第30話 世間の人々 5月26日 水 

「以上のデータから考えると、しばらくの間は大量出現が続く可能性が高い。しばらく忙しい日が続くと思うが、みんな、なんとか耐えてくれ」


 長官の言葉を最後に、関東地方の妖魔殲滅部隊員を対象にした緊急のオンライン会議が終了した。俺はパソコンを閉じると机から離れ、リビングに置かれている黒いソファーに腰かけた。


 今は5月26日水曜日の午後9時半だ。今終わった会議は当初は予定されていなかった会議だったのだが30分ほど前に急遽連絡を受け参加していた。


 長官の話によると関東地方における魔物の出現率が日に日に高まっているようだ。俺も依頼をこなす中で、ここのところの出現数が異常だとは感じていた。


 しばらく忙しくなりそうだ。別にそれは仕事だから構わない。ただ、明日のデートの間だけは何とか出現しないで欲しかった。さすがに二回連続でキャンセルはしたくない。菩薩のように優しい二人でもさすがに怒られてしまうだろう。


 俺は全身の力を抜きながらソファーに寝そべり天井を見上げた。この体勢はソファーの端がちょうど枕代わりになり寝心地は意外と悪くない。


「はぁ。今日はちょっと疲れたな」


 俺は小さくこぼした。今日は放課後までは何とか仕事が入らなかったが、夕方から夜にかけて7件も立て続けに仕事が入った。まぁそのうち絶対に受けなきゃいけない任務は3件だけだったが、俺はいつも通り全ての依頼をこなしていた。


 スマホをズボンから取り出すと仰向けのまま、よく使っている検索サイトを開いた。そのサイトはトップページにニュースも乗っているのだが、そこに俺のことに関する記事が載っていた。いつもは自分に関する記事を見ることがないのだが、今日はなんとなく開いてみた。


 【東京の守り神『ノア』連日連夜の大活躍】


 見出しタッチしてみると俺の仕事ぶりがいかにもヒーローとでも言った様子で書かれていた。驚くほど記事の内容が細かい。まるですぐそばで見ていたかのように、俺が倒したモンスター達の動きや倒し方、移動時間や距離などが載っていた。


 おそらく、妖殲側がヘルメットに搭載したカメラの映像を妖殲の事務方が分析した上で、情報を記者に渡しているのだろう。


 組織の方針としては隊員達の活躍ぶりを世間に伝えたいのだろう。そうすることにより、妖魔殲滅部隊の評価はさらに上がり働きやすくなるから。


 記事にはコメントがついており、俺はそのページをクリックしてみた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――



「またノアが活躍したみたいですね。ほんといつも感謝してます」


「さすが俺たちのノア! 妖殲の最終兵器は伊達じゃないな!」


「練馬区在住ですがいつもほんと助かってます。

ただ、働きすぎじゃないかと心配もしています。守ってもらっておいてこんなことを言うのもおかしな話ですが、休める時にしっかりと休んでほしいです」


―――――――――――――――――――――――――――――――――




 コメントは全部で5000以上はあるのだが、その内のほとんどが俺に対する感謝の言葉や、ポジティブな内容のコメントだった。


 あまりこう言った記事に普段目を通すことは無かったが改めて見てみると少し心が和んだ。どうやらたくさんの人間が俺に良い印象を抱いてくれているようだ。


 しかし、ふと今日の学校でのクラスメイト達の会話を思い出してしまった。


 嫌な予感がするが、それでもページを下へスライドさせて行く指を止められなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


「ただ運がいいだけのガキを流石に持ち上げすぎ! 極めて不快です!」


「ぶっちゃけ、能力者ってなんか苦手。絶対に能力がない人たちのことを見下してると思う」


「妖魔殲滅部隊って、お金もらってやってることでしょ? だったら別にそこまで褒める必要なくない? 仕事なんだから」


「毎日毎日、ノアや能力者たちの記事ばかりで不快です! いい加減にしてください」


「妖殲の奴らは裏では絶対悪いことをやってるよ。権力や莫大な富を得た人間は裏で何やってるかわからないもんだよ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――


「はぁ……」 


 興味本位で見たのが間違いだった。ページの下の方には数えきれないほど批判的なコメントが書かれていた。


 もちろん全体で考えると、肯定的なコメントの方がはるかに多いのだが、それでも少しショックだった。


「みんなのために頑張ってはいるんだけどな……。でもまぁ一部の人間から批判されちゃうのは仕方ないか……」


 あらかじめ分かっていたことだったから心はすぐ冷静になった。ただ、ほんの少し心にくるものもあった。


 やっぱり正体は一生秘密にしようと思う。別に人気者になりたくもないし、芸能界に興味もない。


 俺は自分の家族とささやかな日常が過ごせれば満足だった。だれに注目されるわけでもなく、穏やかな日常が送りたかった。


 俺は身体を捻り、横向きになるとテレビのリモコンを念力で引き寄せ、電源ボタンを押した。


 すると、ニュース番組にタクヤとジュンがゲスト出演していた。コメンテーターのように座っている。


(二人はいつもテレビに出てるな。ん? この番組は生放送だよな……。そう言えばさっきの会議にも二人はいなかったな……)


 二人は様々なニュースに対してそれっぽいコメントをしていく。ぼーっと見ていたら俺の活躍を報じる映像が流れた。


「同じ特級戦力の1人でまだ正体を明かしていない例の天才高校生についてはどうお考えですか? 最近もとてつもない活躍をしていますよね!!」


「いや、ほんとよく頑張っているなと思っていますよ。すごいですよね。毎日毎日結果を出して……。高校もあるのに大変だなと。これからも頑張っていってほしいですね」


 キャスターの質問に対し、タクヤは感心したような表情で答えた。


「お二人も正体は知らないんですか?」


「知りませんね」


「そうですか! 同僚であり、同じく特級戦力であるお二人から見てノアの凄いところはどのような点でしょうか」


「1番は機動力ですね。マッハ2.8で移動できる点が1番ずば抜けてます。おそらく、我々の中でも最速なんじゃないですか?」


「あとは、能力領域が広いですね。半径1kmは特級戦力の中でもトップクラスだと思います」


「そうですか……。やはりノアはお二人から見ても凄い力を持っているようですね。今日は専門家の意見が聞けて良かったです。お二人ともありがとうございました!」


 タクヤとジュンはスタジオから出て行った。


 俺への取材依頼は様々なメディアからひっきりなしに来てはいるが全て断っている。二人みたいにメディアに出ることはこれから先もないだろう。


 しばらくテレビを見続けていると栃木県那須町での任務が入った。俺はすぐにスーツに着替え光学迷彩をオンにすると、ベランダから飛び出した。


♢ ♢ ♢


 タクヤとジュンはテレビ局の控え室で帰りの支度をしていた。テレビに出演していた際の爽やかな表情は今はなく、二人とも顔面に怒りの色をを浮かべていた。


「あいつ、くだらねぇ質問しやがって!! なんで俺らに聞くんだよ! うぜぇな!! ノアを呼んで自分で聞けばいいだろ! なんで俺らがあいつの能力を解説しなきゃいけねぇんだよ」


 拓也は足元にあったゴミ箱を蹴り倒しながら、怒りを顕にしている。


「全くだ。ノアもうぜぇよな。正体を隠してるくせに今や俺らより英雄扱いだ。まだ、高校生のガキのくせに何が妖殲の最終兵器だ! くだらねぇ! 正体が分かったら一度締めてやろうぜ!!」


 潤は鏡の前の椅子に座り、スマホをいじりながら拓也に同意した。


「そうだな! あぁー、腹立つ!!」


 拓也はタバコに火をつけて吸い始めた。控室は禁煙なのだが、そんなことは気にも止めていない様子だ。


「なぁ、なんか気分変える面白ぇ話はないのか?」


 潤がぶっきらぼうに尋ねた。


「お前、最近、売れてるラブスコールってアイドル知ってるか?」


「ああ、よくテレビに出てるな。直接見たことはないけど……。確か、全員女子高生のアイドルグループだよな?」


「そうだ。八人いるんだが、そのうちの三人は食ったぜ」


 拓也は得意げな表情を浮かべた。


「まじかよ! お前……」


「どいつもこいつも脳みそすっからかんなガキだったけどな。身体だけはよかったぜ!!」


「お前、流石にいつか捕まるぞ? 女子高生はまずいだろ!」


「捕まるわけないだろ! あいつらは恋愛は御法度だしな! みんな俺の言うことはなんでも聞くように躾けてあるから問題ねぇのさ!!」


「相変わらずお前はやり方がエグいな……」


「人生が余裕すぎてよ。なにも張り合いがねぇんだ!女遊びぐらい、楽しませてくれよ!!」


「まぁ気持ちはわかるがな。ほどほどにしろよ!」


 二人はしばらく会話を続けて、日付が変わった頃テレビ局を後にした。

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