5 理不尽

 腕輪はちゃんと処分し、予約したレストランも澪と一緒に行って久しぶりに思い出を作った。そして俺に残った問題はこれから葵との関係をどうすればいいのか、それでずっと悩んでいた。


 澪を家まで送ってあげたあの日……。

 マンションの前で澪が「一緒に復讐をしよう」と俺にそう話したから、俺たちがお互いのことを誤解するようになったのは全部葵のせい。それは分かった。でも、俺はどうして葵がそんなことをしたのか知りたかった。


 落ち込んでいた俺に手を差し伸べてくれた女の子が、直接俺を地獄に落としたという事実を受け入れられなかったかもしれない。それもあるけど、澪は葵の家族だったのに……。どうして自分の家族を傷つけるようなことをしたんだろう。俺には理解できない。本当に理解できなかった。


 そして澪の苗字が変わったってことは……、親が離婚したってこと。

 そういえば、葵と付き合った後、家の話はあまりしてないような気がする。澪のことも全然話さなかった。こっちも澪に浮気されたと思っていたから、その話を口にする理由はなかった。葵が怒るから。


 そのまま俺は冬休みが終わるまで葵と連絡をしなかった。

 クリスマスからずっと怒っているように見えたから、ラインや電話をしても意味ないと思っていた。


 必要なのは時間。


 ……


 そして新学期、いつもより早く登校した俺は友達中島明音なかじまあかねを外に連れてきた。頼りになる友達今は明音しかいないから、自販機で買ったジュースを渡して単刀直入に聞くことにした。


 今の俺は自分のことよく分からないからさ。

 他人の意見を聞く必要があった。


「なあ、明音」

「どうした?」

「俺、ブサイクか?」

「ケホッ……!」


 なぜか、飲んでいたジュースを吹いてしまう明音。

 そんなに変だったのかな、俺の質問が。


「はあ? い、いきなり……?」

「うん」

「いや、学校一の美少女と付き合っているくせにいきなり何を聞いてるんだよぉ。てか、俺のジュース……!」

「学校一の美少女……か」

「夕日、お前昨年のクリスマスも彼女とイチャイチャしただろ? くっそ! しねぇ!」

「明音は……、もし好きな人が知らない男と浮気したらどうする?」

「はあ? 今度はなんだよぉ。彼女がいない俺にそんなことを聞いても———」


 そしてしばらく俺たちの間に静寂が流れた。

 いつもと違う俺の雰囲気に気づいたのかは分からないけど、しばらくの間明音は何も言わなかった。俺もそれを聞いた後、何も言わなかった。親友に浮気されたって言うのが恥ずかしかったからさ。


 そのままじっと空を眺めていた。


「…………」

「あのさ」


 そして先にその沈黙を破ったのは明音の方だった。


「も、もしかして……。夕日、お前……! 椎名に浮気されたのか?」

「そう聞こえたのか?」

「いや、いつも楽しそうに学校生活を過ごしていた夕日がいきなり変なことを聞くから……。マジか? マジで浮気されたのか? だから、ブサイクって聞いたのか? 夕日」

「まあ、そんな感じだな」

「浮気相手は? うちの学校の人?」

「いや、そこはまだ分からない。知らない人だったから」

「まあ、椎名は可愛い女の子だから……。しょっちゅう男たちに狙われるのも仕方がないことだと思うけど、それでも浮気はちょっと……。ああ、彼氏いるのにそんなことをしていたのか」

「明音なら……、どうする?」

「いや、どうするって言われても……。難しいな」


 その時、葵から電話が来た。このタイミングで電話か。

 どうせ、同じクラスだから無視しても意味がない。電話に出ることにした。


「今、どこ?」

「友達とジュースを飲んでいる。どうした?」

「ちょっと話があるけど、校舎裏に来て。今すぐ」


 冬休みの間、連絡をしなかったせいかな? 葵が強圧的な態度を取っている。

 思い返せば、俺は葵の話にずっと従っていたような気がする。どうせ、ラインや電話をしても返事をしないのに、なんで俺が先に連絡をしないとすぐ怒るんだろう。そこがよく分からない。


 明音には悪いけど、電話を切ってすぐ校舎裏に向かった。

 そしてスマホの時間を見ている葵が不機嫌そうな顔をしてこっちを見ていた。


「夕、私に言いたいことないの?」


 それはこっちのセリフだけどな。


「ないけど?」

「ちゃんと謝るべきでしょ? 私がずっと欲しがっていた腕輪をプレゼントしてくれなかったし、冬休みの間に連絡も全然なかったし、どうしたの? 夕らしくない」

「じゃあ、葵は?」

「うん?」

「葵は冬休みの間何をしていたんだ? 連絡をしなかったのはそっちも一緒だろ?」


 聞かなくても浮気相手と俺の知らないところでセックスとか、そんなことをしていた思う。だから、素直に話してほしかった。俺のことがまだ好きなら、素直に何をしたのか話してほしかった。


 でも、その顔……。どうやら俺に怒っているように見える。

 どうしてそんなことを聞くのか、葵は虫ケラを見ているような目で俺を見ていた。


「はあ? 忙しいって言ったでしょ? 私のこと疑ってるの?」

「クリスマス当日は一緒にイルミネーションを見て、予約したレストランで夕飯を食べようと約束しただろ? 忘れたのか?」

「そんなことより! 夕こそ、なぜプレゼント用意しなかったの?」

「…………」


 ここで、またプレゼントの話が出るのか。

 あれは3万円の腕輪だぞ? 高校一年生に3万円がどれだけ大きい金額なのか分からないのか? なんで俺は葵のために犠牲しないといけないんだ? 浮気をしたくせに、なぜ俺にそんなことを要求するんだ? 好きな人に……、ちゃんとプレゼントもらっただろ? なのに、どうして満足しないんだ? なぜ、堂々とあんなことを言ってるんだ。葵。


 どうせ、反省などしていないだろ? 見れば分かる。

 最初から期待していなかった。

 だから、これだけはちゃんと聞いておくことにした。


「あのさ、葵」

「何?」

「俺は……、葵のなんだ? 葵は……、俺のこと好きなのか?」

「最近の夕はちょっと気に入らないかも? 私のこと大切にしてくれないような気がする」

「…………そうか」

「どうしたの? 別れたい? 私と。でも、夕は私がいないと何もできないでしょ?」

「なんで?」

「だって、夕と付き合ってくれる人私しかいないから」


 そう言いながら俺の前で笑う葵だった。

 どこからそんな自信が出るんだろう。やっぱり、顔かな?


「そうか……」


 俺はいつから葵に見下されていたんだろう。

 確かに葵がいないと何もできないのは事実かもしれないな。澪に浮気された後、頬を叩かれて自分がどれだけ価値のない人間なのか実感したから。もちろん、全部誤解だったけど、あの時のトラウマが高校生になるまで俺を苦しめていたから葵に頼っていたかもしれない。


 なぜ、こうなってしまったんだ? 葵は。


「もう一つ、どうして澪と喧嘩をしたんだ?」

「はあ? なんでいきなりあの人の話をするの? あの人はもう私と関係ない。気持ち悪いからその名前言わないで」


 澪の名前を聞いた時、少し動揺しているように見えた。

 これでいい。どうせ、意味なんかなかった。葵は……、俺のことを大切にしていない。最初から俺なんかただのおもちゃだった。


 最善を尽くしても、結局こうなるのか。

 虚しいな。


「ごめんね、葵。次は……、頑張るから」

「そう! 夕は私の話にちゃんと従えばいい。そして私のこと疑わないで、変なことしてないから」

「分かった。澪のことは久しぶりに本棚を整理していた時、偶然昔の写真が落ちたから、ちょっと気になっただけ」

「そんなの早く捨ててよ……」

「そうする」


 そこで俺は決めた。葵と別れない。澪に言われた通り、ちゃんと教えてあげた方がいいと思う。復讐———。ちゃんと謝って自分の過ちを反省したら、俺もそのまま別れのを選んだかもしれない。


 そして彼氏と一緒にいる時は知らない男が残したキスマークを隠してほしい。


「じゃあ、私は先に戻るから」

「うん」


 しばらくその場でじっとしていた。


「うわぁ、マジかよ、夕日。なんで謝ったんだ? わかんねぇな」


 曲がり角でこっそり二人の話を聞いていた明音。

 そしてだんだん近づく葵の足音に急いで隣の建物に入った。


「うっ……!」

「あっ!」


 すると、ちょうど建物の中から出てきた女の子とぶつかってしまう。

 そのまま彼女のメガネが廊下に落ちた。


「あ、あの! すみません。大丈夫ですか?」

「あっ、大丈夫です……。こちらこそ、すみません……」

「いいえ……! 俺のせいです! あっ、メガネ!」

「ありがとうございます」

「いいえ……」


 そう言いながら彼女の顔から目を離さない明音。

 その視線に気づいた彼女が明音と目を合わせた。


「ど、どうしましたか?」

「い、いいえ! あっ、そ、その腕輪! 綺麗だなと思って……」

「ありがとうございます。私、そろそろ教室に戻らないといけないので。すみませんでした」

「いいえ! 大丈夫です!」


 笑顔で挨拶をする彼女に明音はじっとその後ろ姿を見つめていた。

 夕日のことはすっかり忘れて、そのままチャイムが鳴るまでぼーっとしていた。


「うわぁ、可愛い……」

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