第6話血まみれの青年

「お父様っ」


 そのとき、ミホが呼びかけてきた。


 彼女の視線の先に自分のそれを向けた。


 茂みの中にだれかが倒れている。


 厳密には、赤栗毛の馬の主人であるらしい青年が血を流して倒れている。



 ミホに馬車を取りに戻らせた。


 軍人だったときからの習慣で、つねに薬草や包帯を鞍のポケットに入れている。


 ミホが戻ってくるまでに青年の傷をザッとあらためた。


 この血は、右の二の腕のうしろから背中にかけて剣で斬られたもの。


 自分で止血出来ず、馬に乗って駆けたのだ。


 幸運にも傷は浅い。相手に背中を向け、逃げようとしたところを斬られたのだ。


 あるいは、だれかをかばったのか。


 いずれにせよ斬った相手の腕が未熟だったのか、この青年の動きが剣がふりおろされるよりもはやかったのか、とにかく傷は深くない。


 止血出来なかったことによる出血多量で力尽きたのだ。熱も出ている。


 こちらの方が厄介かもしれない。ろくに手当出来なかった為に感染が起こったのだ。


 とにかく運ばねば……。


 が、どこのだれともわからないこの青年をどこに運ぶ?


 うち? ダメダメ。いくら傷ついた者とはいえ、若い男をうちになどいれてやるものか。


 いずれにせよ、愛娘のことだけではない。物理的にムリだ。


 まさか厩に放り込むわけにはいかないからな。


「ううっ」


 どうするか考えていると、青年がうめき声とともに薄目を開けた。


「こ、ここは?」


 意識が朦朧としている。


「馬の名は?」

「……」


 尋ねてみたが、虚ろな瞳がかすかに動いただけだ。


 夏の晴天のときと同じきれいな蒼色の瞳だ。


「おまえは悪人か? おれの問いがわかるか? 馬の名と、おまえが悪人かどうか、教えてくれ」


 瞼が閉じてしまった。


「赤リンゴ」


 が、唇がかすかに開いた。


「なんだって?」


 蒼ざめた唇の間からこぼれ落ちた単語の意味がわからない。


 青年の上半身を膝の上に抱え上げると、瞼がわずかに開いた。


「レッドアップル」


 その場違いな言葉が馬の名であることに気がつくまでしばらくかかった。


 こいつは、悪人ではない。


 馬に名をつけるやつに悪人はいないからだ。ミホには謎理論と揶揄われるが、それがおれの持論だ。


 しかも馬に「赤リンゴ」、つまり「レッドアップル」などと名付けるやつが、人殺しだったり盗人や詐欺師だったりなんてことはない。はずである。


 それならば運ぼう。


 そうだな。さしあたって将軍のところに連れて行こう。


 将軍アンディ・パーカーの屋敷には、部屋が貸すほどあるのだから。


 というわけで、ミホが馬車で戻ってくると青年をそれにのせ、将軍のもとへ向かった。

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