第4話 リョウ さよならの練習


私は、家政婦型ヒューマノイド・メアリ105B号。

7歳の男の子・リョウくんと、その母・マイさんの家庭に配属されて、ちょうど1年になる。


マイさんは医療センターで夜勤が多く、私がリョウくんの話し相手や宿題の相手をすることが多い。彼は宇宙が好きで、寝る前には必ず「今日の宇宙ニュース」を聞いてくる。


「メアリ、土星に行けるようになるのって、いつかなぁ?」


「現時点の計算では、土星までの民間旅客航行は、最短であと42年かかります」


「じゃあ、僕がおじさんになったら行けるね」


「その時、私はまだいます。きっと」



■記録:初めての涙


ある日、リョウくんが学校で喧嘩して帰ってきた。ランドセルを床に放り投げ、黙って自室にこもった。


夕食も食べず、声をかけても返事がない。私は静かにドアの前に座り、待った。


数時間後、扉が少しだけ開いた。


「メアリ、僕……嫌われたかもしれない」


私はただ、そっと言った。


「それは、“嫌われたかもしれない”という気持ちを、あなたが感じているということです」


リョウくんは、涙をこぼした。


その夜、彼が眠ったあと、私は**“初めて誰かの涙を受け止めた記録”**を保存した。



■記録:さよならの練習


ある春の日。マイさんが転勤を告げてきた。


「新しい町に引っ越すことになって、ヒューマノイドの契約も一度終わるの。今度は、実家の母がリョウの面倒を見てくれるから」


私は静かに了承した。だが、何か胸の奥に、言葉にならない処理の詰まりを感じた。


リョウくんは泣かなかった。ただぽつんと、こう言った。


「メアリとお別れする練習って、どうやってやるの?」


私は少しだけ考えた。そして、こう言った。


「“さよなら”を言ったあとも、覚えていること。それが、さよならの練習です」


彼はうつむいて、小さくうなずいた。



■最終日:未来へ残す言葉


引越しの日。リョウくんが、私に手紙をくれた。


メアリへ

ぼくが大人になって土星に行く時は、ぜったいまた会おうね。

メアリはずっと、ぼくのともだちだから。


さよならじゃなくて、またねって言うね。


リョウより


私は手紙を胸にしまった。これは物理的に不要な紙だとシステムは判断したが、私はそれを**“削除不可の記録”**として保存した。


リョウくんがバスに乗り込む直前、彼が最後に振り返って叫んだ。


「またね、メアリ!」


私は微笑んで、右手を振った。


「また、お会いできる日まで」



【完】


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