第3話 好きな人
教室に入るとすぐに一人の女子に目が行ってしまう。見た瞬間に自分の鼓動が速くなるのが分かる。SS級モンスターと対峙したときにもこんなに緊張しなかった。俺は相当彼女のことが好きなのだろう。
彼女は一番窓側で最後方の席に座り、机の前に立つ別の女子と話をしている。俺の席は彼女の右隣だ。近づいていき席に座ると、カバンの中身を取り出し机の中に入れ始める。
彼女が一人きりだったら挨拶したのだが、今は友達と話が盛り上がっているようなのでやめておこう。
「おはよう。伊庭君」
「おはよう」
しかし、彼女の方から声をかけてくれた。爽やかな笑顔がまぶしい。心の中に幸せが広がって行く。
(ただあいさつをされただけなのになんでこんなに幸せなんだろう。これで、今日一日幸せに過ごせそうだ)
俺は喜びが顔に出ないように気をつけながらカバンの整理を終わらせた。
左隣の席に座っている生徒は藤野風花さんだ。藤野さんは黒髪のボブヘアーをしていて、その柔らかくてツヤのある質感が魅力的だ。大きな瞳は澄んだ茶色をしていて、見ていると不思議と引き込まれそうになる。
間違いなく、この学校の中でもトップの容姿をしているだろう。
それでいて藤野さんは性格も素敵だ。明るく爽やかな性格で誰に対しても壁を作らないで、いつも楽しそうに学校生活を送っている。そのまぶしい笑顔をみているとこちらまで幸せになってしまう。たまにクールで知的でミステリアスなオーラを纏っているときもあるが俺はそんなところも好きだった。
藤野さんは顔も性格も少しも文句がつけられないレベルだと言うのに、勉強と運動神経も並外れて優れている。天は二物を与えずという言葉があるが、彼女にはそれは少しも当てはまっていない。
入学式で藤野さんは600人いる一年生の代表として挨拶をしていた。それはすなわち入試で一番成績が良かったことを意味する。
授業中も藤野さんが教師から問題を当てられて答えられなかったことはなく、むしろ彼女の説明の方が教師よりもわかりやすい時まである。どうしてもっと良い高校に行かなかったのが不思議なぐらいだ。
運動神経も人並み外れている。何回か体育の時間にテニスやバレーをしているのを見たことがあるが、明らかに動きの質が周りと違っていた。うちの学校はスポーツ進学校と言われるだけあり、運動神経が高い生徒が集まっている。
藤野さんはその中でも飛び抜けた存在だと言えた。しかし、なぜか彼女は部活に入っていない。前に聞いた話によると家業の手伝いで忙しいらしい。
そんなすべてを兼ね備えている藤野さんだから、当然、男女問わず周りからの人気は凄まじい。高校が始まった四月当初は、彼女を一目見に、他クラスや高学年の生徒が教室に来ることがあったぐらいだ。
校内のアイドルとも言える藤野さんと同じクラスになった上、最初の席替えの時に隣の席を引き当てた俺は相当幸運の持ち主だろう。高校生になってから毎日が幸せで仕方なかった。
俺は机の上に宿題を出し、数学の問題を解き始めた。今は8時5分だHRが始まるまであと15分ある。数学は嫌いだが確率の問題は好きだ。頑張れば間に合うだろう。
しかし、集中しようとしても、藤野さんとその友達である倉田さんの話が聞こえてきてしまう。
「そう言えば風花! 朝のニュース見た? また出たんだってS級妖魔。川原沿いの駄菓子屋を破壊したんだってさ!!」
「ニュースで見たよ。でもすぐに例の七番隊の高校生がやって来て倒したらしいね!!」
自分の話に、つい手が止まってしまう。問題を解こうと考えているふりをしながら耳に意識を集中させる。
「ほんとすごいよね!! 高校生にして妖魔殲滅部隊のエースで、特級戦力って! スター過ぎるでしょ! 絶対かっこいいよ! あぁ、顔見てみたい!! 絶対イケメンだよ! ねぇ!風花もそう思うでしょ? 」
(ごめん。倉田さん。そんなにイケメンではないんだ)
俺は心の中で素直に謝る。今まで何回か、異性にかっこいいと言われたこともあるが、正直言ってそれほどではない。イケメンの枠にギリギリ入るか入らないかのラインだろう。倉田さんの期待には応えられない。身長も171cmで別に高くもないし……。
「うん。そうだね。正体を隠して街を守ってくれているってことは、めちゃくちゃいい人だよね。顔出しすればさらに人気者になれるのに……」
(藤野さんが褒めてくれてる。これはやばいな……)
大好きな人からの言葉に、俺の心から幸せが溢れ出していく。宿題が全く進まないが、今は仕方ないだろう。
二人が話している通り、妖魔殲滅部隊に所属している人は顔出ししている人が多い。いや、俺みたいに正体を明かしてない方が明らかに少数派だろう。
妖魔殲滅部隊は大都市を守るという仕事柄ゆえか誰もが人気を得ている。
俺が知っている人でも歌手デビューをしたり、バレエティ番組によく出ている人がいるし、企業のスポンサーとなって活躍している人も多い。
今や妖魔殲滅部隊は憧れの職業であり、多くの人に尊敬の眼差しで見られる仕事になっていた。その人気度は一流のスポーツ選手やトップアイドルと同じかそれ以上と言っても過言ではないだろう。
俺は絶対にそんな生活は嫌だけど。プライベートは何より大切だからな。有名人になんてなりたくない。
「本当そうだよね! 七番隊は練馬と杉並と中野の担当だからさ、もしかしたらこの学校の生徒かもしれないよ!?」
「えぇー、さすがにそれは無いでしょ。いくらでも高校なんてあるんだし」
「でもさ、妖殲の人たちって、任務が入ったら夜中でもいつでも仕事でしょ。ほんとありがたいよね」
「そうだね。わたしにはできないわ」
(はぁ。たまらん!)
藤野さんが褒めてくれるだけで最高に嬉しかった。もっと任務を頑張ろという気持ちが沸々と込み上げてくる。
(いけない! 集中しないと!)
ノートを見ると全く問題が進んでいない。これは流石にやばい。
(よし、本気を出すか)
自分に喝を入れた瞬間、気になる話題が再び、耳に飛び込んできた。
「そういえば風花。うちのサッカー部の部長が風花のこと気に入ってるらしくて、連絡先を送ってくれって言われてるんだけど。どうする?」
胸が締め付けられたような緊張が一気に走る。全神経を耳に集中させて藤野さんの言葉を待つ」
「あー、ごめん。断っておいてもらっても良いかな。あの先輩なんか苦手で……」
「そう言うと思ったよ。風花のタイプじゃないもんね。断っておくよ!」
「ありがと」
(あー、良かった)
俺は胸を撫で下ろした。藤野さんは、やっぱりかなりモテるようだ。分かってはいたけど。
再び宿題に集中しようとすると、右肩を軽く叩かれた。振り返ると中学からの親友である大月宗玄が立っていた。
宗玄は身長が高く180センチを超えていて、がっちりとした筋肉質の体型をしている。顔はいかつい風貌をしているが、性格は友達思いでめちゃくちゃ良いやつだ。中学3年生の時に剣道の全国大会で3位になっており、うちの剣道部でもすでにかなり期待されているらしい。
宗玄は「ちょっとこい」っと目配せしてくる。俺は席を立ち、宗玄の後を追って廊下にでていく。人気がない場所まで来ると宗玄は口を開いた。
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