階段の残り香
中の人(カクヨムのすがた)
階段の残り香
遥か未来、文明がほぼ荒廃した世界。
人々は謎の進化を遂げた植物が生い茂るビルの廃墟に住むことを選んだ。
新種のウイルスの蔓延だろうか? 何らかの実験の失敗だろうか? 異常進化した植物が支配するようになったその世界で文明は静かに荒廃した。
人が衣食住の全てを新たに地球を支配した存在「植物」に依存するようになってから既に数世代、人類の文明の残渣はビルの廃墟群と自然分解を免れたいくつかの道具だけになった。
朝日がさす空高く伸びるビルの廃墟の中で、ペペットは目覚める。
ちょっと今日はイヤな日だ、いわゆる「当番」の日だ。
少女はひょいひょいと廃墟を歩き、置いてあった「袋」を手にする。
ビニール袋、とかいう袋らしい、向こうが透けて見えてとても薄い素材で作られた奇麗で華奢な袋だ、この廃墟と言い、この袋と言い、昔の人たちはどれだけすごい文明を築いていたのだろうか?
さて、「当番」の日はたっぷり食事をとっていいことになっている。憂鬱な「当番」の日において、これだけはとても嬉しいことだ。
彼女はビルのてっぺんに上りたわわに実るギットの実をたらふく食べる、ちょっと辛みがあり、お気に入りの味だ。いつもは3個までと決まっているが「当番」の日だけはお腹いっぱい食べてよいことになっている。
さて、「当番」としての仕事が待っている。
ペペットはビルに生い茂る木々につかまりながらビニール袋を片手に廃墟を器用にするすると降りていく。「3階」と書かれた場所、ほぼ水面すれすれの場所に到着すると、ちょうど水中から出てきたクレフとすれ違う。
ぱんぱんに膨らんだビニール袋を持ち、妙にげっそりとした顔のクレフは「ああ、今日はお前か」みたいな顔をしてペペットを見る。
ペペットが「当番」をするのを男子が知ると、決まってニヤニヤして眺めてくる、だからペペットはこの「当番」が嫌いだった。
だが、村の生活維持のためには絶対必要な事であり、一人の人間が連続して実行することはできない、それゆえ当番制になってしまうのだ。
周囲を見渡す、木の根と緑が鬱蒼と生い茂るビルの3階、水平線はビルのはるか遠くまで続き、爽やかな風と小鳥のさえずりがあたりを支配している。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう?
ペペットは時々夢想する、もしこのビルやビニール袋っていうものが、普通に使われていた時代に私が生きていたら、私はどういう生活を送っていたんだろう?と。
だがその疑問に意味がないことも分かっていた。
ペペットは「当番の実」を一つ飲み込む、小指の先ほどの小さな実だ。
何故この実がこの世に生まれたのか、さっぱりわからない。
だが、かなりの人数の御先祖様が、この「当番の実」の犠牲になった、それだけ危険な木の実なのだ。あまりの危険性ゆえに名前を付けることをタブー視した位だ。
しかし、この木の実は同時に私たちの村を支える重要な資源なのだ。
彼女は服を脱ぎ裸になると、水中に身を沈める、ビニール袋を水中に構えてしばらく待ち続ける。
程なくして、彼女は軽い腹痛にも似た違和感を抱える。
ぶーーーーーーーーーーーーーー
ものすごい勢いで彼女の体内から「気体」が出てくる、水中で激しく泡立ち噴出する”それ”をそのままビニール袋に集めていくペペット。
この気体が外部に漏れだしたら大変だ、大爆発を起こして死んでいったご先祖様の数は数えきれないほどいる。
程なくしてビニール袋はパンパンになり、ペペットは次の袋を構える。
異常発酵誘因果実、とかつての文明では呼ばれていたらしい。
腸内細菌の働きを異常活性化させ、大量の可燃性ガスを体内から噴出させる。そのガスに引火して下半身を爆発させた人類は多数いたらしい。
だが、荒廃したこの文明下において、このガスは貴重な燃料となった。
既に満タンになった袋は6袋程に達している。経験的にあと2袋程はいけるだろう。森の静寂と木々の香りに包まれて、彼女は沐浴に似た状態で体内から気体を放出し続ける。
程なくして8袋弱のガス袋が手に入り、彼女の体内からのガス放出がほぼなくなった。
彼女はげっそりとした顔で大きな袋を抱え、ビルの階段を上っていく。
階段に残り香を漂わせながら。
<了>
階段の残り香 中の人(カクヨムのすがた) @NakanoHito_55
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