第3話 学園

「ポードン様、ドンロン研究所の方からバーラト王国についての資料が届きました」


 書斎に入って来た筋骨隆々の男、ハワード家当主・ポードンの専属護衛を務めるバレルが、高級店で買いそろえている質のいい仕事机で作業を続けているポードンに茶封筒を差し出した。


「ああ……、ありがとう」


 ポードンはバレルから茶封筒を受け取り、資料に目を通す。日々舞い込んでくる仕事が多く連日連夜寝不足だからか、文字が霞んでしまい目頭を揉み込んで、もう一度読み直した。


「どうも、バーラト王国で疫病が流行しているらしい。あそこの民は良い労働力になるのだが……、惜しいな」


 書斎の仕事机の前で大量の文字が書かれた資料を読み込んだからか、吐き気を催し唸っていた。

 公爵として皇帝から多くの領土の管理を任されており、多忙そのもの。

 大量の土地を持ち、多くの税金が集まるためどの貴族よりも裕福だが、それゆえに残業に次ぐ残業。睡眠時間は三時間程度しかなく、徹夜の日も多い。

 ヴィミの故郷であるバーラト王国も十年近く前にルークス帝国の領地として参加に入り、植民地となっている。その国が疫病により、多くの死者が出ていると連絡が入った。


「バーラト王国の国民は身体能力が高い者ばかりだ。多少の風邪なら、何ら問題ないだろう」


 睡眠不足により、思考力、判断力共に落ちていたポードンはバーラト王国にいる部下に「最低限の援助にとどめよ」という命令を下し、他の領土、植民地の問題に再度唸る。

 だが、その軽率な判断はのちに大きなひずみを生むことになる。


 そのころ、オリオンはスキルの影響からか、悪夢を一切見ずに眠り、気持ちよく朝を迎えていた。

 だが、生憎、おっぱいパラダイスの夢は見られず、すっきりした頭とやるせない気分が混ざりあい、ヴィミのおっぱいで機嫌を直すと決めた。ヴィミにとってはいい迷惑である。


 ☆☆☆☆


 八月下旬、身支度を済ませたオリオンとヴィミは馬車に乗ってルークス帝国の帝都であるドンロンからドラグフィード学園があるドラグフィードという名の街にやってきていた。

 帝都から馬車で二日ほどかかる。街の検問は厳重で、多くの騎士達が鎧の内側に汗をにじませながら働いている。


 ドラグフィードはドンロンに負けないほど都会である。人口も多く第二の帝都として若者に人気があり、貴族ばかりがいるドンロンより田舎者にとってとっつきやすく、都会に出て出世したいと夢見る若者や、学生が多い街。

 そのため、若い女が多く、最先端の服装をこれでもかと見せびらかして歩いている。素足が盛大に出ているスカートを履いている女がいれば、オリオンの視線は百パーセントの確率で反応していた。


「オリオン様、あまり、他の女性を凝視するのは下品ですよ」

「だが、ヴィミよ。あの女たちは、見られてもいいからあんな素肌を出している服を身に着けているのだろう? ならば、見てやらないのは失敬だと思わないか」

「いや、まあ、そうかもしれませんけど……」


 ヴィミもルークス帝国の若者の感性はよく理解していなかった。脚をちょっと高くあげただけで下着が見えてしまいそうなスカートを履く必要性がない。

 あんな品をオリオンが見たら、いつか自分もあのスカートを履かされるんじゃないかと察し、馬車の窓をカーテンでさっと閉じる。


「む、何だ、ヴィミ。せっかく、あのムチムチの太ももで挟まれる妄想に深けていたというのに」

「お、オリオン様には、私が居るじゃないですか……」


 ヴィミはメイド服のロングスカートを少しだけめくり、素足を曝す。夏の暑い時期に馬車に乗っていたため、すでにスカートの中が蒸れており汗がにじんでいる。


「なんだ、なんだ。嫉妬していたのか~。仕方ない奴め」


 オリオンはヴィミの太ももの上に頭を乗せ、ぶひぶひと鼻息を荒くしながら彼女の汗のにおいを嗅いでいた。


 丈が短いスカートを履かされるよりも、まだましだと心を落ち着かせているヴィミはオリオンの頭を優しく撫でる。痴漢されるのは嫌いだが、甘えられるのは嫌ではなかった。自分も兄に沢山甘えていたなと、遠い過去を思い浮かべる。


「ヴィミよ……、俺様以外の男の前で素足を曝すなよ。お前の脚はガラスのように綺麗だからな、目に毒だ」


 オリオンは持ち上がっていたスカートを戻し、皴にならないよう布地を撫でる。


「オリオン様……。み、見せませんよ。バーラト王国の生娘は肌を滅多にさらしてはならないんですから」


 ヴィミはオリオンのちょっとした気遣いを受け、膝枕している状況に文句を付けられなくなってしまった。大きくなりつつある豚をなだめている感覚だ。


 ――ぐへへへ、ヴィミの服のにおいを嗅ぎながら脚を撫でられるなんて、実に愉快。手に届かぬ美もいいが、手に届く美もいいものだなぁ~。


 オリオンはただたんに、ヴィミに痴漢したかっただけだが、ヴィミが頭を沢山撫でてくるため、何とも言えぬ暖かな気持ちが膨らんだ。頭を撫でられるのは嫌いではない。


 馬車がドラグフィード学園に到着すると、オリオンとヴィミは馬車の中から広大過ぎる全貌を見て、口がぽかんと開きっぱなしになってしまった。

 正門を通り、石畳で舗装された広い道を通っていくと、様々な建物が点在していた。もう、一つの街なのではないかと思うほど。

 だが、木々が生い茂った森や高くそびえる山、せせらぎが気持ちいい川なども敷地内に含まれていると聞かされている。今、驚いていたら、驚き顔のレパートリーがなくなってしまうと思い、真顔になった。


 制服を身に着けた上級生と思われる生徒たちが店や施設を利用したり、男女仲良く話し合える喫茶店でお茶していたりと、オリオンの夢が詰まったような景色が広がっている。


 ドラグフィード学園の園舎に到着する。馬車を降りて園舎を見ると、首がもげそうなほど上を向いてやっとてっぺんが見えるほど大きい。

 オリオンたちの横に、同じように口を開いて度肝を抜かれている少年がいた。


「うわぁー、でっかー、こんな場所で勉強できるのか」


 短い橙色髪をかき上げ、やる気に満ちた表情を浮かべている少年は、オリオンと似ても似つかないほど鍛え抜かれていた。

 一七〇センチメートルを超えており、剣の柄を見るとぼろ雑巾のように汚れ切っている。だが、泥が付いているという訳ではなく、滑り止めの布が汗を吸い過ぎて黒く変色してしまっているだけだ。


「むむ、お前も今年入学するのか?」

「お前もってことは、君も今年入学するの?」

「いかにも! 俺様はオリオン・H・ハワード。リオンと呼ぶがいい」

「リオン……。ああ、僕の名前はライアン・パワー・ハートフル。ライアと呼んで」

「ライアか。これから、三年間、よろしく頼む!」


 オリオンとライアンは手を握り合わせ、軽く体を接触させる。

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