第24話 もう勘弁してください

「ヴェルニ! あんたまた‥‥‥。毎回毎回なんでそんなに背後から忍び寄ってくるよ!」

「ふふっ、甘いですね、オルガ。あなたの考えていることなんて全てお見通しですよ」


 困惑しているオルガと俺の元へゆっくりと歩いてくるヴェルニ。

 唇に人差し指を当て、邪悪な笑みを浮かべている。


「ご主人様は、あと数日で魔王城へ戻られてしまう。その前に惚れた男をものにする為、あらかじめ唾を付けておこうと、そうあなたなら考えると私は睨んでいました。そして、それを今夜実行すると」


 オルガは悔しそうに下を向いている。その様子を見てヴェルニは得意気な顔をした。


「結果は予想通りでした。意外だったのは、ご主人様を押し倒す度胸があなたには無かったことですかね」


 この言葉に心底腹を立てたのか、オルガはヴェルニを凄い形相で睨んだ。

 こ、怖い。


 あ、あれ~、おかしいぞ。何か修羅場みたいになってきた気が‥‥‥。

 酷く居心地の悪さを感じて、2人の間であまり目立たないように体を縮こませてしまった。


「ご主人様をあなたは長い間見限っていた。それなのにぽっと惚れただけで言い寄ってくるなんて虫が良すぎるのではありませんか?」


 ヴェルニは容赦なく鋭い言葉をオルガに浴びせてくる。

 だが、オルガも一切怯むことなく応戦を始めた。


「ただの侍女が偉そうに‥‥‥。私にはアルドの伴侶となる資格がある。将来を共に生きると分かち合った幼馴染だもの。確かにあなたの方が一緒に居た時間は長いかもしれないけど。私ははるか昔から歴代魔王様の側に御遣いして、時にはその貴重な血筋を残す為、子を産み子孫を残してきた由緒ある貴族の上級吸血鬼の一人娘。私こそが、アルドの一番近くにいるのにふさわしい人物。あなたも先代魔王様に御遣いしてたとはいえ、下っ端の四天王が、それも自我を持ってはならないただのメイドがしゃしゃり出てきていい立場じゃないのよ」


 オルガのあまりにも強い言葉に俺は不安になり、そっとヴェルニを横目で見る。

 この言葉により、ヴェルニが逆上し、大声で怒るのではないかと内心はらはらした。

 しかし、ヴェルニは眉一つ動かさず、黙ってオルガの話を最後まで聞き終わると、軽く溜息をつく。

 そして、気が気でない俺を他所にさらに爆弾を投下してしまう。


「確かに、あなたはご主人様の側に寄り添える条件を満たしている。しかし、夜伽の相手としては不十分ではありませんか? そんな貧相な胸や腰でご主人様を満足されることが出来るとは到底思えません」

「な、何ですって!?」


 ヴェ、ヴェルニさん!?

 俺は思わず悲鳴を上げそうになった。


 胸のことはオルガの密かなコンプレックスだったに違いない。

 胸に手を当てて、オルガが怒鳴り散らす声が横から聞こえた。

 

 今のは、絶対オルガには言ってはいけない言葉のはずだ。

 俺は、怖くなって彼女を直視することが出来ずにいる。


 だが、ヴェルニは全く怯むことなく、ベットに腰を下ろすと俺の背後に迫ってきて、その豊満な胸を俺の背中に押し付けてきた。


「へ?」

「なっ?」


 俺とオルガはほど同時に声を発し、ヴェルニの行動に困惑する。ヴェルニはそんな様子を面白がるように、後ろから手を回してきて俺の体を優しく包んだ。


「あなたがあまりにもへたれなので、私が先にお手本を見せてあげましょうか?」


 そう言い、首の左側を優しく甘噛みしてくる。俺はくすぐったさに悶え、思わず変な声をあげそうになった。オルガはその様子を茫然と見ている。


 オルガの頬を染め、固まってしまっている姿にヴェルニは満足し、俺の身に着けていた白いシャツのボタンをゆっくりと外し始めた。やがて、露わになったアルドの細マッチョな肉体を見て、オルガの唾を飲み込む音が聞こえてきた。


「ふふっ、美しいでしょう? けれど私はこの全ての女を虜にするかのような美貌を毎日拝し、お世話しているのですよ」


 『どう、羨ましいでしょう?』と言わんばかりに自身の優位性をオルガに語る。これには、彼女もぐぬぬっと悔しそうな顔をした。


「女としての魅力も経験も劣るあなたにはこんなこともできないでしょう?」


 上着を脱がし終えたヴェルニは、今度は弄ぶような手つきで俺の胸や腹を指を優しく滑らせてきた。そしてその嫌らしい指がどんどん下へ下がっていき、股間近くまでいくと、俺の身に着けていたズボンのチャックをゆっくり外し始める。


「ちょっ!?」


 これには、さすがの俺も声を上げた。だが、そんなことはお構いなしにヴェルニは、俺の身に着けていた黒いズボンを慣れた手つきで脱がしにかかる。

 ここで、ずっとやられっぱなしは面白くないと思ったオルガが突如吠える。


「な、舐めるんじゃないわよ!」


 そう言ってアルドの体に絡みつくヴェルニを手で払いのけると、俺の引き締まった体を少し荒く押し倒した。


「ほうっ? あなたにご主人様を満足させる技術がおありなのですか? どれほどのものか、拝見させてもらいましょうか?」


 高みの見物といった感じで、ヴェルニがオルガの次の行動を静かに見守る。ばかにされていると感じたオルガは乱暴な手つきで俺のズボンに手をかけた。


「か、覚悟はいいわね、アルド?」

「お、おい、もうやめにしないか?」


 明らかに無理している表情を浮かべるオルガが心配になって声を掛けたが俺の声が耳に入らないのか遠慮なく、しかし丁寧に俺の身に着けていたズボンを下へ下げ始めた。


「ひっ」


 思わず悲鳴を上げてしまった。

 他人よりも、自分のことを今は心配した方がよいかもしれない。

 パンツ一丁姿の俺は、尚もオルガに抵抗出来ずにいる。


 そんな俺の両膝の上へオルガがゆっくりと跨った。

 ヴェルニといい、この世の女性は男性の上に跨るのが好きなのか?

 そんな疑問が頭をよぎったが、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 ぐっと顔を近づけてきて、ヴェルニと同様に俺のお凸にキスをし始める。

 少々荒っぽいキスだったが、それよりもオルガの唇の柔らかさを感じた。


 次にぐっと自身の体を俺の胸に摺り寄せてきて、手を後ろに回す。オルガの柔らかい胸と体温を感じる。心臓の音が高鳴っていて、ぎゅっと目を閉じているのが分かった。


 もうそろそろ限界じゃないか?

 この行動は彼女らしくない。この変に甘い空間にいる俺自身も限界を感じてきた。


 このままだと、本当に童貞卒業しちまいそうだ。

 女性経験が著しく乏しい俺には願ってもないチャンスであったが、こんな無理矢理な感じで体を重ねる気にはなれない。

 俺は、オルガの体を慎重に引き剥がした。


「ふむ、中々やりますね。しかしシチュエーションとしては少し甘いのではありませんか?」


 しばらく静観していたヴェルニだったが、退屈だったのか、近寄ってくると引き剥がされたオルガと俺の間の空間にすっと手を伸ばし始めた。

 その美しく白い手が俺の腹に触れ、なぞらせながら奥へと進んでいく。


 やがて俺の穿いていたパンツまで差し掛かると、そのパンツの中にゆっくりと指を滑らせた。

 俺の股間に当たるか当たらないかギリギリの範囲をなめらかに撫でて、パンツの中を探ってくる。

 ヴェルニは楽しんでいるようだが、ここでついに俺は理性の限界を迎えた。


「わ、わーー!!」


 情けないほどの奇声を上げて、2人の美女を押しのけると、部屋から飛び出してしまった。

 俺の予想外の行動にヴェルニとオルガは呆気に取られ、そろって『え?』と声を上げる。

 勢いよく開かれたままのドアを見つめたまま2人共、固まって数秒沈黙していた。


 一方俺は、先程まで泊まっていた部屋を飛び出した後、誰も使用していないアスガルド城の貴族専用の寝室に駆け込み、これまた豪華な装飾が施されたクローゼットの中に隠れた。


 しばらくして、自身が潜伏する寝室のドアを静かに開ける音が聞こえる。

 かつかつと2人分の足音が迫ってくると、隠れているクローゼットの前で止まった。


 俺はそっとクローゼットの扉を数ミリ開けて外の様子を伺う。下着姿のままのオルガとヴェルニが困った表情をしてクローゼットの前に立っているのが見えた。


 オルガがそっとクローゼットの扉を開けようとしたが、俺が内から押さえつけ決して扉を開けまいと抵抗した。


「た、頼む! もう勘弁してくれ!」


 俺の本心からの悲痛な叫びだった。

 2人は顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべる。


「ねえ、ごめんなさい、アルド。あんたの同意も得ずに勝手なことした私が悪かったわ! ここを開けてくれない?」

「困りましたね。このクローゼットは、歴代魔王様も使用していた由緒ある貴重で高価な家具。無理矢理こじ開けて壊す訳にもいきませんし‥‥‥」


 ヴェルニすらもお手上げといった感じで、両手を左右に上げて降参のポーズをする。

 オルガははあっと溜息をつくと、近くにあった高価そうな椅子をクローゼットの前まで持ってきて、そこにどかっと腰を下ろした。

 それを見たヴェルニも同じように寝室の椅子を拝借し、オルガの横に並ぶ。

 2人共頬杖をつき、じっと視線の先のクローゼットを見つめている。


「アルド、聞いてる? ねえ、もう何もしないから出てきてよ」

「‥‥‥少しご主人様を刺激しすぎてしまったようですね」


 しかし、俺はじっと身を潜め沈黙を貫いている。オルガがぽりぽりと頬をかく音が聞こえてきた。


 好意を寄せていた相手を自分のものにしようと、夜中に誘惑したが、夜伽の途中でその男に逃げられ、クローゼットの中に立て籠もられるという珍状況に陥っているのだ。

 ムードもへったくれもあったものじゃない。

 もしかしたら、片思いしていた相手に嫌われたかもしれない。

 そんな不安がオルガの中に渦巻いてきた。


「ご主人様はまだこういうことに慣れていないのです。世継ぎを作ることはご主人様に託された大切な使命ですが、それはまだ優先すべきことではありません」


 彼女の不安に気づいたからか分からないが、唐突にヴェルニがオルガに話しかける。


「そんなことあんたに言われるまでもなく、分かっていることよ。‥‥‥でも、そうね。認めるわ。私は不安になるあまり、急ぎすぎてしまったわ。他の誰にもアルドを取られたくなかったんだもの。あんたにも、他の女にもね」

「あなたは、本当にご主人様が好きなのですね」


 オルガがヴェルニを横目で見ながら、微笑む。

 真横から話しかける相手の穏やかな表情にオルガの警戒が少し緩み、彼女は自分の素直な心をヴェルニにぶつけることにした。


「ええ、そうよ。私はアルドのことが好き。恨んでいた期間も長かったかもしれないけど、この気持ちはずっと変わらなかった」

「私は、あなたの考える好きとは違いますが、ご主人様を誰よりも大切に思っています。ここ10年ずっと一人でお世話してきたのですから」


 この2人の言葉はお互いのアルドへの気持ちの大きさを再度確かめ比べ合う為に発した、いわゆる女同士のいがみ合いである。 しかし、俺には何故か扉越しに自分に向けて愛の告白をされているようで、恥ずかしさに悶えた。


「お互い譲れないのね‥‥‥」

「そのようですね」


 クローゼットの前の2人はそう言って、しばらくお互いを睨み合っていたのだが、2人同時にふふっと噴き出し、張り詰めた空気が急に緩み始めた。


「あんただけには負けないから、ヴェルニ」

「ふふ、それはこちらも同じです」


 あ、あれ?

 俺の気づかないうちに、何か仲良くなってきてない、君達?

 とても居心地が悪い、針のむしろのようだった空間がだんだん和んできて、俺は目の前の扉を開けたい衝動に駆られた。

 しかし、すぐさま首を横に振り、扉を内から押さえつける力を強める。

 今外に出たら彼女たちに何されるか分からない。

 扉を開けるとしたら、2人が寝静まった後だ。

 俺は、クローゼットの中でじっと耐え、その時を待った。













‥‥‥そろそろいいかな?

全く音が聞こえず、周りが静かになったので、俺はそっとクローゼットの扉を開ける。

 ヴェルニとオルガはずっと監視しているのに疲れたのか、目を閉じ可愛い寝息を立てて熟睡していた。

 これなら、気づかれずにここから脱出出来るな。

 そんなことを考えながら、椅子に背を預けるオルガのすぐ横をすり抜けようとしたのだが。


 寝ていたと思っていたオルガが勢いよく俺の腕を掴んだ。


「捕まえた!」


 小悪魔のような笑みを浮かべて、オルガが椅子から立ち上がる。

 ヴェルニも得物と追い詰めた肉食獣を連想させる鋭い瞳で俺を見ると、下をぺろりと出し、近づいてきて、もう片方の俺の腕を掴んだ。

 完全に逃げられないように拘束されてしまっている。


「た、頼むよ。今夜はもう勘弁してくれ」

「逃げないでよ、アルド。もうさっきみたいな過激なことはしないからさ」

「ご主人様の意思を全く考慮していなかったこちらにも非はあります」


 2人の態度は先程と違ってとても柔らかくなっている。喚きそうになっていた俺を宥めながらゆっくり寝室のベットの方へ引っ張っていくのだった。


「今夜は、ただあんたの側に居たいだけなの! ‥‥‥それもだめ?」


 オルガが上目遣いに俺を見てくる。

 甘えたようなその態度につい気を許してしまった。


「まあ、それくらいなら」

「ふふっ、了承したわね。その言葉忘れないでよ」


 そう言うと、オルガとヴェルニ、2人の息ピッタリのコンビネーションで瞬く間に俺は寝室の大きなベットの上に仰向けに寝かされる。


 そして下着姿の2人は俺の両脇の空間に一人ずつベットで横になって寝転びんだ。


「ふふっ、やはりご主人様の匂いは安心しますね」

「ねえ、ちょっとだけ腕貸してよ、アルド」


 ヴェルニもオルガもぴとっと俺の体に触れ、鼻を近づけてきて匂いを嗅いだり、俺の腕を動かして腕枕にしたりやりたい放題だ。


 さっきみたいに乱暴されないだけましだが、遠慮なく自身の胸や腰を押し付けてきて、正直くすぐったくてたまらなかった。


 俺は2人に弄ばれて、夜が明けるまで一睡も出来なかった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者になりたかったのに魔王に転生!?ピンチの中『覚醒』チートスキルで可愛い美女メイドと共に成り上がる。~ついで美少女四天王達と世直し始めます~ 中山 墨 @turupage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ