第11話『依頼が来た!でも断る!そして押しかけられる!』

その日は、朝から炉の調子が良かった。


 火の勢いは安定し、空気穴から心地よい熱が漏れてくる。

 湊は槌を握り、金床に載せた刃の芯材に視線を落とした。


「よし……」


 鉄と火に向かう時間だけが、彼にとっての静寂だった。

 うるさい弟子も、冷ややかな用心棒も、今はまだ小屋の中で朝飯をもぐもぐ中である。


 絶好の鍛冶日和。


 ――だったのだが。


「失礼する!!」


 その静寂を打ち破ったのは、鎧の軋む音と共に踏み込んできた声だった。


 森の鍛冶屋に、ありえないほど場違いな、銀鎧の女騎士が登場した。


 



 


 その女は、ひと目で“できる人”だと分かった。


 姿勢がいい。目線が高い。剣を下げてはいるが、身体からにじみ出る緊張感が途切れない。


 そして、第一声がこれである。


「鍛冶屋殿。我が剣の修復、貴殿に依頼したく参上した」


 きっぱり、簡潔。慣れている。


 だが。


 村上湊、返答まで0.3秒。


「……断る」


「早すぎません!?」


 あっけらかんと突っ込んだのは、朝飯の皿を手にしたルフナである。


「師匠、さすがにもう少し話を聞いてあげましょうよ……!」


「外注、受けない主義なんで」


「いやでもせっかく来てくれたお姉さんだし!見てよこの感じ!“いい匂いしそう系美人騎士”だよ!?」


「匂いで判断すんな」


 



 


 女騎士は名乗った。


「私はクラリッサ・アルヴェル。王国第三騎士団副長。

 任務中、聖属性の剣にヒビが入り、どうしても貴殿の技術が必要なのだ」


「別のとこ行ってください」


「もう数件回った。皆、“匠様の刃には及ばぬ”と」


(……あの猟師、どこまで吹聴してるんだ)


 湊はすでに小屋を建ててから数度目の“勝手に神扱い”に頭を抱えていた。


「申し訳ないが……俺は、人と関わらずに刀を打ちたいだけなんで」


「……っ、しかし……!」


 クラリッサの拳が震えた。


 自分の無礼が理解できているからこそ、引くに引けない葛藤がそこにあった。


 だが、湊の目は変わらない。


「……ならば」


 クラリッサがふと背を向けた。


「私はここに“逗留”する」


「は?」


「断られても、依頼は撤回しない。ならば、ここに住まわせてもらう」


「え? え? ええええ!?」


 ルフナが素っ頓狂な声を上げる。


「師匠の鍛冶を直接見て、判断してもらう……それでも“打てぬ”というのなら、その時は潔く引く」


 クラリッサはそれだけ言うと、荷物を下ろして木陰にテントを張りはじめた。


 湊は一言だけ、絞り出す。


「……また面倒が増えた……」


 



 


 その日の夕方。


「じゃあ師匠、私とお姉さんの分も作りますね!」


 ルフナが腕まくりして野菜を刻み始め、クラリッサは手際よく水汲みと火の管理を手伝っていた。


「ありがとうございます、助かります!」


「こちらこそ……見事な手並みだ」


 微妙に打ち解け始める女子たち。


 湊は、自作の“鋼の耳栓”を装着して、無言で鍛冶に集中することにした。


 だが――平穏は、長くは続かなかった。


 



 


 夜。湯沸かし場。


 クラリッサが夕風呂を終え、髪を拭きながら戻ってくる。


 バスタオルを一枚羽織っただけ、肩と太ももが露わな状態。


 そして――偶然にも、そこへ水を汲みに出てきた湊と遭遇。


「――っ」


「――ぅあッ」


 静寂、停止。


 クラリッサの濡れた髪が肩を伝い、タオル越しに肌が淡く光る。

 そのラインを見た瞬間、湊の“むっつり機構”が一瞬で発動。


(違う、これは構造美。構造美の観察。俺は決して、下心で見ているわけではない……!)


「……て、鉄の冷却、だ!!」


「は???」


 意味不明の一言を叫んで、湊は脱兎のごとく逃げた。


 その姿を見て、クラリッサは頬を染めた。


「……どこをどうしたら“冷却”になるのだ……?」


 



 


 その夜。


「師匠、さっき顔真っ赤でしたけど……なんかあったんです?」


「なにも……ない」


「いやあれは明らかに“何かあった”顔でしたけどもぉおおおお!!!?」


「寝ろ」


 静かに、しかし確実に、スローライフが“崩壊”に向けて転がり始めていた。

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