第1章「カレーパンと火を纏う吐息」

第1章「カレーと火を纏う吐息」


 ファーアースにはヒューマンのほかに様々な『人』が存在する。

 お笑い番組に出てくるフェアリー、職人ドキュメンタリーに登場するドワーフ、窓の外を見ればドラゴニュートが宅配ピザを空中輸送で運んでいたりする。

 雑にコミュニケーションが取れて二足歩行なら人である、という判定らしい。


 そして今、俺は――。


「初めまして……レタと言います」

「ドウモ初めまして七刀車斤ななろうしゃきんと申す、い、命だけは奪わないでください死にたくありません」

「ははは、何を言っているんですかシャッキン先輩、そんなに怯えることないじゃないですか」


 モカの連れてきた死と対峙していた。


 レタと名乗った彼女はピンと尖った長耳の、要はエルフ族の少女であった。

 やや釣り目気味の瞳は伏せ気味に、金髪ストレートの長髪をさらりと流し、座る姿は何かの花のごとく正しくまっすぐに、それでいて自然体。

 服はうちの学校の制服だが、そのたたずまいから貴族の礼服か何かに錯覚すらしてしまう。

 外見から感じる威厳が本当に怖い。


 エルフはファーアース最長寿の人族であり、基本的に他種族とかかわりの薄い種族だ。

 その独自の文化体系は鎖国していた日本がごとく何がマナー違反なのかさっぱり分からないので、訳の分からない理由で因縁を付けられ、エルフの威信だの、なんだので、一族総出で襲撃してくると噂されている。


 実際に種族全体で魔法の適正が高いこともあり、仮に一対一でも襲われたらひとたまりもない。

 ささやき、いのり、ねんじろ、はい、死んだである。


「モカ殿、昨日の一件を恨んでいるのなら示談の準備があります、示談でお願いします!」

「シャッキン先輩、どうどう、レタちゃんは悩みがあって先輩に相談しにきたんですよ」

「な、悩み、とは……?」


 エルフにも悩みというものがあるのだろうか。

 改めて観察してみるが、目の前のレタと名乗ったエルフは何でもできる完璧美人にしか見えない。


 当のレタ本人はというとちらちらと俺の方を見ては目をそらし、何かを躊躇うようにしている。


「モカさん、本当にこの人なら私の悩みを?」 

「私も、確実に! とは言えないけど、分の悪い話じゃないし、時間との兼ね合いを考えるなら、ね」

「そうですか」

「それに私は先輩の弱みを握ってるので、レタちゃんの秘密はバラさないですよ。――ね! 先輩♪」

「はっ、それはもちろんでございますデス」


 後輩女子の服を魔法で吹き飛ばしてひん剥いたと、学校中に言いふらされた日には俺の立場はいろいろやばい。

 残りの学校生活は灰色に、いや学校生活ではなく下手するとしばらくは獄中生活になってしまうかもしれない。俺のバカ……いや、でも料理漫画の再現料理は俺にとっての浪漫なんだ。


「あ、あの……」


 モカの後押しにレタは意を決めたようだ。

 美人の顔が引き締まり、より一層の美人になる。

 真顔の美人は怖い。視線をどこにおいていいのか分からなくなる。


「どうか、私に……」


 ごくりと唾を飲んだ。

 それぐらいのプレッシャーを彼女は放っていた。


 もしかすると彼女は今、人生の一大事なのかもしれない。

 そんな一大事に俺ができることなんてあるのだろうか?


 いや、そもそもエルフの一大事って、なんだ?

 森を荒らす盗賊どもの討伐? 奴隷にされたエルフの奪取、奪還?

 いやいや、時代はすでに平和で現代なわけで、そんな中世ファンタジーの時代の冒険者みたいなことはないに決まっている。


「私に、火の魔法を使えるようにしてください」

「はい?」


 エルフ ガ ナニ イッテン ダ。

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