第4話「線路の下にいるもの」

深夜一時。

アパート近くの踏切に差しかかると、線路がわずかに震えていた。

ここを通る電車は、最終便が23時半。

それ以降、列車が走ることはないはずだった。音がするはずもない。

――けれど今、確かに聞こえる。

カンカンカン…、ガタン、ガタン……

踏切の音と、重たい鉄の音が、遠ざかるでも近づくでもなく、ずっと足元から響いている。

スマホを見ながら音声SNSアプリ「T-Wave」で怪談ライブを聞いていた。

ちょうど、「深夜の踏切にまつわる話」が再生されていて、雰囲気はぴったりだった――はずだった。

耳を澄ますと、レールの下の空洞――

敷石の奥の、誰も覗かない隙間から、何かが囁いた。

「ねぇ、見える……? ここ、あたたかいよ。こっちにおいでよ。」

ふざけた演出かと思い、スマホのカメラを起動してレールの下に近づいた。

地面に顔を寄せてレールの下を覗いてみると…。

砂利の隙間の奥、黒い闇の中に、白くて小さな指が何本も突き出ているのが見えた。

――子どものような手だった。

ぞっとして慌ててその場を離れた。

その日はなんとか眠ったが、朝起きてもT-Waveのアーカイブには、その時間帯の録音が残っていなかった。

だが、スマホの動画フォルダには何も映っていない“無音の映像”が1本だけ保存されていて、

その中で、確かにあの囁き声が入っていた。

「こっち……おいでよ……。」

それ以来、夜になると、踏切の近くで誰かに見られているような気配がする。

最初は気のせいかと思っていた。


ある夜、仕事帰りで帰宅が遅くなり、踏切の前に差しかかったときのことだった。

歩きながらSNSを見ていたスマホにDMが届いた。

それと同時に――

カン、カン、カン……

と、遮断機がゆっくりと降りてきた。

画面から顔を上げた瞬間、不意に視界が真っ白になる。

まるで猛吹雪の中にいるかのように、周囲が見えなくなる。

足元がじわじわと沈み始め、雪のようなものに埋もれていく感覚。

そして、足元からなのか、スマホの中からなのか、またあの声が聞こえてきた。

「こっちにおいでよ……。」

イヤホンを外そうとしても、指が言うことを聞かない。

もがけばもがくほど、足は地面に飲み込まれていく。

それでも、飲み込まれないよう足を前にだす。

「やっと来てくれた。」

その声に振り返ると、自分は線路の真ん中に立っていた。

吹雪は止み、目の前には――

電車が、無人の線路を静かに滑るように近づいてきていた。



《ニュースアプリ速報より》

【速報】昨夜未明、市内の三ヶ丘踏切付近で、男性が電車にはねられ死亡する事故が発生しました。

被害者は近隣に住む会社員、斉藤正幸さん(24)。

事故当時、スマートフォンで動画を再生しながら歩いていたとみられ、

警察は「ながら歩きによる踏切侵入の可能性が高い」と発表しました。


この踏切では、過去にも同様の事故が複数報告されており…

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