第3話「交換日記」

大学帰り、ふと立ち寄った古本屋で、玲奈は奇妙なノートを見つけた。

表紙は合皮の赤。どこか懐かしい手触りだ。中央に小さく「にっき」と金文字が刻まれている。

それは、誰かと続けていた交換日記のようだった。もう相手はいないのか。玲奈はそのノートを買って帰った。なぜか胸がざわついたが、何か惹かれるものがあった。

家に帰り早速パラパラとページをめくると、ノートは半分ほど使われていた。

「給食のカレーおいしかった!」「ケンカしちゃったけど仲直り~」

小学生らしい日記が続いていた。

自分の好きな物やその日にあった出来事などのたわいもない話だ。

最後のページには、こう綴られていた。

「あなたのこと、おしえてね。」

彼女は自室の机で、興味本位に万年筆を手に取った。

「はじめまして。望月玲奈です。大学ではグラフィックデザインを専攻しています。最近の楽しいことは、美術展に行ったことかな。レトロな雑貨とかも好きです。」

ひとまず、自己紹介と近況を書いて、ページを閉じた。


翌朝、何気なくノートを開いてみて、思わず声が出た。

赤いペンで返事が書かれていたのだ。

「れなちゃん、はじめまして。わたしは“ひとみ”っていいます。美術展、たのしそう。どんな絵が好きなの?つぎは、好きな食べもの、おしえて?」

ぞっとした。

けれど、文章は子どもっぽくて、丁寧で、どこか無邪気にも思えた。

冗談半分で書いた誰かの仕掛けか。…でも、なぜ自分の書いた内容を正確に知っている?

玲奈は戸惑いながらも返事を書いた。

「好きな食べ物は、コンビニのチーズケーキかな。夜中にこっそり食べると罪悪感あるけど、美味しいからやめられない笑」

それから毎晩、玲奈は「にっき」を開き、やりとりを続けた。

ひとみは玲奈の生活に興味津々で、質問をたくさん投げかけてくる。

「大学の場所は?」「バイト先の名前は?」「部屋の間取り、教えて?」「どんな夢を見るの?」


やがて異変が起こりはじめる。

冷蔵庫の中に、自分が買っていないはずのチーズケーキが入っていた。

机の上の予定表が書き換えられている。

SNSには自分の記憶にないやりとりが残されている。

誰かが、自分に“なりすましている”ようだ。

まるで、ひとみが――

玲奈は返信を書くのをやめようとした。

しかし次の朝、スマホがロックされていた。

なんど入力しても開かない――試しにノートの中でひとみが教えてきた誕生日「0412」を入れてみた。

スマホのロックは解除された。

何が起きているのかわからない。

現実が、壊れていく。

恐ろしくなり、玲奈は必死に日記を破こうとしたが、ノートはびくともしない。火をつけても燃えない。

玲奈はついに、ひとみに問いかける。

「あなたは…何なの?」

その夜。赤いインクで返事があった。

「ありがとう。あなたのこと、たくさん知れた。いちばん近くに来られた。

だから――

わたしが玲奈になるね。」


朝。

玲奈は目を覚ました。

部屋も、体も、何も変わっていないように見えた。

――朝のモーニングルーティンをすませ、鏡の前で微笑む。

「ありがとう、れなちゃん。」


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