第16話 55年前の万博ドイツ館のレストラン

人間像及び広島日独協会会報より、さらなる情報

第27話 前回大阪万博のドイツレストラン

https://kakuyomu.jp/works/16818622175116707752/episodes/16818792436383037438

是非こちらもご参照ください。


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 広島の作家・四反田五郎がドイツ大統領の歓迎レセプションに招待された際に同席した広島日独協会の職員であった女性の手記があります。55年前、1970年に行われたあの万国博覧会のエピソードのひとつということでお読みいただくといいでしょう。当時1歳の赤ちゃんが、今や56歳ですからね。そりゃあ、その間いろいろ変わったことも多い。それをどんなところから見つけるかというと、もう、その文章を読んでいればどこかしこに今では聞きなれないけど昔確実に聞き及んだな、という単語が出て来るわけで、そこで、新たな発見、と相成るわけ。

 ドイツレストランで、明らかにドイツの果実酒。しかも泡は吹いている(別に私がそれを読んで泡を吹いたわけでは、ない)。そういう酒を「シャンペン」と表現されています。今どき、シャンペンなんて言葉、使わんでしょう。大抵はシャンパンと言いますね。この辺りは、表現の変化というか傾向が変わったことのあかし。

 因みにシャンパンというのは、フランスのシャンパーニュ地方で製造されたブドウを云々と、一定の条件が満たされた時点で名乗れるもの。そうでないものは、同じような酒でも「スパークリングワイン」と言われます。この作品で出て来るそのワイン、当時の金で8000円もしたそうですが、今時ではないだけに、そりゃあめちゃくちゃ高いわ。今なら数万円間違いナシね。ま、4万円くらいかな。税込されたら44,000円くらいのイメージか。ひょっともう少し高いかも。

 それはともあれ、あの頃はその「シャンペン」ということば、子どもがクリスマスのときに飲ませてもらえる炭酸飲料、あの「シャンメリー」でさえも、気の利いたというか無駄に利かせた大人は「シャンペン」などと云っていたものです。私の経験では昭和50年代初頭くらいかな。ただの少し高めの季節限定の子どもも飲める炭酸飲料が「シャンペン(=シャンパン??)」なんてね、上げ底表現もここに極まれり、って感じだぜ。


 さてこの作品の筆者、ドイツにご主人の留学で同行していたことがおありだったそうです。その折に出会った刑事法学や法哲学で有名な教授さんのご自宅で、なんとその教授大先生直々に“ザウェル・クラウト”、これすなわち今どきの表現でいうところの「ザワークラフト」の作り方を伝授していただいたというエピソードもあります。このザワークラフト、キャベツを漬けてつくるいうなら西洋漬物というべきものですが、これがしかし大昔の船乗りたちの壊血病を防いだという、大あっぱれな食べ物なのであります。

 その漬物、ソーセージやアイスバインなどの肉料理、取りも別けても豚肉系が多いような気がしますけど、それもやはりドイツが基本的に高緯度の国であることに起因しています。なかなか野菜が取れませんので、保存食にしておくわけよ。そういえばお隣の韓国にもキムチがありますけど、あれも考えてみれば同じ原理と言えましょう。味は全然違いますけど、根本的な原理は一緒ってことだ。

 この方はそのドイツレストランで少し高いなと思いつつもアイスバインとレーベンブロイのビールを注文されたようです。アイスバインは骨付肉ですが、上品に食べてもしょうがない、大いに豪快に食べたほうがより味わえるという性質の料理とのこと。ラーメン屋そばを音もたてずに上品に食えと言われてもなあ、というのと一緒ってこった。

 当時のそのアイスバイン、なんと1,100円したのだそうです。当時の大卒初任給が4万円弱。そこから考えれば、税抜4,500円、税込にして4,950円くらいということになりましょうか。まあ、こんなものかな、って感じに思える。

 ただ、当時はドイツ料理を普段からでも食べるという習慣のある家庭はそうそうなかったはずだから、いきなりあんなの出されても、戸惑っただろうね。

 というかそもそも、そういう人らはドイツレストランなんかまず行かないわな、ってことかもしれないけどね、オチが。

 でも、今の万博会場の駅そばのあの金額は、ちょっと、ね。


 もうひとつ、この文章を読んで気づかされたこと。これは言葉の問題。

 このレストランの一品料理のメニューは「シュバイゼ・カルテ」と表記されています。他のサイトで調べてみると、フランス語では「ラ・カルトウ」または「カルトウ・ドゥ・ムニュ」というそうです。

 小学校の国語の時間に読んだ教科書の文章の中に、「カード」と「カルタ」、それに「カルテ」という、本来なら同一のものを指す単語が、それぞれ別の場所で市民権を得て(でしょ?!)使われるようになった経緯が書かれているものがありまして、ふと、それを思い出しました。

 要するにこのメニューは、「一品料理カード」ってことになるのでしょうか。あの教科書では「カルトウ(カルト~アラカルトのカルトの部分)」がフランス語であるという記述があった記憶はないのですが、そうか、そこがフランス語のカードに相当する単語なのだなと、改めて確認できた次第。

 ちなみに「メニュー」というのは、ここでは定食、すなわちコース料理のことをいうそうです。フランス語では「ムニュ」です。獅子文六の小説「七時間半」を映画化した川島雄三監督の「特急ニッポン」で、食堂車の料理人さんがフレンチレストランでは「メニュ」じゃなくて「ムニュ」だぞと言うシーンがありますが、まさに、それのことだなと。


 一つの文章を読むことで、人生55年生きてきたうちにどこかここかで学んだことが生きて来るばかりか、その知識の一つ一つがまた改めて有効に機能していることを体感出来ています。

 自分が1歳の年の万博の記事から、56歳になる寸前の私がここまで読み取れるようになれたのも、これまでいろいろな人や物から学んできたことのおかげです。 

 もちろんこれで終わりじゃないよ。まだまだ、頑張って参ります。

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