第4話 魔法
教室内に授業開始のチャイムが響き、号令に合わせて生徒たちが一斉に礼をする。
「本日の授業では、魔法詠唱の原理について学びましょう」
教壇に立つのは、魔法学担当の
「それでは一年生の頃の復習からいきましょうか。まず、基本魔法の四大属性を一つずつ答えてください」
廊下側の一列が当てられ、四人が席を立った。前から順に火・水・風の三つの属性が提示され、駿河先生が黒板に書き留めていく。最後に残って立っているのは俺の隣席、弓月葉澄だった。
「じゃあ最後の一人だね。四大属性、残りの一つは?」
「光です」
「その通り。流石に基礎知識だからね、今更尋ねるまでもなかったかな」
先生の言葉に応えるようにハスミがにこやかに会釈をした。そして音をたてないように椅子を引き、品良く丁寧に着席する。アジトでは俺を放ってくつろいで、ツララに家事を任せっきりのくせに。こいつの外面の良さには、呆れを通り越して感心するこの頃だ。
「ここ流星の国には魔法と科学の両方が存在します。どちらを用いてもこの四つを生み出すことはできますが、魔法の方が自由度は高く、科学の方が再現度が高いと言えるでしょう」
既に予習済みの内容を聞き流しながら、何とはなしに教科書の記載を目で追いかける。「魔法と科学の違い」という見出しの下。魔法は個人のリソースに依存し、科学は物質のリソースに依存する、との表記がされている。ご丁寧にちょっとしたイラスト付きだ。
「魔法の強さや適性には個人差があり、稀に全く魔法を発動できない人も存在します。それから、魔法をコントロールするにはより具体的なイメージをする必要があるとされています」
教科書のコラムに目を通せば、魔法の素質は遺伝子情報によると考えられており、現在も研究が進められているとのことだった。思い返せば、俺の家系も非常に強い魔力を有するとかで恐れられていた覚えがあるし、火炎魔法を得意とするのも先祖代々だと聞いたことがある。そのおかげか運よくこの学園にも特待生として入学することができたのだ。
「個人の保有する魔力や想像力は外から正確に測ることはできませんから、理論で構築できる科学と異なり再現性が低いと言われているのです」
穏やかな顔付きで駿河先生は授業を進めていく。授業の時はいつでもだが、今日もまた機嫌の良さそうに柔和な笑みを深めながら、教壇を左右に行ったり来たりしながら話す。
「ちなみに、代理詠唱という方法を使えば、実は魔力を持たない人でも魔法を発動することができます。これは四年生で学習する内容ですね」
ただまあ、かなり限定的な状況でないと使えないのですが。秘密の話でも打ち明けるかのように、彼は授業外の予備知識を話すときには声のボリュームを落とす。そうして抜けるように吐息交じりに笑う。不思議な人だ。
「そろそろ生徒の皆さんに教科書を音読してもらいましょうか、僕ばかり話していても眠くなってしまいますよね」
次に当てられるのは俺たちの列だと予測できた。
放課後、約束通りにアジトへ集合した上書き団メンバー三名。と、見知らぬ人物が一人。俺がアジトを訪ねて居間に入ってきたころには、ツララの隣の席は埋まっていて。亜麻色のカールした髪の毛が特徴的な少年は、マグカップを両手で持ちながらハスミと親し気に談笑している。ハスミが廊下を抜けてきた俺に気が付いたらしい。
「おー来たか」
「いらっしゃい」
「あっ! もしかして、あなたがアカネさんですか? お噂はかねがね」
ニコリとこちらを向いた少年の顔は幼く、見かけ上は七、八歳程度のように感じられる。彼は椅子からぴょこんと飛び降りるように立ち上がって、丸っこい瞳で俺の顔を見上げた。
「僕はツナグといいます。先日は姉のハザマがお世話になりました」
「ん、ああ……ハザマさんの。西野赤音だ、よろしくな」
初対面の子供にずいぶん礼儀正しく挨拶をされたものだから、俺は少しばかり面食らって間の抜けた声で返事をした。
「
「異能装具?」
「リエゾン人が使ってる特殊能力付きのアイテムのことだ。……ハザマが使ってたハープみたいな。あれを作ってるのがツナグだ」
「僕には鈴の力を物質に付与できる能力があるんです。今日はハスミさんに頼まれていた弓をお渡しに伺いました」
「よーし、これで仕事が捗るってもんだぜ! こないだはうちの制服もありがとな」
ハスミは飼い犬を愛でるようにツナグの頭を撫で乱した。ツナグはえへへ……と照れくさそうに頬を搔いている。
「制服ってクモ退治の時に着せられたアレか?」
「そーそ! まだ説明してなかったな。あれも実は異能装具の一種で、新たな歪みを背負わないための措置なんだ」
ツナグ、説明してやってくれ。ハスミが少年の背をぱし、と小突いた。ツナグは少し照れくさそうな笑顔で俺に向き直る。
「はい、アカネさんたちの制服も僕が作ったもので……。この服を着ていれば、一般世界の方でも別の世界に干渉できる――正しく言えば、干渉しても歪みが生じないんです」
「なるほど……?」
「本来、一般世界の存在は、自分の生まれた世界から離脱して別の世界に渡るには大きなリスクが伴うんです。つまり重度の歪みを背負うことになってしまうのですが、それらを背負う前に浄化してしまうのがこの異能装具の機能なんです」
「あの制服、結構重要だったんだな……」
「他にも言語の調整機能だとか、現地で自然な服装に見えるだとか――ともかく、不自由なく別の世界へ行ける機能が詰まっているんです!」
「す、すごいな」
リエゾン人は一般の人知を超越した存在だからか、諸々の都合の良さが詰まった装備品が作れるらしい。確かに、全く別の世界に馴染むには言語やら服装やらの問題があるもんな……。ダイニングテーブルの四席の内、最後の一席に俺は腰掛ける。しばしの間四人で会話を楽しむことにした。
「この後皆さんお仕事ですよね? そろそろ帰りますね! すみません長居しちゃって……」
「おー、そういやもういい時間だな。別に謝るこたぁねーよ、また遊びに来な!」
ハスミがカラカラと笑って、片手を虚空の前に差し出せば。すぐさま空間がゆがみ、そこには別世界への入り口が現れる。
「わあ……! ゲート一瞬で出せるんですね! 僕はまだ練習中で」
「あっはっは、ツナグはまだ見習いだもんなあ。まーこんなもんすぐ慣れるよ。練習あるのみだな」
なるほど、世界と世界を繋ぐ「門」って訳か。ツナグはキラキラとした羨望やら尊敬やらの眼差しをハスミに向けながら、“ゲート”をくぐってアジトを後にした。ハスミでも子供に尊敬される一面があるんだな。ちょっと意外に思いながらも、少し安心したような気持ちにもなった自分が不思議だ。
「オレたちもそろそろ行くか」
「ええ」
「そうだな」
制服に着替え、俺たちはまだ見ぬ世界へ足を踏み入れた――。
砂の地面にぽつぽつと木造の家屋が立ち並んでいた。山に囲まれた盆地の集落。町とは言い難いが、村と呼んでも差し支えないかもしれない。民家はそれなりの数が立ち並んでおり、遠くから子供の声が聞こえた。田畑は区画である程度整備されているらしく、合間にある用水路には静かに水が流れている。
先頭を歩くハスミが振り返って、人差し指をぴんと立てた。一つ、注意事項な。
「ここは魔法が存在しない世界なんだ。何かトラブルがあっても魔法は最小限にとどめてくれ」
……つってもまあ、最悪これがあるから何とかなるんだけど。そう言いつつ、ハスミは背負っている弓を見せるような体勢をとった。ツナグが「頼まれていた弓」と称したそれだ。ちなみにこいつは都合の良いことに、必要な時にはリエゾンやそれに関わりのある人間にしか見えなくなる機能まであるらしい。なんともファンタジーだ。
「それも異能装具ってやつだよな? どういう効果があるんだ」
「んーとな……前にハザマがハープを弾いた時、先生の記憶が消えてたの覚えてるか?」
「あー、アレか!」
「それそれ。要するに見られちゃったらこれで対処するわけよ」
「なるほどな。……いや待て弓矢で!?」
「そんな怪訝な顔しないでいいって! 攻撃性はない技なんだよ、怪我とかダメージはナシ!」
「でも矢で射るんだろ?」
「ちがっ、その、射るけどさ……? 概念的な矢だから! 痛くないよ!?」
「ええ……?」
概念的な矢って何だ。いや、都合の悪い瞬間を見た相手を弓矢で射るって……無害だとしてもシチュエーションが物騒すぎるだろ。
「そんなドン引きしないで!? オレ泣いちゃうよ!」
「あんたが泣く分には別に大丈夫だけど。アカネも気にしないでいい」
「ツララさん!? なんでそんな酷いことをおっしゃるの!?」
ツララも俺と同様の考えらしく、「ひとまず、魔法は使わないに越したことはなさそう」と冷静に呟いていた。
川沿いの道を歩きながら、集落の外れの方に位置する丘の方へ登っていく。ハスミはその道中で今回の任務について話し始めた。
「今回の“歪み”は、本来なら魔法がないはずの世界に魔法が発生してしまった、ということらしい」
「魔力を宿した人間がいる、と?」
「そうらしいぜ。治癒能力を宿した少年がいるってことで、この集落の中でも評判なんだってさ」
ツララからの問いかけに答えたかと思えば、ハスミは不意に道端で立ち止まった。そして道の脇にある民家の表札を覗き込む。住宅の隣にはなにやら看板が立ててあり、目を遣れば峠診療所、と。しかしその表記のすぐそばには「廃業」と書かれた紙が貼りつけられている。
「この診療所の先にもう一軒民家があると聞いている。そこが目的地だ」
にしても、医家の隣にタダで万病を治しちゃう子供がいるってんじゃ商売上がったりだろうな~……廃業もそのせいかね? ハスミがアイロニックに呟いた。
目的の民家に向けて歩き出そうとしたその時だ。男の低い怒号が耳に飛び込んでくる。営業していないはずの診療所からだった。
「俺はそんなガキに頼って延命するつもりは無ェ! さっさと帰れ!」
いくらかの物音がした後、すりガラスになっている引き戸に人影が映った。ガタン、と大げさな音を立てて戸が開かれる。
「きゃっ」
押しのけられるようにして追い出されたのは年配の女性と――真っ白な髪をした、十歳ほどの少年だった。そんな二人に向かって、長身の男はドスの効いた低い声で吐き捨てる。
「二度とその話をするんじゃねェ……」
ピシャンと取り付く島もない様子で引き戸が閉められた。
「護ちゃん! お願いだから、話を聞いてちょうだい!」
「おじさん、どうして病気が治るのが嫌なの? 治せばもう苦しくないし、仕事だって続けられるんだよ!」
どうにか戸にしがみつく二人だったが、施錠されてしまったようで戸が再び開くことはなかった。
「この子がそうみたい」
「だな……」
噂をすれば影が差す、というやつなのかこれは? 予想だにしない形でターゲットに遭遇したことに面食らってしまった。傍らで冷静にツララとハスミが言葉を交わしているのもシュールだ。ハスミがここぞとばかりに彼らに歩み寄った。
「あの、大丈夫ですか?」
「あら……お嬢さんたち見ない顔ねえ、変なところをお見せしちゃってごめんなさいね」
いえいえ、大丈夫ですよ。お怪我はされていませんか? ――そんな調子で、小鳥がさえずるような愛らしい声を発するハスミ。柔らかな笑顔をすんなりと浮かべ、品の良い仕草で婦人に向き直る。これはいつもの「お嬢様モード」だな、なんて思いつつ、俺はその様子をついぼんやりと眺めてしまった。
「お気になさらないでください。実は、私たちは亘くんを訪ねようとこちらを訪ねたのですが……お話を伺っても?」
「そうでしたか。立ち話もなんですから、ぜひ家へいらしてくださいませ」
初老のおっとりとした印象の、それでいて背筋のしゃんとした婦人に連れられ、俺たちは目的地としていた民家に上がった。
「……それで、どう言ったご用件でしょうか?」
俺たちは客間に通され、座卓越しに夫人と少年に向き合った。完全によそ者の俺たちは、少女三人といえどやや不審に思われているように思える。睫毛まで白い少年は、あまり焦点の合わない様子で赤い瞳をこちらに向けていた。気弱そうに肩をすくめ、夫人に半ば隠れるようにくっついて座っている。不意に、耳鳴りが脳をつんざいた。――他の場所にもこの子の噂が広まっているなんて……でも、女の子だけで訪ねてくるなんてねえ。なにか訳があるのかしら。
どうやらご婦人の思考のようだった。怪訝に感じてはいるものの、こちらの事情を聞いてくれる余地はあるらしい。ありがたい限りである。隣に座っているハスミに軽く小突かれ、いささか緊張しながら言葉を発した。
「実をいうと、私にも変わった力がありまして……不思議な力を持つ者同士、ぜひお話ができないかと」
これは事前の打ち合わせをしておいた内容だ。嘘やハッタリなんかは苦手な自分だが、ひとまずは本当のことなので話しやすくはある。
「まあ! そうでしたの。それはさぞ苦労をされたでしょうね……」
情の深そうなご婦人だ。心底気の毒に思った素振りを見せた。それからふと思い立った様子で目を見開いた。
「いけないわ、お茶もお出ししないで。少し待っていてくださいね」
婦人が席を立ち、襖の奥へ引っ込んでいった。拠り所を失った少年は、不安げに俯き、いじいじと手遊びをしている。少々の気まずい沈黙をしのげば、急須と湯呑みを盆に乗せた婦人が戻ってきた。相手のことを聞く前に名乗らないのも無礼だろうと、湯呑みを受け取ってから俺たちは一通り名乗った。そこからは流れでハスミがペラペラと俺たちの素性(とはいっても怪しまれない程度に嘘を交えてだが)を語ってみせた。隣町から来たことになった俺たちは、すっかり婦人に同情してもらえたらしく、警戒を解いてもらうことに成功した。
「この子には特別な力があるんです」
清と名乗ったその女性は、亘という少年の詳細について口火を切った。
「元は捨て子だったんです。髪なんか真っ白でしょう。先天性の遺伝子異常で、もちろん人に感染なんかはしないんですけれど。気味悪がられたのでしょう」
清さんによると、道端に捨てられていた赤子を拾い亘と名付け育ててきたのだという。彼女は元は医師として働いていたそうで、その頃に亘と出会い、孫のように可愛がってきたと語った。
「元々は、生まれつきの色と目が悪い事以外は普通の子供と同じだったんですが……三ヶ月ほど前からです、この子が不思議な力を発揮し始めたのは」
神妙な顔つきで話し始める。
「ある時、料理をしていて指を切ってしまったことがあって」
その時に亘が駆け寄ってきたんです。そうして私の手に触れると、みるみるうちに傷がふさがりました。あの時は二人で心底驚いて――。清さんは当時の気持ちを切実に訴えかけている。ハスミからは「治癒能力を宿した少年がいる」と聞かされていたが、俺の世界で言う水魔法の類なのだろう。メグナが得意とする回復魔法と似通った現象だ。
「他にも、栄養失調で長い間寝たきりだった子を治したりもしたんです」
医者にかかれないような、貧しい家庭の人たちに頼られることもありました。次第にうわさが広まって、神の子だと変に崇められるようにもなってしまって……。
「目覚めた能力は素晴らしいものだけれど、どう扱うべきか悩んでいる――といったところでしょうか」
「そうなんです……」
聡明な令嬢、といった雰囲気の口調でハスミが相槌を打った。婦人に縋るようにくっついている亘も、こくんとうなづいてみせる。
「亘君、俺……じゃなくて、お姉さんたちにも似た力があるんだ。悩んでいるなら、直接話を聞かせてくれないかな?」
歳下の子と話した経験は少ないので、これが正解かは分からないが。ひとまず、自分なりにターゲットに寄り添ってみようと口を開いた。
「お姉さんも、できるの? 同じこと」
「できるよ。うーん……どうしたら分かりやすいかな」
目の前で水魔法を使って見せればそれが一番だと思うのだが。ひとまずこの場に居るメンバーは怪我をしていないし……。そう考えかけたその時、ハスミを挟んで右隣に居たツララが、すっと立ち上がった。
「見てて」
手元を小さく動かしたかと思えば、人差し指の先に切り傷ができていた。指を伝う血液。
「あっ」
「ちょっと!」
俺と清さんが呆気に取られているのに対し、ツララは淡々としていた。恐らくは手元で小さな氷の刃を作り切りつけたのだろう。いくら小さな傷とはいえ、ためらいなくやってしまうところに、やっぱり浮世離れした印象を受ける。
「今から治します」
ツララは小さな声で呪文を唱え始める。俺の知らない呪文……というか言語だ。故郷での言葉なのだろうか。みるみるうちに傷がふさがり、流血は止まった。カサブタすら残さない、完璧な水魔法による回復だ。亘はその様子を食い入るように見つめている。
「すごい……! ほんとに僕と同じだ」
ぱああと顔色が明るくなる。この様子なら心を開いてくれそうだ。ツララは淡々と、矢継ぎ早に繰り返される亘からの質問に答えている。
作戦はこうだ。歪み同士は打ち消し合う、という性質を利用して亘の歪みを抹消する。要するに、俺たちと接触した上で亘が歪みを発生させ、相殺を狙うということだ。……今も相殺は進んでいる、ということなのだろうか。どこまでやれば完遂できるんだ? 疑問におもった俺はハスミに耳打ちする。
「ここからどうすればいい」
「歪みを消し去るためには亘の力を大きく使う、歪みをより大きくするような行動が必要だ。それをこっちで微調整しながら相殺する」
「どこまでやればいいんだ?」
「歪みが完全に消えたかどうかはオレが判別できる。だから、そうだな……今回はできるだけ大きな病気を治すとか、沢山の人を治癒するとかのアクションが必要になるな」
「今からそんな都合の良い事――」
できるのかよ。と言いかけてハッと気が付いた。そういえばここに来る前、長身の男性と病気を治す治さないの会話をしていたっけ。
「そういうことだ。とりあえず、あんだけ二人に泣きつかれるってことは、相当な病気なんだと思うぜ? それを今ここで治してもらえば良いはずだ」
「でも、あの人取り付く島もない様子だったぞ。どうやって説得するんだ?」
「そこは、赤音ちゃんに頑張ってもらおうかな! 歪みを相手にするなら、キミの能力だって使い放題だよ。使うほど相殺に貢献してくれるはず!」
「はあ!? だからコントロールできるわけじゃ」
「だ~いじょうぶ。キミの力はどうやら、強い感情を読み取る力みたいだから。頑張って相手に共感してれば、自然と読み取れると思うぜ」
何が大丈夫なのかよく分からないが、もうどうとでもなれ、と言う気持ちだ。俺としても能力を手放すために頼れるのはハスミしかいない。
ツララと打ち解けて目をキラキラさせている亘に向き直り、ハスミが再び口を開いた。
「私たちは、この能力を手放すために集まったんです。そして、調べていく中で分かったことがあります」
それは、この力を持つ者同士で大きな力を同時に使えば、力を手放すことができるということです。
「それなら、最後にあの子を治すことはできるのかしら……!」
「あの子、といいますと」
「私の弟子です。あの子、というには過ぎた年齢ですけれど……さっき説得しようとしていた男の人がいたでしょう。怖い顔した」
「ああ、あの方ですか」
「あの子もねえ、辛い目に遭ってきたから……私はこの際、奇跡でも何でも良いと思ってるの。あの子の病気が治って、また医師として働いて、きちんと前に進んでほしいんです」
「どんなご病気をされてるんですか」
「肺と肝臓がね……七年前に奥さんと子供を亡くして、それから自暴自棄になってしまって」
体に悪い事なんて分かりきっているはずなんです。あの子も医者ですから……お酒と煙草に頼るようになって、何度も話したんだけど聞く耳を持たなくてねえ。清さんは涙ぐんでいた。きっとその人は、息子も同然の存在なのだろう。
「近頃は本当に調子が悪いみたいで……突然倒れたりしてもおかしくない病状なの」
「そうだったんですか……。それだけの病を治すことができれば、きっと亘君の異能も解消できると思います」
私たちも同様の能力を同時に使いますので、上手く相殺できるはずです。ハスミはそう賑やかに告げるが、肝心の本人への説得はどうなるんだろうか。対話能力には正直全くもって自信がない。
「ですが、ご本人への説得はどうしましょう。上手くいっていない、みたいですが」
「そうなのよねえ。ところで、お嬢さんたちおいくつかしら?」
「へ? 私は十四歳、ですけど……」
清さんは何か自信ありげな表情でうんうんと頷いた。
「実はね……護ちゃんの亡くなった娘さん、生きていればそのぐらいの歳なのよ」
だからね、娘の立場から説得してもらえれば、護ちゃんも少しは話を聞く気になるんじゃないかと思うのよ」
「そ、そんなに上手くいきますかね」
「説得できなくても、この子のためになるんだから治療を進めて構わないわ。あの子の師として、私が責任を取ります」
婦人は亘の肩を掴んで、力強くそう言った。
そんなわけで、決意を燃やした様子の清さんが立ち上がり、勇ましく出ていった。待つことおよそ十五分――。ガラガラガラと引き戸の音が聞こえた。襖が開き、欄間をくぐっていかにも不機嫌そうな男が現れた。目付きは悪く、目元には隈が滲む。うねりの強い黒髪は半分掻きあげられたような形で、肩口で襟足が跳ねている。眉間には深い深いしわが刻まれていた。
「亘の異能を治すって話だが、一体どうするってんだ?」
「護ちゃん。これは亘のためですから堪忍してくださいね」
「は?」
「貴方の体を治します」
「ああ!?」
婆さんてめェそういう腹か! ものすごい剣幕の低い声が和室に響く。
「違うよ、おじさん。本当に僕のためなんだ」
亘が護にしがみついた。
「それに、この子のためでもあるのよ」
不意に肩を掴まれてぐいっと差し出された。え、俺!? 誰だコイツは、と言いたげな怪訝な表情で睨まれる。思わず首をすくめてしまう。
「この子たちも亘と同じ力を持っているの。お互いの力を同時に使えば、この異能も無くなるそうよ」
「だからおじさんを僕たちに治させてよ!」
「どういうことだ一体……」
ハスミがこれまでの経緯を説明し、ツララがそれを補足した。慣れきったその素振りから、普段の任務もこういう流れで進んでいるんだろうなと推測される。疑り深そうな表情を崩さないまま、胡坐をかいて着座しているその人を気まずく眺める。自分の父も、生きていればこれぐらいの歳だろうか。
「俺がアンタらに協力する義理がどこにある」
「あの……お医者さんなんですよね?」
「あ?」
つい、口を開いていた。もしも、逆の立場だったら? 父の代わりに自分が死んでいたとしたら? ――その父が、こんなに荒れた生き方をしていたら。と想像してしまったからだった。
「亘君の力もこれでなくなります。お元気になったらまたお仕事を続けられては?」
「俺はこれ以上生きていたくないんだよ」
「貴方に生きてほしいと望んでいる人がいるのに、どうしてですか?」
「てめェらには関係無ェ」
「関係なくは思えません。私の話を聞いてもらえませんか」
まっすぐに見据える。苦々し気に目線が逸らされた。
「私は幼い頃に両親を亡くしました。母は私を産んだ時に死んでしまったので記憶にはありませんが、父は一人で、私と兄を育ててくれました」
「私が七歳の頃――ちょうど今から七年前です。父が亡くなりました」
キンと耳鳴りがした。これは、護さんの思念だろう。――七年前、なあ……。あいつらが逝ったのも丁度その頃だったか。ったく、なんの因果だこりゃ。
「父は、自分の命が尽きても子供たちに生きていてほしいと願ったと思います。でも、子供だって一緒です」
居心地の悪そうな様子の護さんに向き合ったまま、俺は話を続けた。
「もし自分と父が逆の立場で――自分が病気で死ぬようなことがあっても、親には長生きしてほしいです。自暴自棄にならないで、ちゃんと真っ直ぐ生きてほしいと願うと思うんです」
切実な想いが、舌先からするすると抜けていく。……俺だって、お父さんに生きていてほしかった。ふたりぼっちになった時も、一人暮らしを始めた時も寂しかった……。だけど、きっとお父さんは、俺にまっすぐに生きていってほしいと願ったはずだから――。
「わーったよ。仕方ねえな……アンタらのためだっていうんなら、俺も医者の端くれだ。協力してやる」
「貴方のためでもあると思います」
「あ?」
「ちゃんと、前を向いて生きていってほしいんです。私は、あなたのお子さんではないですが……。他人でもそう願っちゃいけませんか」
涙で視界が歪んでいる。年端もいかない娘の切実さに、さすがに護さんも気圧されているようだった。
「これも、何かの縁だと思うんです。父の代わりと言っては何ですが、きちんと自分の身体を大事にして、長生きしてください」
感情移入しろとは言われたが、ここまで父と重ねてしまうなんて。我ながら恥ずかしくて、顔が熱くなる。でも、今言ったことはちゃんと本心だ。
「チッ……気ぃ付けるよ、今後は」
ばつの悪そうな顔で、護さんは確かにそう言った。
――なぁ、俺が治せなかったのに……俺がお前らを護れなかったのに、それでも生きていてほしいってのか? それで、こんな娘を寄越したってのか。敵わねえよ、全く。
目付きの悪いその瞳が、かすかに潤んでいるように見えた。
そんなこんなで任務を終えた俺たちは、“ゲート”をくぐって帰路についた。
「なかなかやるじゃないの、赤音ちゃん! 演技派だねえ~~」
「うるさい。言うな」
やいのやいのと絡んでくるハスミを肘で制してあしらっているとき、ツララがぽつりと言った。
「……本心だから、響いたんだと思う」
ドキッとしてしまった。なんだか照れてしまう。
「そうかな……」
「うん。ハスミも、もっと真っ直ぐ物を言えばいいのに」
その方がうさんくさくないし、ウザくないし。突然の指摘に、ハスミはいつもどおりの芝居がかった反応を返して、俺とツララはまた呆れる。そんなやりとりの中で、俺は一抹の危機感を覚えるのだった。
マズイ、この非日常に馴染んでしまっている俺が居る! と。
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