第20話 ???5
俺の言葉にチンピラたちは特に反応を示すことはなかった。ただ、只管に馬鹿にしたような笑みを浮かべて、瞳に悪意の色を強める。リーダーと思わしきチンピラがめんどくさそうに、口元を歪めた。
「あのさぁ……ま、いいや。痛い目見たらわかるっしょ。おい、抑えろ」
そう合図すると、俺の両腕を固定しようと二人のチンピラが近づいてくる。力任せに腕を伸ばし、俺の腕を捕えようとする。それを特に感慨もなく眺め、軽く後ろに下がろうとして――お姉さんが居るんだった。これはダメか。
即座にキャンセルし、逆に伸びてきた片方の腕を掴んでひっぱり、反対側の男に激突させた。小さくうめき声をあげて顔を抑えるチンピラ。
まさか反撃されるとは夢にも思ってなかったようだ。それにしても何の抵抗もないとは、こいつらは本当に抵抗もできないような人間ばかりを食い物にしてきたらしい。
「おいおい何してんの? ほらほら! 言っとくけどクソださいぞ今お前ら! はーやーく、はーやーく!」
リーダー格の急かした言葉に焦るように、忌々しげに俺を睨みつけ、再び向かってきた。勢いが乗ったタックル。俺を押し倒すつもりなのか。さらりと足を掛け、転んだところに股に一撃蹴りを入れる。
「く、そが――ッあ”っ”ぁ!!」
気持ち悪いな。
俺が蹴りを入れた隙を縫うように、もう一人が背後に回って腕を振りかぶっている。それをチラリと確認し、そのまま殴り掛からせた。少しだけ斜めに姿勢を低くし、右肩の上を拳が通り過ぎた段階で腕を掴み、そのまま身体を腰に載せる。勢いをそのまま利用し、チンピラを背負い投げた。
受け皿となる地面は股間を抑えて倒れているチンピラだ。一石二鳥。アスファルトに投げ落とされるのと、人間に投げ落とされるの。どちらが痛いだろうか。
「ぶぐぇっ!」
「っあ”あ”ぉ”っ!!!!」
二人分の肉と骨がぶつかりあい、かなり痛そうだ。もちろん投げの起点となった腕は投げ落とす瞬間に離しているので、勢いそのままダメージになっているはず。
体育の授業を真面目に受けてて正解だった。幸い奴らの動きは「見ればわかる」程度のものでしかない。重心が定まることなく、行動ごとに軸が揺らいでいる。
妙に頭が冴えている感覚。
何なら赤城の動きの方がまだ読みづらいくらいだ。何を考えているのかわからないからな。
学がないから、まともに柔道の授業も受けたことがないのだろう。だからこいつらは見様見真似の俺にすら敗北する。生き物失格だ、クズどもが。
一息だけついて、残ったリーダー格を睨みつける。俺の動きに恐れをなしたのか、及び腰になっている。
「まじ、かよ……なんだその動き!? 気持ち悪ぃっ! てめぇの相手なんざしてられるかよ……!」
そう吐き捨てて、リーダー格はチンピラ二人を助けようとする様子を見せることもなく逃げていった。
残ったのはうめき声をあげるチンピラ二人と、心底驚いたような顔をしているお姉さんだけだ。
……俺の4万が。
リーダー格にむしりとられて、そのまま逃げられてしまった。完全に頭の中から抜けて落ちていたな。失敗だ。
……何、とかなった。何とかできてしまった。
沈黙が満ちた夜の空気を肺に取り込んで、掌を握り込む。
肉を蹴った感触。人体を叩きつけた衝撃。上がる悲鳴。痛みと恐怖に満ちた視線。
月が雲に隠れて、薄暗い街灯だけが明かりになる。
あまり動かない表情筋に、勝手に力が入っていく。口角が上がって、喜悦が頭の中に満ちていく。
俺はもう、虐げられるだけの存在じゃない。こうしてやりたかった。昔から、俺はこうしてやりたかったのだ。でもできなかった。
できないまま、俺の両親は勝手に死んだ。
俺はようやく区切りをつけることができた。
降りかかる暴力を更に上から捻じ伏せることができた。傲慢な悪意を粉々に、踏みつぶすことができた。
ほんとうに、いい気分――――。
「神、原……。おま、強過ぎね……?」
心配そうに少し離れていたところで立っていたお姉さんの眼は、畏怖と驚愕に満ちていた。
「ってそうじゃない。怪我してないか!? 痛いところは!? ない!? はぁぁぁ……良かっ……馬鹿っ! お前なぁ! あたしなんざ放っておけば良かったんだ! お前が怪我したらどうする!?」
頭を振って、心配そうに俺の身体をぺたぺた触って怒涛の勢いで言葉を吐き出していく。俺が言葉を伝える隙もないくらいに。
ひどく居心地の悪さを感じる。俺にそこまで心配されるだけの価値はないのだ。自分勝手に喧嘩を売り、私怨で暴力を振るって、お姉さんを怖がらせてしまった。
スマートに解決できる自分の能力の無さに嫌気が差す。しかし、暴力を暴力で踏みつぶす愉悦は頭の中に残っていて、良い気分な自分が居ることを否定しきれない。
見放されるには十分すぎる理由かもしれない。
ぐるぐると胸の中に濁った感情が淀んでいく。
「ふー、ふぅぅ……こいつらに連れていかれたところで精々回されて終わりだった。でもお前は違うんだ。骨折するまで殴られてたかもしんねぇし、病院送りになっててもおかしくなかった! なんで、なんであたしに、そこまでっ」
吐き出される言葉に、もう何の畏怖も驚愕もなかった。俺の身を案じることしか頭にない。肩に手を載せて、ぎゅっと手に力が入っているのが伝わってくる。怒りに混じって震えがあった。あまりの怒りに震えているのか。
俺は弁明するために口を開こうとして――
目尻に薄く光が反射しているのが目に入った。
これじゃない。
もう黒い愉悦などどうでもよくなった。
「っ、どうし」
「嫌だった」
俺の肩にある手に、自分の手を添えてしっかり掴む。
不器用な自分なりに、感じたことを必死に言葉にする。そんな顔してほしくない。いつもの少しふざけていて、余裕ぶっているのがお姉さんだ。
泣いてるお姉さんなんて、受け入れられるものか。
「心底渡したくないって思ったんです。こいつらにお姉さんを奪われる? 冗談じゃない。お姉さんは、俺の――――」
……ミスった。
「……調子乗って、すいません」
やってしまった。まただ。
ついお姉さんの前だと本音の蓋が緩んでしまう。失敗したことに自己嫌悪しながら、俺は気まずい雰囲気を誤魔化すように手を離して、チンピラの怪我の様子を観察した。
大丈夫そうだな。少なくとも歩いて帰るくらいはできるだろう。汗を滲ませた男たちの目を眺めると、速攻で目を逸らされた。
「……ぁぅ、ぉっ、俺の、なんだよ……?」
絞り出すような声が聞こえた。今まで聞いたこともないような、込められた感情の予想も付かない上ずった声。
「なんでもないです」
「いっ、てみろよ」
「嫌です」
「はぁ~? 思春期かよ」
「思春期っす」
お互い、顔を合わせず会話する。
「……お姉さん」
「……なんだ」
どうにか会話を続けようとして、先ほどお姉さんを見つけたときに思っていたことを吐き出す。
「なんで酔っぱらいながら俺を探してたんすか」
「……あ。完全に忘れてた。今からあたしんち行くぞ」
「急にっすね。いいんですか」
こんな出来事があったのだ。また別の日に改めてもいい。お姉さんも落ち着くための時間が必要だろう。
「嫌、か?」
「……別に」
「じゃー行くぞ」
そういうことになったらしい。俺はチンピラたちが崩れ落ちている光景から目を離し、お姉さんの方向に振り向くと、お姉さんは既に歩き始めていた。
「お姉さん」
「何」
「耳赤いっすね」
相当アルコールを摂取したらしい。まだ耳が赤くなっているくらい酒精が残っているようだ。酔いが覚めたとて、身体に残っているアルコールは抜けないのか。
「――っ!? うるせぇバカ!」
なぜか動揺したお姉さんはまるで驚いた猫のように飛び上がって、耳を抑えた。お姉さんの白い肌だと、酒の影響がわかりやすい。
自然と、小さく微笑んでいる自分が居ることに気が付いた。ジロリと俺を睨んで、「……神原のくせに生意気すぎる」と一言呟いた。
その言葉に刺々しい感じはなく、いつものお姉さんだ。
無言で煙草を取り出し、火を付けるお姉さん。歩く隣に肩を並べて、足音を交差させる。
また、静かな夜が帰ってきた。
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