第12話 二つ目の口

 棺を封印しているかのような札をはがし、蓋を開けると、そこには布で巻かれたミイラの遺体が安置されていた。

 

 この辺りはお世辞にも良い環境とは言えないにも関わらず、こんなにもしっかりとミイラとして遺体が現存している状況はどうにも不思議だった。


 どうしてこんな場所にミイラの遺体が存在するのか、その理由はさっぱりわからないが、今は遺体から魂を奪うのが先決だ。


 俺はミイラに宿る魂を引き抜くためにクロコを呼んで、ミイラに宿る非常に強力に思える大きな魂に手を伸ばした。


「魂握【ばつ】」


 クロコは俺の言葉に応じて影を伸ばしミイラから魂を引き抜いた。妙に澄んだ藍色をした美しい魂。

 だが、それでいて、手にしているだけでも妙な寒気を感じるほどの強力な圧を感じるそれは俺の心に不安を抱かせた。


 なぜなら、この魂が生前にどんな奴なのかもわからないというのは重大な懸念であり、俺の理念に反するのだが、これほど強力な魂を放置しておくのはそれ以上のリスクでもある。


 ここで何とかすべきだろう、そうじゃないとグレイブ農園やエイティさんにも被害が及びかねない。


「よし、ひとまず魂の確保はできた、準備はいいかサンゴ・・・・・・って、どうした?」


 サンゴはどこか驚いた様子で顔を引きつらせており、俺の事を指さしてきていた。


「あ、あの、そのどす黒いものは一体なんですか」


 サンゴは俺から延びる黒い手を指さしながらそう言うと、クロコが威嚇するかのように「グルグル」と唸った。すると、その声にサンゴはおびえた様子を見せた。


「こらこらクロコ、威嚇しないの」

「な、なんですか今の声、それに威嚇?」


「悪い、言い忘れてたけど、この伸びる影は俺の相棒のクロコだ、またゆっくりと紹介するから、今は集中してくれ」

「あ、すみません」

「よし、じゃあ」


 俺は、慎重に魂をこぼれ落とさないように両手で包みながらサンゴの元へと向かった。


「いいかサンゴ、これから魂の融合を行うが、そこからが本番だからな」

「はい」


「これだけの魂だ、おそらくサンゴの体に融合した時点でサンゴの肉体を通じて何かしらの行動を起こしてくる。サンゴはそれに支配されないように自我を保って、己の信念をただひたすらに求めるんだ、いいな」

「わかりました、やってみます」


「失敗すれば、サンゴの体は乗っ取られるかもしれない、それだけは忘れないでくれ、自分を強く持って自らの願いを強く思い続けてくれ」

「・・・・・・はい」


 サンゴは、神妙な面持ちで生唾を飲み込むと、覚悟した様子で俺の目をじっと見つめてきた。


「よし、じゃあ手を出してくれ、どっちでもいい」


 そういうとサンゴは左手を差し出してきた。


「左手でいいんだな」

「はい」

「じゃあ、今から手に魂を融合させて口を作り出す」


 俺は両手に持つ魂をゆっくりとサンゴの左手に押し付けた。


魂結こんけつ


 俺の言葉と共に藍色の澄んだ魂は糸状になり、サンゴの左手に絡みつき始めた。するとサンゴは明らかにおびえた様子で身を引こうとしてきたが、俺はそれを阻止した。


「ひぃっ」

「落ち着けサンゴ、心を乱すなっ」

「は、はいっ」


 サンゴの左手に絡みつく魂は徐々に手の一部になるかのように浸透していくと、やがて掌に口と思われる裂け目を作り出した。


 そうして、ついにサンゴの左手に口が形成された。


 掌には非常に薄い唇が出来ており、そこからわずか除くに歯や舌、口腔も確認できる事から本当にサンゴの手に口が出来上がったことに俺は異常なほど興奮していた。


 何せ、対人に魂を結んだことが初めてであり、しかもそれが一目ぼれする程の手に口を形成したとなれば、俺はサンゴの手に取りつかれたかのように凝視することしかできなくなっていた。


 だが、そうして見とれているのも束の間、サンゴの左手の口が動き出したかと思えば、それはニヤリと口角を上げ始めた。


「よぉもやぁ、こぉようなぁかたひぃで、ふぅっかつぅするたぁおもわんだぞぉ」


 その声は明らかにサンゴのものではなく、寒気を催すかの様な艶めかしい女性の声だった。しかも、どこか口調はおかしく、喋りなれていないかのようだった。


 しかし、そんな異変と共にサンゴの左手から藍色の糸が飛び出すと、それらは徐々に腕へと侵食し始めた。


 それは紛れもなく、魂による肉体の支配の兆候であり、俺はすぐさまサンゴに声をかけた。


「サンゴ、こいつは強力な魂だ、気を緩めると一気に乗っ取られるぞっ」

「じゅ、ジュジュさん、私はどうすれば」

 

「サンゴ、お前の望みは何だっ」

「ち、力ですっ」

「ならばそれを強く望め、そして自分のものにしろっ」


 事態は急速に進みつつあり、これまでに経験したのと同じくらいの緊張感の中、サンゴは必死な様子を見せていたのだが、肝心の左手はどこか余裕のほほえみを浮かべながらしゃべり始めた。


「こぉれこぉれ、あらがぅな弱き者よ、ほなたはわしの依り代になれるのだぞぉ、光栄に思えぇ」

「聞く耳を持つなサンゴ、お前の体はお前のものだ、それをちゃんと意識するんだ」


 サンゴは何も言わずに首を縦に振って返事をした。見る限りかなり切迫している様子らしい。


「ふむ、わしを蔑ろにする気か小童ぁ」


 随分と気さくに話しかけて来る魂は、これまでにない様子であり、俺はわずかに動揺していた。

 

 どうやら、手に口を付けるというのは間違いだったかもしれない。

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