第9話 涙の雨 下
-締詩沫暦-1019年4月4日-春-中心城城内
彼の行動は迅速だった。長い心の
なぜか、アティサは
「アティサ、何をしようというの?」
「
「アティサ、たとえお前が
連合——『匠心連合』。数百年前の建国の功臣たちが築いた組織。だがアティサはとっくにリーダーの資格を放棄し、数年前にこの組織を脱退し、民間で無名の普通の
「仮にお前が今も連合の一員だとしても、聖泉を無造作に使わせるわけにはいかない。冒涜だ」
「
アティサが詰め寄る。その口調は
「
アティサは沈黙した。これは彼が予想していた場面だった。だが、予想していたとはいえ、心に一抹の喪失感がなかったわけではない。
「お前自身がここに立っていること自体がすでに冒涜だ。お前の
アティサは黙ったままだ。
「人を救おうと? それとも自分を救おうと? それとも再び国を挙げての反乱を起こそうと?」
「お前が何を言おうと私は信じないわ―――」
「救いがたい! 警告するわ! 父上はお前の罪を
その
「お前はもう……私の記憶の中のあの人じゃない……だから! 私がたとえ一瞬でもお前を許すなんて思わないで」
「…………それでは、
「お前が
アティサの心は貫かれたようだった。この言葉は、
ただし……。
アティサは眼前で
「もし
「今の私がお前の言葉を信じると思う?」
彼女の言葉に重みが増すにつれ、枷の締め付けも強まり、アティサにさえも圧迫感を感じさせた。しかし彼はよくわかっていた。
「もし貴女が信じられないなら、まずこの枷を解いてください。あるものを見せましょう」
「…………」
「…………口先だけは
彼はポケットから一つの十字架の首飾りを取り出した。これはアティサが
「
「…………父上の
「では、これを見た後でも、聖泉を持ち去ることを許されないのでしょうか?」
彼に聖泉を持ち去らせることなど、考えたこともなかった。
「
「黙れ!! 少し考えさせて……」
…………
しばらくして、アティサの体を縛っていた枷はゆっくりと解けていった。彼は立ち上がり、服の
沈黙する王女の横を通り過ぎ、聖泉の傍らへと歩み寄った。彼のそばに
アティサは聖泉を詰め終えると、振り返ることなく大門のそばまで歩み、去ろうとした。
「では、これにて失礼する」
「アティサ」
「
「お前は私に
口元に
「お言葉ありがとうございます」
そう言うと、ドアを閉め、聖堂を後にした。
…………
アティサが離れている間、
この音が眠りの中の少女を目覚めさせた。彼女は眠い目をこすり、窓の外の静かな夜を見た。今こそ絶好の
身軽な彼女は夜の闇の中をすり抜け、夜間の巡回や交代する衛兵を巧みに避け、彼女が入城したあの
その隙間はもう狭くはなかった。今の大きさなら、彼女が身をかがめれば普通に出入りできる。周囲の人間にアティサが突然大量の薬草を購入するのを怪しまれないように、彼女は毎晩、ノミを持ってこっそり隙間を広げ、去る時に石や
彼女は慣れた手つきで隙間を通り抜け、橋の下の支柱を伝って対岸へとこっそり移動した。
「……次は……何だっけ?」
薬の影響で、彼女の思考はすでに少し
「ああ、思い出した。こっちだ」
少女は森の奥へと向かい、彼女がよく知り、補充が必要な四種類の薬草を採集した。これにはもうすっかり慣れていた。
彼女の記憶は良くないが、これほど早く忘れるほどではない。出かける時はドアをしっかり閉めた覚えがある。だが今、ドアは開いていた。地面には言葉にしがたい赤い染みが残り、不快な
血だ。
遠くから家の中まで続いている。屋内は明かりがついていなかったが、月明かりで家具がめちゃくちゃに散らばっているのがはっきりと見えた。普段食事をするテーブルもひっくり返っていた。刹那、彼女の脳内に一つの恐ろしい推測が浮かんだ。それは彼女が初めて『恐怖』という名の感情を微かに感じさせた。死にかけていた時でさえ、このような極端な不快感はなかったのに。
彼女はすぐに首を振り、その考えを追い払った。明かりをつけようとしたが、ぼんやりとしてスイッチの場所がわからなかった。仕方なく、月明かりを頼りに周囲をかろうじて見分け、草刈り用のナイフを胸の前にかざした。これで自分を守れるはずだ、そう思って。
鮮やかな赤い
彼女は震えながらナイフを握り、
**――きしみ――**
彼女は慌てて振り返った。何もなかった。下を見ると、踏んだ床板が音を立てたのだ。その音が部屋の空気をさらに重くし、彼女の心臓の
一歩、また一歩。呼吸はますます荒くなった。目の前の未知なるものは、まるで怪物のように思え、ますます後退したい気持ちに駆られた。
しかし、彼女は後退しなかった。一体何が起きたのか知りたかった。
ついに屋根裏にたどり着いた。自分の部屋のドアは半開きだった。彼女はゆっくりと押し開けた。
一瞬、『恐怖』が波のように押し寄せ、彼女をその場に釘付けにした。全てを奪われ、何も持たぬ、空っぽの
アティサがみすぼらしく少女のベッドの端に座り、息も絶え絶えだった。彼の片腕は無理やり引きちぎられたように、すでに失われていた。ただ、見るも
明らかに、通りから家の中まで続いていた血痕はすべて、
血の海の中の父親が微かに顔を上げ、愛おしい
「
彼の口調はゆっくりと、落ち着いていた。責めるような響きは微塵もない。彼の一言一言、そのゆっくりとした呼吸の一つ一つが、娘への深い愛情に満ちていた。
その馴染み深い人の声が耳に届き、
「アティ…サ…! こ、これは!……どうして……??」
薬のせいで、彼女の感情はほとんど消えかけていた。しかし今回は、恐怖、喪失、恐れ、悲しみが一瞬で入り混じった。あの強力な薬さえも、心の奥底から湧き上がるこの感情を抑え込むことはできなかった。
「はは………………こんな……姿……見せて……すまない……」
父はゆっくりと言った。一語一語が口から出るたびに、彼の全身は微かに震え、血を
「話さないでください! 今すぐ包帯を巻きます! 包帯……包帯! ここにあったはず!」
彼女の手はひどく震えていた。急いで引き出しから包帯の巻きを取り出し、倒れた父のそばに戻った。包帯を巻こうとしたが、震える手ではとても巻けるものではなかった。その手は恐怖で、人に包帯を巻くことすらできない状態だった。
「ゴホッ、
彼は泣く娘を慰めようとし、指先で彼女の髪をそっと撫でた。まるで旅立つ前の名残惜しさのように。
「そんなこと言わないで! あなたは生きる! 必ず生きる! 私……私……!」
彼女は包帯を手に持っていたが、思考はどうすればいいのか全くわからなかった。
包帯を巻く? 彼女が戻る前にもう手遅れだった。
娘の涙は情けなく溢れ出た。彼女はほとんど涙を流したことがなかった。入城したばかりのあの苦難の旅の時でさえ、一滴も涙を流すことは
「
彼の残った片腕がそっと娘を抱き寄せ、泣く子を自分の胸の中へと優しく引き寄せた。彼女の頭を撫でながら、泣く心を落ち着かせようとした。
彼女は父が絶え間なく失われていく命を感じた。呼吸はますます弱く、鼓動は消えかけていた。彼女はもはや心の奥底の悲しみを抑えきれず、彼の胸に飛び込んで声をあげて泣いた。
「泣くな……
「アティサ……」
「聞け……俺の娘よ……俺は……何か大切にし、愛おしむ者を……持ったことはなかった……しかし……俺は……一度たりとも……養子にしたことを……後悔したことはない……」
荒い息を切らせながら、彼はゆっくりと言った。言葉はほとんど全ての力を失っていた。彼は分かっていた。時間がもうほとんど残されていないことを。
「首飾り……すまない……ちゃんと……持って帰れなかった……申し訳ない……」
全身の力を使い果たして、彼は首飾りを娘の首に掛け直した。十字架はひび割れに覆われ、今にも壊れそうだった。
続いて、父のそばに落ちていた短剣がゆっくりと手に取られた。
「……これが……俺の……
目は泣き
アティサはゆっくりと、愛おしい子を抱きしめながら、彼女の耳元で
それは命の最期の
「我が子よ……俺を憎め……だが……生きよ……
短剣が背中から、娘の心臓を貫いた。
血が
泣き声はついに静かになった。
それが―――死だった。
銀色の十字架が砕け散った。
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