2-ラナンキュラスの少女たち

 登校すると、やはり教室に山村の姿はなかった。


 彼女とは昨日もおすすめのWEB小説を共有し合ったばかりで、その感想も伝えたかったのだが。


 とはいえ、心配に及ばないだろうというのが深空の本音だった。


 山村はもともと病気がちな方だ。倒れたというのは少々気がかりだが、学校を休むこと自体さほど珍しいことではない。


 一応山村に『大丈夫?』とメッセージを送っておく。いずれ元気な返事と共に、今日読んだ小説の感想でも飛んでくるだろう。趣味の会話だって、直接会わずともネットを通せばいい話だ。


 そんなことよりも。


 深空はスマホを開き、思いついた設定を書き連ねていく。


 自分の携帯の使用が許されない授業中はノートなどに書きまくり、あげくその日の内には本文へと着手し始めていた。


 舞台は伝統的トラディショナルに女学園とし、時代設定は現代に。入学したばかりの主人公が自身を取り巻く美女たちに振り回される、いわゆるハーレムもの。しかし破廉恥になりすぎず、雰囲気はシックに──。



 人が変わったようだ、と言ったのは誰だったか。数日ぶりに登校してきた山村だったかもしれない。


 深空は思うままに書き続けた。趣味の時間どころか、勉強や食事にあてる時間すらも執筆へと費やすようになった。



「あなたを幸せにできるのは、私だけって信じてる」


「あんたが笑うと、世界がちゃんと回ってるって気がするんだ」


「夢じゃない……ですよね? 触れて、確かめても、いいですか?」


「アタシが守るから。あんたが泣かなくて済むような世界に、してみせっから」


「あなたといると……わたし、ちゃんと息ができるの」



 これは陳腐ではないか、と足を止めてしまいそうになるセリフたち。


 しかし、深空には〈あの声〉があった。


 囁いてくる〈あの声〉は、プロフェッショナルの声優のごとく声色を変えることもできた。


 そのフィルタを通すと、書いたセリフはきらめきを増した。行けるという確信が、深空の脳を、手を更に執筆へと駆り立てる。


 人物描写に工夫があれば、的確な場面に置いてやれば、陳腐な台詞でも映えて見える。わかってはいたが、それを体で理解した。まだまだ書ける。まだまだ書きたい。


 深空はひたすらに書き続け、そしてついにはネットへの投稿を始めた。


 これまでいくつも読んできたWEB小説だが、書く側になると世界が変わる。書くのは本文だけでなく、タイトルやタグ付けも必要だった。


 そういったプロモーション的な作業でさえ、深空はバリバリと、かつ適切にこなしていった。


 導いてくれるのは〈あの声〉だった。


 深空の脳裏に浮かんだセリフに彩りを加えた声は、いつの間にか意思を持つかのように助言をするようになっていた。


 導かれるままに指を動かした。〈声〉に導かれる執筆は果たして自分の作品だと言えるのかという考えが鎌首をもたげたが、執筆の楽しさが一蹴した。


 ──小説家だって編集が居る。わたしには、この〈声〉が居る。


 こうして深空の処女作『ラナンキュラスの少女たち~女学園でのゆりゆりハーレム新生活~』は、ネットの海へとその姿を現した。


 投稿を初めて数日も経たぬ間に『ラナンキュラスの少女たち』はネット上の〈界隈〉を震えさせ、みるみる内にランキングの上位へと駆け上った。


 毎日投稿なのも相まって日々を重ねるごと話題になり、絶賛する感想が殺到した。しかし深空は感想に返答することはせず、ひたむきに更新をし続ける。予約投稿は既に来月の分までストックが用意されていた。


 その上、これまで深空が一人のオタクとして運用してきたSNSアカウントと『ラナンキュラスの少女たち』を投稿するアカウントは完全に切り離されていた。


 とりもなおさず、それは友人である山村たちにも小説の投稿を伝えないこととなる。


 友人らも、両親も、深空が何に夢中になっているのかはわかり得ない。事情を知らない者たちには、彼女が取り憑かれたように見えていたに違いない。


 深空の新しいライフスタイルが始まって二週間が経過した頃。元々痩せ型だった彼女の頬が徐々にこけ始め、人相が変わり始める。


 しかし、彼女のおもては前よりも明るくなっていた。


 執筆作業に打ち込みすぎる状態は変わらなかったが、一心不乱だったこの二週間よりも受け答えはハッキリしているし、食事もちゃんと取るようになっていた。


 山村に「安心したよ」と言われて、深空は自分が心配をかけていたことを初めて知った。すべては快調に進んでいる。心配事などなにもないというのに。


 深空は『ラナンキュラスの少女たち』の作業に一区切りをつけると、新しい物語の執筆を始めた。今度は時代設定からして伝統的トラディショナルに──否、古典的クラシカルに。


 エスと呼ばれた文学ジャンルがある。


 それは大正時代、日本における少女たちの強い絆を扱う物語を表す区分であり、関係性そのものを指す言葉でもあった。今でいうシスターフッドに近く、名称もシスターSisterの頭文字から取られている。


 深空は歴史に明るいわけではなく、いわゆる大正のエス文学にも触れたことがなかった。


 だが、深空は書くことができた。かの時代の女学生たちの生活から心情の機微に至るまでを生き生きと、しかししとやかなムードで以て描き上げていった。


 すべては〈あの声〉が導いてくれた。


 こうして深空の第二長編『朝露あさつゆ物語』は着々と形を成していった。



『深空、倒れたって』



 その連絡が彼女の友人たちに送られたのは、翌日のことだった。


 過労だった。


 食事を取りに来ない深空を心配した両親が、自室で倒れている彼女を発見した。


 救急車で運ばれたものの、命に別状はなし。相応の措置を施した上で、自宅療養ということで即日での退院を許された。


 家に戻った彼女を最初に訪ねたのは、友人の山村だった。


 山村が彼女の自室を訪れると、



 タタタタタタタタタタタタタタ──



 出迎えたのは、スマホのタイピング音だったタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ



 深空は、ベッドで仰向けになりながらタタタタタタタタタタタタタタタタ一心不乱に執筆をしていたタタタタタタタタタタタタタタ


ああ山村、来てくれたの?タタタタタタタタタタタタタタタタタ


 タイピングは、異様なまでに素早いタタタタタタタタタタタタタタタタ


私は大丈夫だから、タタタタタタタタタタよければゆっくりしてってよタタタタタタタタタタタタタタタ


 まるで過労という概念とは無縁に思えるタタタタタタタタタタタタタタタタタタ穏やかな風情で、深空は喋りながらタタタタタタタタタタタタタタタタイピングを続けているタタタタタタタタタタタタ


 その速度は、深空の顔が山村のタタタタタタタタタタタタタタタタ方を向いていても変わらなかったタタタタタタタタタタタタタタタタ


つづくタタタタタ


 

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