第11話『依頼が来た!でも断る!そして押しかけられる!』
その日は、朝から炉の調子が良かった。
火の勢いは安定し、空気穴から心地よい熱が漏れてくる。
湊は槌を握り、金床に載せた刃の芯材に視線を落とした。
「よし……」
鉄と火に向かう時間だけが、彼にとっての静寂だった。
うるさい弟子も、冷ややかな用心棒も、今はまだ小屋の中で朝飯をもぐもぐ中である。
絶好の鍛冶日和。
――だったのだが。
「失礼する!!」
その静寂を打ち破ったのは、鎧の軋む音と共に踏み込んできた声だった。
森の鍛冶屋に、ありえないほど場違いな、銀鎧の女騎士が登場した。
◇
その女は、ひと目で“できる人”だと分かった。
姿勢がいい。目線が高い。剣を下げてはいるが、身体からにじみ出る緊張感が途切れない。
そして、第一声がこれである。
「鍛冶屋殿。我が剣の修復、貴殿に依頼したく参上した」
きっぱり、簡潔。慣れている。
だが。
村上湊、返答まで0.3秒。
「……断る」
「早すぎません!?」
あっけらかんと突っ込んだのは、朝飯の皿を手にしたルフナである。
「師匠、さすがにもう少し話を聞いてあげましょうよ……!」
「外注、受けない主義なんで」
「いやでもせっかく来てくれたお姉さんだし!見てよこの感じ!“いい匂いしそう系美人騎士”だよ!?」
「匂いで判断すんな」
◇
女騎士は名乗った。
「私はクラリッサ・アルヴェル。王国第三騎士団副長。
任務中、聖属性の剣にヒビが入り、どうしても貴殿の技術が必要なのだ」
「別のとこ行ってください」
「もう数件回った。皆、“匠様の刃には及ばぬ”と」
(……あの猟師、どこまで吹聴してるんだ)
湊はすでに小屋を建ててから数度目の“勝手に神扱い”に頭を抱えていた。
「申し訳ないが……俺は、人と関わらずに刀を打ちたいだけなんで」
「……っ、しかし……!」
クラリッサの拳が震えた。
自分の無礼が理解できているからこそ、引くに引けない葛藤がそこにあった。
だが、湊の目は変わらない。
「……ならば」
クラリッサがふと背を向けた。
「私はここに“逗留”する」
「は?」
「断られても、依頼は撤回しない。ならば、ここに住まわせてもらう」
「え? え? ええええ!?」
ルフナが素っ頓狂な声を上げる。
「師匠の鍛冶を直接見て、判断してもらう……それでも“打てぬ”というのなら、その時は潔く引く」
クラリッサはそれだけ言うと、荷物を下ろして木陰にテントを張りはじめた。
湊は一言だけ、絞り出す。
「……また面倒が増えた……」
◇
その日の夕方。
「じゃあ師匠、私とお姉さんの分も作りますね!」
ルフナが腕まくりして野菜を刻み始め、クラリッサは手際よく水汲みと火の管理を手伝っていた。
「ありがとうございます、助かります!」
「こちらこそ……見事な手並みだ」
微妙に打ち解け始める女子たち。
湊は、自作の“鋼の耳栓”を装着して、無言で鍛冶に集中することにした。
だが――平穏は、長くは続かなかった。
◇
夜。湯沸かし場。
クラリッサが夕風呂を終え、髪を拭きながら戻ってくる。
バスタオルを一枚羽織っただけ、肩と太ももが露わな状態。
そして――偶然にも、そこへ水を汲みに出てきた湊と遭遇。
「――っ」
「――ぅあッ」
静寂、停止。
クラリッサの濡れた髪が肩を伝い、タオル越しに肌が淡く光る。
そのラインを見た瞬間、湊の“むっつり機構”が一瞬で発動。
(違う、これは構造美。構造美の観察。俺は決して、下心で見ているわけではない……!)
「……て、鉄の冷却、だ!!」
「は???」
意味不明の一言を叫んで、湊は脱兎のごとく逃げた。
その姿を見て、クラリッサは頬を染めた。
「……どこをどうしたら“冷却”になるのだ……?」
◇
その夜。
「師匠、さっき顔真っ赤でしたけど……なんかあったんです?」
「なにも……ない」
「いやあれは明らかに“何かあった”顔でしたけどもぉおおおお!!!?」
「寝ろ」
静かに、しかし確実に、スローライフが“崩壊”に向けて転がり始めていた。
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