第11話 美手と金木犀

 いよいよ本命の魂を目の前に。

 俺は一先ず汗を拭きながらサンゴに最後の質問を投げかけることにした。


「所でサンゴ」

「は、はいっ」


 サンゴはどこか落ち着かない様子で辺りを見渡していた。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫です」

「そうか、じゃあ本当にいいんだな」

「もちろんです、私もちゃんと覚悟してここまで来ましたから」

「もう、普通の人間には戻れないぞ」

「・・・・・・あっ、えっと」


 サンゴは俺の言葉に少し怖気づいた様子で沈黙した。

 墓荒らしの現場を堂々と見せてしまったのがまずかったのか。

 彼女の中にはまだ少し迷いがあるように見えた。

 いや、そもそも俺はちゃんとサンゴにこれからの事を説明しただろうか?


 勢いに任せて「力が欲しいか」とか言ったけど。

 実際にどんな風にサンゴに力を与えるのかとか、どんな風にするとか。

 全く説明していなかった。

 そう思うと、俺は途端にサンゴの事が気がかりになった。


「あ、いやサンゴ、別にサンゴを異形の生命体にしようってわけじゃないんだぞ、ちゃんと人の形を保っているっていうかなというか・・・・・・」

「は、はい」

「悪い、色々説明不足だったよな」


 だめだ、森で八年も過ごした弊害が出てる。

 昔はもっとコミュニケーションが出来たのに。


「あの、よろしければ具体的に聞かせてください、私も少し不安でしたので」

「そうだよな、えっとつまりな、サンゴは詠唱に苦労してるんだろ」

「はい」

「だからさ、もう一つ口があったら便利だって思わないか?」

「え、それは、そう思いますが」

「それで、お前さえよければ、サンゴの手に口をつけようかなって思ってる」

「えっ、私の手に口を付けるんですか?」


 サンゴは当然のごとく驚いた様子を見せると、美しい両手を重ねながら口元を隠す素振りを見せた。薄暗いとはいえ、こんな状況でもやはり彼女の手は美しかった。


「あぁ、ダメか?」

「いえ、でも、どうして手なんですか?」

「それは・・・・・・サンゴの手がすごい綺麗だから?」


 自分でも何を言っているのだろうと思った。

 綺麗な手であれば、むしろ、そんな所に口なんてつけるべきではない。

 だが、頭ではわかってはいても、あの手を見るとそうしたくなった。

 とにかく、俺にはそのイメージしか湧いて出てこなかった。


「それが理由なんですか?」

「そうだ、あとは俺の直感が手に付けた方が良いと言っているっ!!」


 きっとサンゴには頭のおかしな奴だと思っているだろう。

 だが、サンゴは俺の目をじっと見つめながらゆっくりと頷いてくれた。


「理由はわかりました、ジュジュさんがそう思われるのなら、私はそれに従います」

「ほ、本当にいいのか」

「構いません、もしも人の道を外れようとも、それで強くなれるのであれば」

「そうか、ただ魂融合にはサンゴの力も必要になるから、そこはわかってくれ」

「私の力ですか?」

「そうだ、魂に体を乗っ取られない様に頑張って欲しいって事だ」

「乗っ取り?」

「強い魂ともなると自我を持つことも多い、それで肉体を支配する事も少なくはない、それに抗って自分のものにしてほしい」

「が、頑張ります」

「それから、一応これも用意しといたから、やばい時はこれの匂いを嗅いで自我を保ってくれ」

「・・・・・・え、はい」


 俺は、金木犀の小瓶【モイストポプリ】をサンゴに手渡した。


「そいつの匂いで精神を安定させて自我を保ちやすくなる。こういう稼業には必需品なんだよ」

「な、なるほど」

「試しに嗅いでみたらいい」


 俺の提案に、サンゴは躊躇なく小瓶のふたを開けて鼻を近づけた。

 すると、サンゴはとても安らかな表情を見せた。


「あぁ、私の大好きな香りです」

「良かったよ」

「でもこれって」

「あぁ、金木犀が好きって言ってただろ」

「言いましたけど・・・・・・覚えていてくれたんですか?」

「あぁ、今からやる事は俺だけで何とかなる話じゃない、何ならサンゴ次第だ。だから俺にやれることは全部やる」

「はいっ」

「サンゴの強い気持ちが、力を得る最大の要因になる。だから、サンゴは自分の事だけ考えて、自分の意志を強く持って力を求めればいい」

「わかりました」


 そうして、一休憩とサンゴへの大まかな説明を終えた。

 そうして、俺は彷霊が集まる棺を開けることにした。

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