鎮圧セヨ 〜特別警備隊、出動す〜

曇空 鈍縒

第1話

 ホークタウン警視庁は、フォーランド帝国の中枢、帝都ホークタウンの治安維持を一手に引き受けている帝国最大の治安維持組織だ。


 その規模は五万人を超え、各地方自治体の警備を担う自治体警察が数十〜数百人、多い地域でもせいぜい数千人程度で運用されていることを考えれば、かなりの大所帯だと言えた。


 国内の治安維持を統括する内務省の、すぐ隣に建てられた警視庁本部は、その巨大な組織に見合う広大な敷地に居を構えている。

 本庁舎は赤煉瓦造りの五階建てで、上から見るとロの字型になっており、正面玄関には、警視庁本庁舎のシンボルとして背の高い時計塔が設置されている。

 そして、その本庁舎を囲むように、車庫や通信所、書庫などが建てられていた。

 本部の敷地は、背の高く鬱蒼と茂った生垣で囲まれており、腰にサーベルを吊った四人の警官が、直立不動かつ無表情のまま、正面ゲートで立哨に当たっている。

 サーベルの銀色のさやが、太陽光を反射して煌めいていた。


 俺の職場は、そんな警視庁本庁舎の、中庭に存在している。

 芝生の敷かれた中庭の中央に鎮座する、鉄筋コンクリート構造の無骨で堂々とした建物。華美な装飾が可能な限り排除された出入り口には、真新しい木製の看板が掲げられており、そこには力強い筆跡で『特別警備隊』の五文字が記されている。

 そう。この建物は、警視庁の最精鋭部隊『特別警備隊』の庁舎なのだ。


 特別警備隊とは、つい一年ほど前、国内情勢の不安定化を受けて警視庁内に設置された、フォーランド警察唯一の集団警備力だ。

 隊員数は四〇〇名ほど。七〇名の中隊が五個と特別警備隊本部で編制されている。

 もちろん隊員たちも精鋭揃いで、その全員が、武道に秀で、高い判断力を有し、困苦欠乏に耐えうる忍耐力を持っている。

 その上、一般の警官にはほとんど配備されていない拳銃が全員に支給されていたり、手投げ催涙弾や防弾衣、ライフル銃など、暴徒鎮圧やテロに備えた独自の武器を保有していたりと、配備された装備も極めて強力だ。


 まさに、警視庁の切り札。


 俺は、この部隊の第四中隊長として勤務していた。

 普段は、庁舎の二階にある第四中隊長室で、タイプライターとガリ版を使って書類仕事をこなしたり、あるいは中庭で訓練の指揮をしたりしている。


 だが今日は、特別警備隊の各中隊長と隊長の計六名で、窓のない小会議室のテーブルを囲み、会議を行っていた。

 重要な会議を行うために用意された小会議室は、外部からの盗聴を防ぐため窓が無く壁も分厚い。そのせいで、会議室内は肌寒い上に薄暗かった。


 会議の議題は、一ヶ月後に帝都で開催される、世界安全保障会議の警備について。

 近年、緊張感を増しつつある国際情勢を少しでも緩和するべく、国連主導で開催が決定されたこの会議は、世界各国の首脳陣が参加する予定であり、フォーランド帝国政府としても絶対に失敗する訳にはいかず、万全の警備体制を敷いている。

 俺はてっきり、特別警備隊も重要な役割を担当すると思っていたのだが、どうやら、そうではないらしい。


「すでに警備計画は警視庁安全部と近衛師団が中心になってまとめているよ。基本的に我々の出る幕はないね」


 隊長のハーリッヒ警視が、白髪の頭をかきながら言う。


「では我々は蚊帳の外というわけですか?」


 第一中隊長が、やや苛立ったように聞いた。

 特別警備隊が編成されてから一年も経つというのに、与えられる任務は、せいぜい大規模なデモの警備程度で、乱闘騒ぎになるようなことも滅多になく、士気旺盛な隊員たちは、やや不満を感じていた。

 大柄で、見た目に似合う豪胆な性格をしている第一中隊長は、不満を感じている隊員の代表格だ。


「いや。一応は我々も配置に付くらしいよ。会議が行われる国連本部から二十キロほど離れた大統領官邸と帝宮の二箇所に分かれて、緊急事態に備え待機するらしい」


「待機! しかも、大統領官邸と帝宮ですか! それでは国連本部でテロが発生しても、我々が到着する頃には取り返しのつかない事態が発生しています!」


 第一中隊長は声を上げる。

 警視庁に所属する部隊の中では最も高い機動力を誇る特別警備隊ではあるが、流石に二十キロも離れた場所に行くには数十分を要する。

 それだけの時間があれば、優秀なテロリストであれば、数名の要人を殺害するぐらい造作もないだろう。


「せめて、デジグース警察署に二個小隊ほどを派遣しておくのはどうでしょうか? あそこなら警察車両も多く保管されていますし、緊急時の対応も容易になると思います」


 細縁のメガネをかけた第二中隊長が、冷静な口調でそう言った。

 デジグース警察署は警察車両の保管基地を兼ねており、国連本部にも近い。

 だが、ハーリッヒ警視は首を横に振る。


「無理だ。そこは近衛師団の戦車連隊が展開する予定になっているね。二個小隊どころか、一個分隊だって受け入れる余裕はないよ」


 会議室に沈黙が広がる。


「まあ、我々には、輸送車や貨物自動車も配備されているんだ。事件が発生した場所へと向かえるだけの機動力は十分にある。それに、大統領官邸や帝宮の防衛も、重要な任務だ。各員、計画書に基づき、警備を完遂するように」


 ハーリッヒ警視は、会議をそう締め括った。

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