ボンッ!!!
爆音と共に、湯沸かし場の屋根が“吹き飛んだ”。
◇
「……なに?」
鍛冶場で金槌を振るっていた湊は、耳を疑った。
すぐさま外に出る。
「……おい」
「し、しししし師匠ぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
ずぶ濡れになって半泣きのルフナが、全身から湯気を立てながら立っていた。
いや、正確には“全身ビショビショでタオル一枚”だった。
そのタオルは、明らかに寸法が足りない。
ドワーフ族特有のむっちりとした身体。短い手足ながら、詰まった腰回りと柔らかそうな胸元が、水を含んで密着しているタオルの布越しに浮き上がっている。
そしてそのタオルが、どう見ても“ずれそう”で――
湊は口を開いた。
「…………爆発したのか?」
「し、しましたっ!! でも、わたしの身体は無事ですっ!!」
「それは……見ればわかる……」
――何を見てるんだ俺は!!
頭を振って意識を逸らすが、脳裏にこびりついた映像は離れない。
湯気の中でびしょ濡れの少女。肌に貼りつくタオル。首筋から流れる水の滴。なぜかこっちに歩いてくるたび、タオルのすき間がどんどん危なくなって――
「くっ……!!」
拳を握った。
(……俺は……職人だ……!!)
鉄を打つ男にとって、肌色などただの**“未鍛成の鋼”**にすぎない。
そう言い聞かせた。
だが、次の瞬間――
ずるっ
「──わ、あっ!」
ルフナが足を滑らせ、こちらに倒れ込んだ。
そして。
どちゃっ!!!
湊の胸に、濡れた身体がそのままダイブした。
その瞬間――
「──ひゃっ!!」
タオルの結び目が外れた。
湊の肩と胸元に、素肌がピタリと接触した。
「ぅ……あ、あああああああああああああああああ!!!」
湊のむっつり脳が、フル回転で爆発した。
「るるるるるルフナぁぁぁぁあああああっ!!おまえっ、服っ、服を着ろ!!いや違う!タオルを巻け!っていうか俺にくっつくな!!」
「ちょっ!?どこ触ってんですか!?師匠ぉぉぉぉぉ!!!」
「触ってない!!当たってるだけだ!!!」
「それを触ってるって言うんですぅぅぅぅ!!!!!」
◇
数分後。
二人は鍛冶場の裏で正座していた。
ルフナは着替えたあとも顔を真っ赤にしてうつむき、
湊は湯冷ましの桶を頭からかぶって、無言で反省していた。
「……わたし、やっぱり師匠のこと、変な目で見てるかも」
「俺の方が変な目で見てる。すまん」
「うわぁ!!自白だ!!」
「……というか、お前が悪い」
「師匠の理屈ズルい!!」
◇
その夜。
ルフナは布団に潜りながら、こっそりと呟いた。
「……でも、ちょっとだけ、嬉しかったな……」
一方、湊は。
(……また冷却しなきゃ……)
鍛冶師の夢、スローライフ。
だが、火と水と女たちに囲まれた日々は、むしろ**“爆発スローライフ”**と化していた。
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