第1章2

 事情を聞いた。だいたい把握した。

 エルフの文化は面倒くさい。それが俺の感想だった。


「要は、明日、レタのクラスで魔法の技能試験があって、そこで火の魔法を使わないといけなくなった」

「はい」

「エルフとしては魔法の試験を落とすわけにはいかないが、レタ本人は火の魔法の発動が苦手でからっきしできない。それでモカの提案に乗ったと」

「はい……期待に応えないと私なんて価値がないですから……」


 それが得意なんだと周囲が勝手に期待してきて、その期待に応えられず失敗すると勝手に落胆される。そんなことをされたら人類皆共通でダメージを受ける。

 エルフであるだけで周囲は勝手に魔法が上手だ、美人だ、プライドが高いとそういうキャラクターを期待してくるから仕方ないといえばそうなのだが、大変な話だ。


「我らの文化の一つにも、期待に応え気高くあれと言われていて、私の家も魔法が全て使えないと学校を辞めさせると……。私もひとりで練習したのですがどうしても発動しなくて」


 特にエルフは魔法に長けている種族、それでいながら一部とは言え、魔法が使えないというのはアイデンティティにかかわる問題なのだろう。

 エルフについて詳しくはないが、彼女自身も火の魔法ができないことを恥じている様子だ。


「お願いします。どうにかできませんか?」

「どうにかって……」


 エルフに魔法を教えるだなんて、畑違いにもほどがある。

 一流ピアニストに、ピアノの弾き方を教えるぐらいわけが分からない。


「どうしろと?」


 俺にできることと言えば料理を作るぐらいだ魔法を教えることはできない。

 いまいち何をしてほしいのか要領が得ないので、黒幕であるモカに助け舟を求めることにした。


「先輩、昨日言ってたじゃないですかぁ、口から火を噴かせることができるって」

「あー、うん、言ったな」


 口は災いの元というか、言ってしまった言葉は撤回できない。

 つまり、彼女は口から出るとしても火の魔法を使えるようになりたいと。


 でも考えてみろ、エルフが口から火を噴いたら、絵的にどうなる。

 絶対! まずいことになるだろ! 粛清される気がしてならない。


 まずはそこを理解してもらうべきか。


「やって欲しいことは理解したけど、俺の料理でどこまで力になれるのか……。ちょっと作ってみるから、一度試した方がいいと思う」

「それはそうですね。ナナトウ先輩、ぜひお願いします」


 美人エルフから先輩呼びはちょっとこそばゆい。

 同時に今から、口から火を噴かせるコミカルな料理を彼女に提供しなければならないと思うと大変申し訳なくとも思う。


「私の分も忘れないでくださいよ! シャッキン先輩」

「え、あ、おう……?」


 お前も食べるのってツッコミは引っ込めておく。

 エルフの舌に俺の料理がどれだけ通じるのか、今はそっちの方が興味がある。


 せっかく来てもらったんだ。

 やれるだけやってみるか。


「念のため、レタの食べれないものとかあったら教えてほしい。アレルギーとか宗教的なものとか」

「特にありません」


 意外、現代のエルフは肉も食えるのか。

 いやエルフが菜食主義であったり、草やら空気やらで生きていると思うのは俺の偏見だ。


 むしろ好きな食材が使えるのなら好都合。

 心置きなく料理をふるまえる。


「それじゃ、料理を始めてくる。結構待つからお茶でも飲んで待っていていくれ」


 そうして俺は席を立ち、冷蔵庫へ向かった。

 テーマはカレー、やはり火を噴くならこの料理だろう。

 玉ねぎ、にんじん、トマト、赤ピーマン、羊の肉、小麦粉、唐辛子、クミン、ジンジャーを始めとした香辛料を集めて、調理台に用意する。


 まずはフライパンに油を薄く敷き、コンロで加熱する。

 別で鍋にも水を入れ、沸騰するまで加熱を続ける。


 フライパンの準備ができるまでの間に、玉ねぎのみじん切りにし、火の通りやすさを重視してにんじん、赤ピーマンもみじん切りに。

 羊の肉は火が通りやすいので、少し大きめの一口大に切り分け塩を振り、トマトはヘタを取り、反対側の部分に軽く十字の切り込みを入れる。


 鍋の水が沸騰したら、トマトを入れ、少し待ってすぐ取り出す。

 取り出したトマトは冷水で冷やし切り込みからめくれ始めた皮を剝きとり、八つ切りにする。


 次に玉ねぎをフライパンで炒める。その際水をちょいちょいと足し、焦げないようフライパンの表面温度を調整しつつ、玉ねぎの甘みをじっくり引き出していく。

 玉ねぎが茶色がかってきたらにんじん、赤ピーマン、羊の肉を入れ、改めて炒めていく。


 羊の肉に火が通ったころを見計らい、一度フライパンから全ての具材を皿に移す。

 フライパンに残った肉汁にバターを足し、スパイスとして、唐辛子、ジンジャー、クミンを入れ、小麦粉をまぶし油を吸わせてカレールーとする。


 そいつを水でゆっくり溶き、トマトとその他、火の通った具材を入れ、蓋をする。


(後は煮詰めるだけだが……ここで一工夫だ)


 フライパン越しに魔力を通し、火属性の素材の効力を上げていく。

 慎重に、かつ、食べた物がどうなるのかイメージを込めて。

 今作っているカレーは、火属性の食材を纏めるのに適した料理だ。

 赤身の肉、夏野菜、トマト、ニンジン、唐辛子、これらは火属性に分類される赤の食材。


 スパイスもシンプルながら、火属性で固めた上に、配分は万全。

 医食同源ならぬ、魔食同源、それをなすには感情を揺さぶる味も不可欠なり。


 そして魔力を込めながら煮込みつつ、たまに焦げ付かないよう混ぜることニ十分。


 それは完成した―――。


「おまちどうさま。カレースープだ」


 蓋を開けると、スパイスの強い香りが部屋一面に広がり、食欲を刺激してくる。

 我ながら会心の一杯が出来たようだ。

 

「殺す気ですか!! シャッキン先輩!! 匂いのせいで、おなかが空いて、し、死ぬ……早く! 早くください!!」

「素敵な香りですね。いただいてよろしいのですか」

「今持っていきますよ」


 飲みやすいようにマグカップにそそぎ、俺はモカとレタに差し出した。

 くいっと、口を付けるレタと、グイっと流し込むモカ。


「あ、こ、これは……! か、からい……」


 レタが眉をひそめた。

 確かに火属性の唐辛子の効果を高めたからには辛くなるが、そこはバターと羊肉、玉ねぎの甘さでカバーを入れている。

 辛さが過ぎたその後に広がるのは各素材の高められたうま味。

 そしてその一連の流れに人の脳は錯覚する『この辛さこそが旨さ』なのだと


「でも、不思議。こんなに辛いのに、体があったまって―――もっと欲しくなってくる」


 手が止められないレタを見て料理の成功を確信する。

 体温が上がってきたのか頬が朱に染まり、血色がよくなってくるように見える。


「辛いのに、美味しい……ふぁ」


 レタの体がブルリと震える。

 何かがせりあがってくるのか、それに耐えるように、肩を抱き、その体を丸めた。

 うま味が体にあふれ、許容量を超えようとしているのだろう。

 クックック、いいぞ、実に良い。もはや彼女に取り込まれた魔力は暴走しその魔法を発現しようとしている。


「あ……ぁ、これ以上はあふれて……ダメなのに」


 それでも止められないのか、彼女はマグカップを手に取りもう一口カレースープを運ぶ。

 こくりと喉が動く、体に取り込まれたその一口分の魔力、それは一線を超え、彼女に魔法を発現させるトリガーとなる。


「ふ、ふぁぁぁぁー……」


 レタは耐えきれず、上気した顔を上げ、体を震わせた後、脱力し、つややかな息を吐き出した。

 その息は火を纏い、逆巻きながら丸まり、緩やかに彼女の胸元のそばにとどまる。


「火の魔法……、わ、私、火の魔法を使えたのですか……! やった……」


 肩で息をしながら、レタは、驚きの表情を浮かべた。

 ただ俺としてはなんか、こう、イメージしていた絵とはちょっと違う。もうちょっと「辛い―!」ってコミカルな感じだったのだが……。

 いやしかし、これはこれで成功なのかもしれない。


「やったね。レタちゃん! ヒぃーウマ辛!! げふっ」

「あぶなっ!?」


 突然、視界に炎が飛び込んできたので、俺は飛びのいた。

 炎の向こうでは、顔を真っ赤にしたモカが涙目で、それでもカレースープを飲んでいた。

 料理をしっかり食べてくれようとするのは嬉しいが、もう少し辛さに関しては修正が必要なのかもしれない。


「危ないからこっちむくな」

「むぅ、私をこんなにしたのはシャッキン先輩じゃないですか!」

「自分から食べるって言わなかったか?」

「火、噴いても?」

「おやめなさいモカ殿。話し合おう」


 モカはイメージ通り、しゃべるたび、息をするたび、ごうごうと火を吐いていた。

 種族による魔力の扱い方が関係しているのか、これは今後の研究テーマに加えたほうがいいのかもしれない。


「で、これ、どうやって授業前に飲むんですか?」

「え?」


 モカに言われて気がつく、試験は明日、中休みをはさんだ3限目。

 いやいやマテマテ、携帯性まで考えないといけないのかい!


「そうですね。さすがに授業前にここにきて作っていただくわけにもいきませんし」

「朝作ってもらって、ここで食べちゃって……我慢する?」

「無理です。あれは、その……無理です」


 事前に作れて、授業前に食べられる状態になっていないといけない。

 できれば本人も内緒にしておきたいだろうから、匂いなども気にしたほうが良いだろう。

 そうなるとスープジャーなどの水筒に入れて飲むことは難しく、何かしらでカレーを密閉した状態でなければならない。


 これは難題だ。――いや、俺はこの問題の答えを知っている。

 

「一つ、解決方法を思いついた。ただ、試していないから、うまくはいかないかもしれないが――」

「それで行きましょう!」


 期待に満ち溢れたモカの表情を見て、否定の言葉は吹き飛んでしまった。

 この後輩の前向きさは本当にまぶしい。


「それでお願いします。私はナナトウ先輩の料理を信じます」


 レタからも頭を下げられた。

 これはいよいよもって引き下がることはできないようだ。


 緊張を感じ、体の奥が熱く、指先が冷たくなる。

 おそらくこの緊張はこの世界で初めて、俺の力が必要にされているという実感から来ているもの。

 そしてその期待の大きさに失敗をした時の落胆を予想しての恐怖。


(だがそうだ――失敗を恐れていては料理はできない)


 恐怖するのは当たり前だ。何せ独学で身に着けた技術、何が正解で何が間違えなのかも分からないことをしようとしているのだ。


 だからこそ、やれるだけやってみようじゃないか。

 俺は緊張で冷たくなった手を握り、軽く胸を叩いた。


「なら、明日の朝、この調理室に来てください。カレーの可能性ってやつを見せてあげますよ」


 完璧に決まった。「○○ってやつを見せてあげますよ」はいつか使ってみたかったセリフの一つだ。

 モカもレタも、俺の言葉に驚いたように固まった。


(あれ、実はあんまり決まってない?)


「あははは、どうしたんですかシャッキン先輩! もしかしてそれ決め台詞ですか」

「ふふ……その、楽しみにしています」


 しばらくの間、後輩二人に思いっきり笑われてしまった。

 おのれ、明日を楽しみにするんだな!


 俺は謎に上がったテンションに突き動かされるままに職員室に駆け込み、先生に頼み込んで調理実習室を早朝に開けてもらう約束を取り付けた。

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