4 メリージゴクマス②

 やっぱり、俺の電話には出ないな。

 わざと無視しているのか? よく分からない。

 いつもスマホをいじっている葵が電話も無視するなんて、浮気相手と一緒にいるのがそんなに楽しいのか? なら、どうして俺と別れないんだ? なぜ、こんな風に俺を苦しめるんだ? 好きな人ができたら素直に話してもいいのに、分からない。


 女の子はよく分からない。


「出ない。ブロック……、されたかも」

「そう? ねえ、夕日くん。これからどうする? 私はこのまま家に帰っても構わないけど、もし夕日くんが二人の浮気現場を証拠で残したいって言うなら付き合ってあげる」

「ここまで来て、そしてあんなことを見ておいて、帰るわけ……ないよな」

「そう言うと思った」


 なぜ、こんなことをしたのか。ここまで来てそれを聞くのは意味がないな。

 これが葵の本性なら、その本性をこの目でちゃんと見届けないといけない。


 すると、澪が俺に手を差し伸べた。


「何……?」

「今は恋人……でしょ? あの二人にバレないようにちゃんと演じないと」

「そうだな、分かった」


 手を繋いだ。

 手を繋ぐのは何年ぶりだろう、付き合っていた頃にはしょっちゅう澪と手を繋いでいたからさ。そして澪の手は冷たいから気持ち良かった気がする。冷えている指先、いつもこの手を温めてあげたから、すごく懐かしい。


 ちょっとだけあの時に戻ったような気がする。


「相変わらず、夕日くんの手は温かいね」

「澪は相変わらず冷たいな」

「だから、いつも夕日くんと手を繋いでいたと思う。温かくて気持ちいいから」

「そうか」


 ……


 欧州の有名ブランドはよく分からないけど、あのブランドはテレビで見たことありそうな気がする。でも、あれは普通社会人がよく買うブランドだと思う。高校生が買うには値段がいろんな意味で怖いからさ。


 葵はそこで浮気相手と財布やバッグなどを見ていた。

 女子高生にそんなお金があるわけないし、買うんだったら男の方だよな。

 嬉しそうに見える。


「…………」


 二人にバレないところで俺はじっと葵の方を見ていた。

 俺と話す時は何を考えているのか分からない顔をする時が多かったから、ずっと笑顔を維持している今の葵が少し怖い。そして繋いだ手は離さず、指を絡めてあの男とくっついていた。


 好き、葵にその言葉を言われた時はすごく嬉しかったよ。

 澪に裏切られても私がいるから、これも葵が俺に話してくれた言葉だった。

 でも、そんな彼女が今知らない男と一緒に有名ブランドのバッグを見てすごく喜んでいる。


 確かに、あれは……俺にできないことだった。

 俺は葵の好きなあんな物買えないから。


「つらいよね? 夕日くん」

「うん。葵は俺のすべてだったからさ、いい友達が周りにいても俺の一番はいつも葵だった。それに幼馴染だし、好きだった」

「…………」


 スマホのカメラで見た葵は本当に幸せそうに見える。

 そしてあの男は高そうなバッグを葵にプレゼントした。

 さっきまで手を繋いでいた葵はすぐあの男の腕を抱きしめる。それよりどこであんな人と出会ったんだろう。見た目は高校生に見えるけど、あんな高そうなものをすぐプレゼントするほどお金持ちなのか? 怖いな。


 そういえば、普段何をしているのか分からない。葵は何も話してくれないから。

 いつからあんな関係になってしまったんだろう、全然気づいていなかった。

 いや、ずっと好きだったからそれが見えなかったかもしれない。疑わなかったかもしれない。


「必要な証拠はこれで十分だと思うけど、夕日くんはこれからどうする?」


 スマホの時間を確認した時、いつの間にか午後の五時になっていた。

 やばい、あの二人に時間をどんだけ使ったんだろう。バカみたいだ。


「澪、〇〇プリンのぬいぐるみ欲しいって言ってたよな?」

「そうだけど?」

「行こう、せっかくここまで来たから。そして帰る前に一緒に夕飯食べない? いいレストラン予約しておいたから」

「いいよ!」


 ちゃんと貯金して、クリスマスの日に葵に使う予定だったけど、こっちの方がもっとよさそうだ。そして澪と昔みたいに仲良くなるのは無理だけど、クリスマスだからせっかくここに来たから思い出を作ることくらいはいいと思っていた。


「あっ、手……離すから。ごめん」

「今日は帰るまで恋人のふりをしよう。いいじゃん、クリスマスだから」

「そうか……」

「うん!」


 ……


 澪にぬいぐるみをプレゼントした後、ゆっくり予約したレストランに向かう。

 てか、俺は別に気にしないけど、このぬいぐるみめっちゃ大きくて目立つな。

 それに色がプリンと一緒だから思わず美味しそうと思ってしまった。いや、体だけを見るとオムライスに近いかも。


「夕日くんも〇〇プリン好きなの?」

「いや、なんでそう思うんだ?」

「さっきからずっとこれを見ていたからね」

「別に……」


 色が美味しそうって言ったら変だと思われるかもしれないから黙っていた。

 そのままレストランに到着する。


「ここ……、高くないの?」

「意外と安いよ、ここ。葵は……、こんなところあまり好きじゃないけどさ」

「葵ならここよりもっとおしゃれなところに行きたいって言うかもしれないね。そういうところが好きな人だから」

「そうだな。俺は場所より人に集中したいから。重要なのは誰と一緒にいるのかだ。少なくとも俺はそう思う、まだ高校生だし」

「私もそうだよ? 高いコース料理を食べても、結局好きな人と一緒じゃないと意味ないから。私は楽しい、こんなクリスマス初めてだよ」


 高校生には少し高い値段かもしれないけど、高級レストランに比べるとたまには食べれるくらいの値段だった。一人なら絶対来ないけどな。それに一人暮らしをするとご飯を作るの面倒臭いはずだからさ。


 だから、今日も一緒に夕飯を食べることにした。

 この時間、割と好きかも。


「パスタ好き! 美味しい!」

「そう? よかったね」

「私、夕日くんのローストビーフ食べたい! あーん」

「いいよ」


 お肉を切ってフォークで食べさせてあげた。

 そして澪はやっぱり澪だなとそう思ってしまう。懐かしい。


「美味しい!!! ふふっ。あっ、そうだ! 中学生の頃にね、夕日くんが私にご飯作ってくれたことあるけど覚えてる?」

「ああ、そうだったのか? ごめん、覚えてない」

「いろいろ作ってくれたけど、味がしなくて大変だったよね? 多分、付き合ったばかりの頃だと思う」

「ああ、料理初めてだったからさ。あの時は……」

「でも、すっごくおいしかったよ。私は」

「そうか、ありがとう。お母さんが作ったのを真似してみたけど、ダメだった」

「嬉しかったよ! ふふっ」


 この普通の会話の中で俺は平和を感じる。

 葵と違って穏やかな口調で話してくれるからさ。

 一緒にいると落ち着く。


「私のも食べる? 美味しいよ?」

「いい、俺は……いい」


 変だ。澪は元カノなのに、なぜか癒される。

 目の前で美味しそうに食べているその姿を見ただけなのにな……。

 顔が似ていても性格は全然違う。だから、澪と付き合ったと思う。


 その時、葵からラインが来た。


(葵) あっ、ごめんね! 今日忙しかったから連絡できなかったよ。今日、プレゼントくれるよね? 私、今〇〇駅だけど、夕はどこ?


 じっとそのラインを見ていた。

 ずっと俺の連絡を無視しておいて、プレゼントは欲しいってことか。

 そうだよな。これは葵の好きなブランドの腕輪だから。


(夕日) ごめん、今日急用ができたから会うのは無理だ。

(葵) えっ!? じゃあ、プレゼントは?

(夕日) ごめん、売り切れだった。

(葵) えっ? ないの?


 これ以上返事しても意味ないと思う。

 そして腕輪を……、早く処分しないといけない。こっそりその箱を握っていた。

 この腕輪をあんなクズにあげたくない。


 なら、今の俺が選べる選択肢は———。


「澪は……、その……アクセサリーとか好きか?」

「うん? ううん……。どうかな? ネックレスくらいなら持ってるけど、好きか嫌いかって言われたら好きかも?」

「そうか? じゃあ、これ……あげる」


 ずっとポケットの中に入っていたあの小さな箱をテーブルに置いた。

 そしてゆっくりスープを食べる。


「これは……?」

「腕輪だ。頑張ってバイトをして買った物だけど、これをもらってくれる相手がいなくなったから」


 この日のために買っておいたプレゼントだけど、捨てることよりマジだから。

 この腕輪を誰のために買ったのか、それは澪もよく知っていると思う。

 でも、俺はこれを捨てられない。たった一人の女の子のために、数ヶ月間頑張ってきた俺の努力の結晶だからさ。


「いらないなら、澪が捨ててくれ。俺にはできないから」


 誰かにプレゼントをする時はその物に「意味」がある。

 その意味が一生の思い出になるからお金以上の価値を持つと思う。

 話の辻褄が合わないってことくらい俺も知っている。


 だから、これを……俺たちが別れたあのクリスマスの日のプレゼントだとそう思うことにした。あの時は渡さなかったから———。


「ここで開けてもいい?」

「うん」


 目の前で腕輪をはめる澪、やっぱり似合うな。

 澪だから、当然か。


「すごく綺麗! ありがとう。ねえ、どう? 夕日くん」

「似合うよ」

「うん! ありがとう! 本当にありがとう! 大切にするから。夕日くん」

「うん」


 メリージゴクマス。

 冬休みが終わったら、そして新学期が始まったらまた地獄が始まるよな。

 もう俺たちの間に「好き」はない。葵、俺は……お前が憎い。


「ふふっ、テンション上がる!」

「そうか? よかったね」

「ごめんね、私は何もないのにこんな高いものをもらっちゃって」

「いいよ、気にしないで。あの日のプレゼントだと思ってくれ、それでいい」

「うん……」

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