第7話 鬼畜ロリの薔薇バラシ。

 蠱惑寺さんが使ったタオルに顔をうずめたいしそのままジップロックで保存したいけど流石に変態が過ぎるしでももったいないからとは言えどもしかしながら、と悩んでいるうちに時間はざくざく経過し――翌日。

 眼を覚ました瞬間からずっと、胸の鼓動が収まらなかった。

 その原因は、寝ている間に見た夢にある。

 実はその、あろう事か蠱惑寺さんと、ね? 十八禁的なね? 生命の営みをね? えっと、致している夢を見てしまったんだ。

 夢だけどリアルな部分もあって、営みったのは蠱惑寺さんに強引に誘われたから。

 僕はただされるがままだった。


「夢に、重みがあった気がする……」


 昨日蠱惑寺さんが僕にしなだれかかったからか、きっとその時の感覚を脳味噌が夢に出力してくれたんだろう。

 出力はまだ微妙に維持されたままで、妄想すれば今もこの手に、胸に、腰に、彼女の重みを幻想する事が出来る。

 見知った人の顔や声を記憶から取り出す時と同じかそれ以上に、鮮明に体で思い出す事が出来る。

 蠱惑寺さんの体重を心に乗せたまま、僕は通学路を歩きつづけ、学校にたどり着いた。

 幻想の重さに振り回されていたせいだろう、着いた時間はいつもより遅かった。

 教室に向かう歩幅も、なんとなく狭くなる。


「蠱惑寺さんに会いたいけど、会いたくない気がする……」


 僕のエロ漫画のファンである可愛い幼女高校生に会いたい気持ち、そんなロリと夢で致した罪悪感。

 それらが心の中でごちゃまぜになっているみたいだ。

 相反する気持ちを抱いたまま、僕は教室に入る一歩手前で、一瞬固まった。

 会いたい会いたくない会いたい会いたくない会いたい会いたくない会いたい会いたくない。

 瞬間的に裏腹な思考をしていた――その時。


「はよっ! 今日は遅いなお前!」

「ひいいいいいいいいっ!?」


 後ろからばしんと背中を叩かれた。

 振り返ると、そこには僕の友人である外見そとみ三四郎さんしろうが爽やか笑顔で立っていた。

 柔道部に所属している外見は、身長が非常に高く、筋骨隆々とした体を持っている。

 頭は五厘刈りで、しかもこの脳天は特殊機能を備えており、なんと林檎を擦れるとかなんとか。

 あとこれもどうでもいい情報だが、声はAV男優みたいだと皆から言われている。

 ここまでをあえてまとめると、筋骨隆々なAV声優柔道部員となる。


「いや、驚き過ぎだろ」


 ドン引きしたわーみたいな顔をされた。


「てかお前本当もやしな。肉を食え肉をよお?」


 外見はカラカラ笑いながら僕の隣を通り過ぎ、教室の中へと入っていった。

 僕も彼にならって足を動かそうとしたんだけど、夢に見た人の声が響いてきたので、思わずそっちに目を奪われてしまった。


「おーねーがーいーしーまーすーっ!」


 少し後ろに下がり、声がする方向へ顔を向ける。

 およそ十数歩先に薔薇園さんと、彼女の腰にしがみついてずるずる引っ張られている蠱惑寺さんの姿があった。


「おねがいおねがいおーねーがーいーっ!」

「や」


 ほぼ目の前に彼女らが来た時になってようやっと薔薇園さんの声が聞こえた。


「あ、コウ先生! おはようざいますっ!」


 蠱惑寺さんは、薔薇園さんの腰にしがみついたまま、ひまわり満開笑顔でご挨拶をしてくれた。


「ねえ、貴方からも言ってやって」


 無機質な声が耳朶に触れる。

 薔薇園さんの声は、いつだって無表情な顔を同じく無感情だ。

 無添加無香料って感じ。


「えっと、何を?」

「話、聞いてない?」


 呆れたとばかりに、薔薇園さんはため息を蠱惑寺さんの頭にげろげろ吐きかけた。


「先生、漫画を描く場所の話です! 明日子ちゃんの家をお借りしようと思いまして!」

「あー……」


 なるほど。

 よく考えたら察してもおかしくなかったね。


「大迷惑」

「そこをなんとか! なんならお金を渡しますので!」

「三億」

「出世払いで!」

「話にならない」

「意地悪しないでください! お願いします! ほんっとにほんとに、お願いしますっ!」

「しつこい」


 薔薇園さんは、酷く嫌そうな顔を僕に向けて、顎で蠱惑寺さんを指した。

 僕が彼女をなんとかしろ、という事だろう。


「えっと、あのさ蠱惑寺さん?」

「先生! 申し訳ありませんがあとしばしお待ちください! 今すぐこの巨乳をうんと言わせますんで!」


 巨乳、じゃなくて薔薇園さんが頷いてくれる未来が全然見えないのは気のせいだろうか?


「いい加減にして」

「そうですね、そろそろ決着つけましょう! いざっ!」


 蠱惑寺さんは薔薇園さんから手を放し膝立ちになり、そのまま両手を勢いよくパンッと床につけて低姿勢をとった。


「え、ちょっ」


 これにはオールウェイズ鉄面皮な薔薇園も、表情を困惑の形に崩した。


「おねがい、しまーーーーーーーっすっ!」


 見事な土下座だった。

 三つ指揃えて頭を床にこすり付ける、立派なお願いポーズだった。


「やだ、やだやだやだやだ。やめてやめてやめて。ちょっと、ちょっとちょっとちょっとちょっと。お願いやめて本当お願いだから」

「おーねーがーいーしーまーすーかーらーっ!」

「わかった。わかったから、やめて。お願い。今すぐやめて。顔上げて。すぐ。めだってる。ほんとめだってるから。はやく」


 本当に嫌ってくらい目立っている。

 廊下に居るほぼほぼ全員がこっちを見ている。

 僕も関係者じゃなかったら足早で立ち去っている所だ。


「わかったって、それは、明日子ちゃんの家を使っていいってことですか!?」

「…………ええと」


 顔をあげてにっこり笑顔でそう聞く蠱惑寺さんに対し、言い淀んだ薔薇園さん。


「おー! ねー! がー! いー! し――」

「私の家使っていい。いいから」


 ますまで言う前に、薔薇園さんがぼっきり折れた。


「先生、明日子ちゃんハウス使用権をもぎとりましたっ!」


 犬か猫みたく、褒めて褒めてとばかりに僕目を輝かせつつ近寄ってくる蠱惑寺さん。


「うん…………ありがとう」

「いえいえ、別にゐくは大したことしてませんから! てへへーっ!」


 謙遜する蠱惑寺さんにへらへら笑い返している僕を、薔薇園さんは無表情のまま顔を赤くして見ている。

 怒ってるんだろうなと視線を薔薇園さんに向けると、彼女は明後日の方向を向いてしまった。

 今までろくに話を全くした事の無い薔薇園さんにそっぽ向かれた。

 ……もしかして、嫌われたのだろうか?

 確かに、嫌がっている薔薇園さんの味方を一ミリもしなかったのは問題だったかもしれない。

 少しくらい何かしら言っておくべきだったんだろう。

 僕のエロ漫画が理由で薔薇園さんに迷惑をかけているんだから、まあ怒っても当然かな?

 だからといって、怒っていそうな人に自分から話しかける勇気も無く。

 僕の為に行動してくれた蠱惑寺さんの努力を無駄にする勇気も無く。

 なんの行動も起こせないまま時間は過ぎていった。

 休み時間は蠱惑寺さんと話をし、その流れで薔薇園さんに話しかけるも顔を赤くしてそっぽを向かれガン無視され。

 たまに薔薇園さんと目があってもやっぱり顔を赤くしてそっぽを向かれ。

 外見君からはハーレムだなんだと揶揄され。

 なんだかんだ放課後となった。


「では先生、共に参りましょう!」


 帰り支度を済ませた僕は、これから薔薇園さん宅へ向かう事となった。

 肝心の薔薇園さんは朝からずっと僕を無視している。赤い顔で。

 僕はこれは流石にと思い、蠱惑寺さんに耳打ちする事にした。


「あのさ、やっぱ僕、迷惑なんじゃ? ずっと薔薇園さんにガン無視されてるし」

「先生、大丈夫ですご安心下さい」


 ええー、本当に?本当に大丈夫?なんて僕が不安そうな顔をしていると、彼女は僕の袖の裾をちんまり握って軽く引っ張った。


「ほらほら、いきましょ先生っ! 大丈夫、大丈夫ですから!」


 美幼女に引っ張られたら、不安も何もかもが一瞬で消えてしまい、もうこれ以上何も言えなかった。

 そのままの流れで、エロ幼女な蠱惑寺さんと共に、巨乳鉄面皮な薔薇園さんの家に歩を進めた。

 道中、蠱惑寺さんから薔薇園さんについての話を聞いた。

 薔薇園さんはどうやら、アパートで独り暮らしらしい。

 別に親が故人だとか海外出張しているとかではなく、ただ家の方針で独り暮らしをしているとの事。

 なるほど、確かにエロ漫画を描くにはうってつけの場所だ。

 異性宅での親フライベントは洒落にならないからね。

 追い出すとかお小遣い減らすとか、そういったレベルじゃなくなるもんね。


「ゐく。私が一番嫌な事、分かってる?」


 家に着き、ドアノブに鍵を刺し込んだ所で薔薇園さんが唐突に聞いた。


「分かってます! 安心してください、悪いようには絶対しませんから!」

「…………わかった」


 がちゃり。

 異性の扉が開かれた。


「おじゃましまーすっ!」


 明るくご挨拶をして、蠱惑寺さんは意気揚々と部屋の中に入っていった。

 薔薇園さんは、ドアを開けた状態のまま突っ立っている。


「え、ええと……」


 僕も入っていいんでしょうか?といった言葉を視線で投げかける。

 依然として、薔薇園さんのお顔は真っ赤だ。その上でいつも通り無表情。鉄面皮。


「はいって」

「お、おじゃま、します…………」


 僕はおそるおそる、薔薇園さんが普段生活しているスペースに足を一歩踏み入れた――その瞬間。

 異性の家、といういかがわしげなワードが、意識が、膨れ上がった風船の様に脳内で弾けた。

 靴を脱いで家にあがるのを、激しくためらってしまう。


「あがって」

「は、はひぃ……」


 薔薇園さんが呆れた声で指示してくれて助かった。

 言ってくれなきゃ絶対にあがれなかった。

 僕の精神ライフはもうゼロに近い。


「せんせ、せんせ! ここ、ここすわってください!」


 部屋のど真ん中には、大きなちゃぶ台。

 その近くに座っている蠱惑寺さんは、とろっとろに甘い声を出して、僕の位置を指定してくれた。

 えらい楽しそうだ。

 とりあえず言われた通り、蠱惑寺さんの隣に座る。 

 なんとなくあたりを見回す。

 よく分からないけど女の子っぽい部屋だ。

 別の部屋に続くであろう扉が見えるので、恐らくワンルームじゃなく2Kはあるんだろう。

 とまあ、ぱっと見分かるのはその程度。

 ……いやはや、それにしても緊張する。

 異性の家、しかも鉄面皮巨乳美少女の家だよ?

 おまけに僕のファンであるロリ付きだよ?

 緊張しなかったらもう賢者だよ。

 正直今すぐにでも一発抜いて転職して来たい気分だ。


「ところで先生、道具は持って来て下さいましたか?」

「ああ、うん。大丈夫持って来てる」


 昨日の時点で、蠱惑寺さんから「漫画の画材一式持って学校来てください」と言われていた。

 本当は彼女が画材一式全部用意しようとしてたんだけど、断ったんだ。

 使い慣れた道具の方が良いに決まっているしね。


「ついでに、ネットにあげた漫画の原稿持ってきたけど……いる?」

「ほしいですっ!」


 目をギラつかせて、欲望のまま返事をしてきた蠱惑寺さん。

 僕はそのうち自宅にあるエロ漫画を処分しなきゃいけないし、それなら欲しい人に渡したい。


「はい、どうぞ」

「ふわあああああああっ!」


 ものっそ喜んで原稿を眺めている彼女を見ているだけで、僕の精神ライフがみるみるうちに回復していく。

 目の前でファンの人に喜んでもらえるのって、すっごくいいね。

 僕まで嬉しくなっちゃうよ。


「これから描いた漫画、全部あげるからね?」

「もやはコウ先生は神、神です、神っ! 降っ! 臨っ!」


 僕は先生から昇格して、神になってしまったみたいだ。

 めっちゃ恥ずかしいけど。


「……ところで、質問があるんですけど」

「なにかな?」

「先生の漫画のヒロインって、幼いじゃないですか。先生、ロリコンなんですか?」

「ふぐうっ!?」


 ロリコンかロリコンじゃないかで言うと、どうなんだろう?

 そもそもこのエロ漫画を描きはじめた時好きな同級生の女の子がいて、その子をモデルにしただけであって。

 その子といちゃいちゃぬちゃぬちゃしたいと思っただけであって。

 多分ロリコンって訳じゃないと思うんだけど……。


「わ、わかんない」

「ほえ? 分からないんですか?」


 いまいち納得できなさそうな顔をしている蠱惑寺さん。


「うん。モデルが小学生の時の初恋の人だから、だから幼いだけでさ。だから僕がロリコンかどうかは、ちょっと分からないかな?」

「なるほど、初恋の人ですか……」


 蠱惑寺さんは、何故か少し嫌そうな顔をした。


「どうぞ」

「あ、ど、どうも」


 薔薇園さんが、お茶を出してくれた。

 実におありがとうございます。いや本気で。


「ありがとー!」

「はいはい」


 おっと? 蠱惑寺さんにはミルクティーを出してるぞ?

 となると彼女はミルクティー好きって事か。


「そういえば明日子ちゃん、先生に聞きたい事あるんじゃなかったですっけ?」

「え、そうなのかな?」

「…………ない」


 またしてもそっぽを向かれた。

 いかにも質問がありそうだけど、僕から追及するのはやめておこう。


「明日子ちゃんがそれでいいならいいですけど、……さあ先生、漫画をお描き下さい!」

「……うん」


 目の前のちゃぶ台に、僕は原稿用紙とネーム、そしてインクと各種ペンを出す。


「ええと……」


 僕が描いているエロ漫画は、バリバリの濡れ場だ。

 生命の営みをねっちょりやらかしている所だ。


「わくわくっ!」

「じー……」


 心を躍らせながら、僕の手元を見ている蠱惑寺さん。

 じーっとどこか興味深そうに、無表情で僕の手元を見ている薔薇園さん。

 …………え?

 この十年どころか百年に一度くらいの美幼女と巨乳美少女の目の前で描くの?

 エロ漫画を?

 僕が?

 ここで?

 ……………………マジで?


「すぅーーーーーー、はぁーーーーーーーっ…………いよしっ!」


 せっかく蠱惑寺さんが勝ち取ってくれた場所なんだ、いくらキツイ状況でも描かないのは嘘だ。

 それに、もう絶対親フラはないんだ、精一杯描こう。

 頑張れ僕! 描き辛さになんか負けるな!


「……わあ、魔法みたいです…………」


 蠱惑寺さんは、僕の筆使い(変な意味じゃなくて)に感動してくれたのか、魔法という単語まで出してくれた。

 ありえない程に嬉しくて、心がサンバのリズムを刻みだす。

 それと同時に妙に気恥ずかしい感じが滅茶苦茶あるけど。


「…………すごい」


 薔薇園さんは薔薇園さんで、ぼそりと小声で称賛してくれた。どちゃくそ嬉しい。心がカルメン前奏曲くらいになる。

 ずんどこどこどこずんどこどこどこ(違)。


「ふう……」


 そこから小一時間で、原稿用紙に下書きを入れ終えた。


「すてき」


 ぱちぱちぱちぱち。

 目の前に居る薔薇園さんが、どういう訳か拍手してくれた。


「あ、あはは。どうもどうも、ありがとうございます」


 照れくさくて、顔面が一気に沸騰した。顔が熱い。

 彼女が明らかに重い胸をちゃぶ台にのっけているから、余計に湯だってしまう。

 って、あれ? 隣にいた蠱惑寺さんの姿が見えない。どこいった?


「…………質問」


 立派に挙手してくれる薔薇園さん。


「はい。なんでしょう」

「貴方の漫画、主人公は貴方?」

「まあ、基礎モデルはそうです」


 ヒロインが初恋の人だからね、どうしたって主人公は僕で描きたくなる。

 ただしベースのみだけど。


「どおりで顔が似てる。それで、その………」

「はい、なんでも聞いてください」


 おずおずと、薔薇園さんは原稿用紙に鉛筆で描かれたビッグマグナムを指さした。


「その…………主人公の、イチモツ」

「はい?」

「…………実物大?」


 眼前で描かれている主人公が僕に似てて、それがビッグマグナム装備だったから、えらく気になったわけだね。

 そういう事だねきっと。


「もちろんっ!」


 家を貸してくれている人に嘘は吐けない。

 とりあえず、やけくそ気味に真実を公開した。


「うわあ……」


 両手で真っ赤な顔を抑えて、控えめな驚きの声をあげる薔薇園さん。

 引いているとも見えるし、喜んでいるようにも見えるリアクションだった。


「あの、僕も質問、いい?」

「かまわない」

「じゃあその、……僕になにか出来る事、ある?」

「へ?」

「いやさ? 場所を借りてる対価をね? 何らかの形で払いたいなって思ってて」


 僕がエロ漫画を描いて喜ぶのは蠱惑寺さんだけだ。

 薔薇園さんには今の所、迷惑以外なにもかけていない。

 だったら何かしら対価を支払うのは当然だろう。


「今思いつくのは、帰る前に絶対掃除するとか、洗い物をするとか、……くらいしか思いつかないけど、何かあったらすぐ言ってね? 何でもやるから」

「わか――」


 薔薇園さんが言葉を言い終える前に、別の部屋へとつながっていた扉が開かれた。


「先生、対価はこれがいいと思います!」


 現れたのは、一冊のノートを手にした蠱惑寺さん。


「ぎゃああああああああああああああああっ!?」


 今までにない程に驚きで崩れた表情と、空前絶後の絶叫を披露してくれている薔薇園さん。


「なにやってる! なにやってる! なにやってるううううううっ!! ばかばかばかばかばかあああああああああああっ!」


 薔薇園さんは今にも泣きそうな顔と声をして、蠱惑寺さんが持っているノートを奪おうと必死になっている。


「先生パス! これが明日子ちゃんへの対価になります!」


 ノートをキャッチ。

 対価になると言われれば、見てしまうのが世の定め。からの絶句。


「…………え゛?」

「見るな! 見るなるな見るな見るな! 見るなああああああああっ!」


 盗賊薔薇園さんに奪われたノートには、僕がショックを受けるに値する情報が満載だった。


「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛っ!」


 薔薇園さんはノートを胸にかき抱き、涙をぼろぼろ流しながら蠱惑寺さんを睨んでいる。


「なんで! どうして持ってきた! 安心しろと、悪いようにはしないと言った癖に!」

「ええ、悪い様にはするつもりありませんよ?」

「悪い! 絶対悪い! もうゐく嫌い! だいっきらい!」


 ばちんっ。

 怒りに任せてか、薔薇園さんは蠱惑寺さんをおもくそビンタした。


「へぶうっ!? お……お、おお、落ち着いてください明日子ちゃん、本当に嫌がらせでやった訳じゃありませんので! ……いったたた」

「嘘、嘘! 嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘っ! 絶対嘘!」

「ところで、先生。明日子ちゃんのノートには、何描かれてました?」


 ノートには……。


「男色の、漫画」


 つまりBLだ。やおいだ。

 男と男でラブするヤツだ。

 しかも薔薇園さんは、さっきの僕と同様に濡れ場まで描いていた。

 正直、そこまではいい。

 BL描いているのはどうでもいい。

 問題なのはそこじゃない。


「モデルは、誰でした?」

「……………………僕と、外見君」


 そう、あろう事か、僕こと工口好太郎と、友人である外見三四郎のBLだったんだ。

 しかも僕がヘタレ責め。


「忘れて! 忘れて! 忘れてよおっ!」


 薔薇園さんは、酷く悲しい表情で僕に近づき叫んだ。

 おまけに勢いのまま僕の襟首をつかんでくる。

 異性との思わぬ近い距離に僕の息子が立ちそうになるが叱っておく。


「いや、でもその…………悪くなかったよ?」

「うそ! 絶対気持ち悪いって思ってる!」


 確かに、普通の人が見たら気持ち悪いんだろう。

 けど……。


「僕の姿を、外見君の姿を、ちゃんと描こうって感じがあった。頑張って描いてくれてた」

「ぐすっ……」


 とうとう鼻をすすりはじめた薔薇園さん。


「なんていうかその…………愛があった。感じがした。上手だった」


 愛情がなければ、描けない絵だった。

 愛情がなければ、あの表情は描けない。


「…………貴方の絵とは、雲泥の差、なのに……?」


 確かに薔薇園さんの絵は、ド下手くそだった。

 デッサンも何も学んでいない人の、崩れた絵だった。

 でも、だからこそ愛を感じられた。


「一番大事なのは、キャラの心を描く事。それが、上手だった。そう思った」


 絵が下手でも、愛があれば感情は描ける。

 そこが出来てれば、後はどうとでもなるってもんだ。


「やっぱり先生なら分かって下さると思ってました!」


 とんでもない事をやらかした蠱惑寺さんが何か言ってる。

 ひどい女だな君は本当。


「それで、どうでしょう先生、明日子ちゃん!」

「何が?」

「……ひっく、…………なに?」

「先生が明日子ちゃんに絵を教える、それを家を借りる対価にするのは!」


 そう来るか、それなら確かに対価になりうるかもね。


「…………私の事、気持ち悪い?」


 薔薇園さんは、苦しそうに僕に問いかけた。


「全然? むしろ僕の方が気持ち悪いんじゃない?」

「………ぜんぜん」

「じゃあ、場所代にお絵かき教室で、手をうってくれる?」

「勿論」


 どうやら、僕と薔薇園さんは同じ穴のムジナだったみたいだ。


「これにて一件落着! 万事全て丸く収まりましたねえっへっへ!」


 流石にリスクを取り過ぎな気がしたが、まあ蠱惑寺さんには感謝しておこう。

 これで確かに何も気にする必要がなくなったからね。

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