第1話 とある手記1

 手記


 この手記が僕以外の誰かに読まれているのならば、一体誰に読まれているのか。大人か、子供か、老人か、幼児か。もしかしたら、僕と同じ高校二年生かもしれない。

 これは元々、日記として書いていた。だけど、僕はこのを、できるだけ多くの人に知ってもらいたい。だからこうして前書きを付け足し、手記のような体裁に変え、こうして図書室に密かに入れておいた


 さてと、前置きはこのぐらいにしておこう。君はこの南梨能学園の二年B組で起きた、を知っているだろうか。もし知らなくても、それは君の責任じゃない。なぜならそれの被害者の身内すら、それを


 二年B組で起きたこの事件。それが始まったのは多分、七月に入ってからのことだ。

 七月のある日、クラスの女子生徒が一人失踪した。街を挙げて捜索にあたったが、それも無駄だった。


 そしてそれを皮切りに、次々とクラスメイトが消えていった。

 一度にいなくなる人数も、その間隔もバラバラだったが、一週間より長い期間が空いたことはなかった。そしてそれら全員が、見つかっていない。


 ここで僕が語ることは、少なくとも僕の中では真実だ。だが、僕から二つ、君に言わなければいけないことがある。


 まず、僕が全てを覚えている、という保証はない。実の親ですら忘れる怪現象が、ただの一クラスメイトに働かないという根拠は一切ない。


 そして最後に。

 きっと僕もこの後、失踪してしまうと思う。だから悪いけど、ことの真偽は確かめようがない。この二つはちゃんと頭に入れておいてくれ。




「……なんだこれ?」

 俺は首を傾げた。手の中には、『日記』と書かれた一冊のノートがある。その最初のページには、厨二病患者が書いたような『手記』の序文があった。

 どうしよう。図書室に何か面白いものでもないかと思って漁っていたら、黒歴史の塊のような日記を見つけてしまった。これは本人が『読まれている』としったら悶絶するタイプのやつだぞ。『知ってほしい』って思えるのは書き切った時だけのやつだ。


 俺は一度ノートを閉じて、表紙をつぶさに観察した。

 ──表紙は古ぼけていて、マジックペンで書かれた『日記』の文字も掠れて年季が入っている。しかもこの型のノートは、もう二十年も前には売られなくなっているはずだ。


 つまり、これを書いた人物は少なくとも今三十代後半。社会人としての地位が固まってきていてもおかしくない時期だ。そんな時にこんなものが発掘されれば……

 なんて恐ろしい想像だ。果たしてこれは戻したほうがいいのか? それとも書いた人のために、焼却炉で燃やしたほうがいいのか!?


「おや那なぐら良君。何か面白いものでも見つけたのかい?」


「うひゃ!」

 

 俺の真後ろから声をけられた。あまりの衝撃に、思わず大きな声が出る。


「こらこら、図書室で大声を出しちゃいけないよ」


 俺を優しく叱っているこの人は、この図書室の司書の先生だ。秋山誠司というらしく、いつも柔和な表情を浮かべている。


「那久良君呼びが気に入らなかったのかな? じゃあ親しみを込めて、そら君と呼ぼう。那なぐらそら君?」


 仏のような優しい顔の下に、やや怒気をちらつかせながら、秋山先生は言った。口元だけは笑っているが、絶対に笑っていない。


「す、すみません。──そうだ、このノート、何か知っていますか?」


 俺は秋山先生に、手元のノートを差し出した。


「ふむ、かなり古いノートだね。この棚には今までの生徒の制作物などを置いているから、その一つなのかもしれないね」


「そうですか、ありがとうございます。ところでこれは、借りることはできますか?」


「ああ、それは損傷がさほど激しくないしね。許可なんて取らなくても、いくらでも持っていっていいよ」


 ははは、と俺は軽く苦笑いで返す。


 その時、予鈴が鳴った。後五分で次の授業が始まってしまう。


「あ、それじゃあこれを借りていきますね」


「ああ、廊下は走ってはいけないよ」


 秋山先生は抜かりなく釘を刺す。俺が時間に追われる時、いつも走っているのを知っているのだ。


「はい、それでは」


 俺は図書室を出て、教室に戻った。


 俺が通っているこの学校は、南梨能学園という。梨能市という田舎の学校で、まあ中の上ぐらいの進学校だ。もっと酷いことを言うなら「地元じゃ負け知らず」を量産するための学校になるが。


 クラスは各学年に三つ。普通科がA組、特進がB組、国際がC組だ。そして俺はいま、二年B組に所属している。


 そういえば、この『手記』に書いてある事件も、二年B組で起きたんだったな。それを意識すると、ちょっと気味が悪い。


俺はノートを自分のカバンにしまった。結局興味に負けて持ってきてしまったが、学校で厨二ティックなものを読む気にはなれなかった。


「お、那久良。なんか変な顔してんな。どうした?」


隣の席の男子が、声をかけてきた。


「なんだ、郷田ごうだか。いや、ちょっとホラーなものを見てな」


彼は郷田ごうだりゅうという。俺の友達で、俺と同じサッカー部に所属している。


「へえ、お前ホラー苦手だったのかよ。意外だな」

うるさい、と俺は返した。

「……そういえば、この学校に怪談ってあるのか?」


「いや、そりゃ平屋じゃねえんだからあるだろ。三階建てだぞ?」


……馬鹿かこいつ。


「そっちじゃない。学校の七不思議とか、百物語とかの方だ」


ああ、と郷田は膝を打った。

文脈でわかるだろ……


「ああ、もちろんあるぜ。階段のない青空教室でも、怪談ならあるはずだ」


「青空の下に幽霊が出てたまるか」


 俺は郷田のボケをすぐに切り捨てた。


「悪かったって。それはともかく、俺たちの学校にもちゃんとあるぞ。まずはトイレの花子さんだろ?」


「定番すぎるだろ。花子さん全国に何人いるんだよ」


「歩く二宮金次郎像、誰もいない教室に響く『エリーゼのために』、動く人体模型、一段増える十三階段、ないはずの教室『二年D組』……」


あまりにもテンプレがすぎる。誰かが絶対にノリで作ったやつだろ。


「まあこの六個は聞くだけ無駄だったかもな。信ぴょう性もオリジナリティもねえ」


自分で語っておいて、郷田ははっきりとそう言う。


「だけどな。最後に……まあこれは、噂でしかないんだが、一つだけオリジナリティのある怪談があるんだよ」


「へえ、どんな?」


俺は聞き返した。


「ああ。実際に体験したやつはいないし、記録も一切残っていないらしいから、本当に眉唾物だけどよ。いつだったか、三十年ぐらい前。その時の二年B組の生徒が、、っていう話なんだ」

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