16話 復活

「……お見せしましょう。究極の癒しというものを」


 闇の聖女が両手を組んで祈りを捧げるようにして言った。

 と、次の瞬間、これまで倒した敵が次々起き上がってきた。彼らの目は血走り、明らかに正気を欠いていた。


「な、なんだァ!? 倒した奴らが復活した!?」

「癒しの嘆願……まさか、あの女、本物の聖女なのか?」

「それにしても、こんな……無理やり人を動かすみたいな癒し、聞いたことがないです」


 大聖堂の管轄を外れた闇の聖水……普通の聖水とは違うのかもしれない。

 起き上がった敵は僕たちを取り囲み、一斉に跳びかかって来た。その動きは倒したときよりも遥かに俊敏だ。


「何度でも倒すだけだ」


 シエル先輩が剣を構える。


「この間合いじゃ弓は不利か」


 タスク先輩が弓をしまい、剣に切り替える。


「早く片付けて、あの聖女を捕らえないと」


 僕も折れたハンマーの柄を構えた。


「この様子じゃあ、多少荒っぽく攻撃してもたぶん治る。全力で行くぞ!」 

「はい!」

  

 僕たちは互いの背中をかばい合い、迫り来る敵に向かい合った。


……

…………

………………


「はぁっ、はあっ」


 僕は何度も何度もハンマーの柄を打ち付けた。だが敵は何度も起き上がってくる。しかも動きが倒れる前よりずっと洗練されていくんだ。

 僕の狙いを誘導するフェイントを入れたり、カウンターを狙ったりしてくる。さらに攻撃後の隙を別の敵が補ったりと連携までしてくる。訓練を受けた兵士の動きだ。

 ダメージを与えても、連携で回復の時間を稼ぎ、復活した敵がさら

 に連携してくる……洗練された連携と回復の合わせ技は想像以上に厄介だ。

 素人の軍団なら何人いても問題にならないが、訓練された兵士相手にただの棒きれはキツい。

  

「おらァっ」


 シエル先輩が気合とともに剣を振り下ろす。斬撃に胸を裂かれた敵が、倒れ伏す。


「グラディウスのダメージは回復に時間がかかる! しかも傷が治るまでは動けなくなるみたいだ! もしかしてこいつら魔具に弱いんじゃないか!?」


 シエル先輩が叫ぶ。さすが先輩、戦闘中に敵の弱点を看破した!

 

「だったら俺もフェイルノートを使うか!?」

「やってみてくれ!」


 ただ。タスク先輩の魔具、魔弓フェイルノートは弓。屋内の接近戦では不利だ。

 

「僕、タスク先輩のフォローに回ります」

「頼む、ツキ! 試しに撃ってみる!」


 タスク先輩が矢を番え、放つまでの隙を僕が補う。棒きれで突きを繰り出し先輩に近づく敵を追い払う。


「魔弓の力を喰らえや!」


 先輩が矢を放つ。その矢は速く、僕の目でも追うのが難しかった。そしてタスク先輩の意思で軌道を曲げることがようだ。変則的な軌道で飛ぶ矢が、敵の四肢の関節を的確に貫いていく。だがその矢の傷は、すぐに再生して塞がってしまう。


「くそ、矢の傷は治りが早い」

「フェイルノートにはグラディウスほど癒しの阻害効果がないのかも!」

「ちっ、それならシエル中心で戦うしかないか!?」

「いえ、弓であの女を狙ってみてください! あの女が聖女の力を持っているなら、通信で指揮を執っているかも」  

 

 ノーミアから聞いた聖女の能力、通信と指揮。あのフードを被った女が聖女の力を持っているなら、この敵たちの指揮を執っていてもおかしくない。敵が急に組織的な連携を始めたことにも説明がつく。


「なるほど指揮官狙いか」


 タスク先輩は額に汗を浮かべながら不敵な笑みを浮かべ弓に矢を番える。その間も敵は次々に襲いかかってきている。僕は連続で棒きれを突き出し追い払う。突きを繰り出すたびに棒きれが軋む。武器の耐久力に限界が近づきつつある。


「いけ!」


 先輩が天井に向けて矢を放った。高く上がった矢は弧を描き、急降下。凄まじい速度で女に向かって飛んでいく。

 頼む、これで終わってくれ。僕はそんな弱気なことを考えていた。


「……うふ」


 しかし矢の前に、敵の巨漢が立ち塞がる。あの独特の体臭のやつだ。


「他人を壁にしやがって! フェイルノートを舐めるなよ!」


 先輩が気勢を吐く。と、矢は急激に軌道を変えた。すごい、フェイルノートの矢も、ゲイボルグと同じく遠隔操作ができるようだ! 矢は壁になった男を避け、裏に隠れた女へと飛んでいく。


「……ッ」


 タスク先輩の矢は女の肩に突き刺さった。痛みに気を失ったのか、女はその場でバタンと倒れた。

 途端、敵の動きが乱れた。

 仲間をカバーするような位置取りをしなくなり、攻撃が単調になる。


「さすがタスク! 連携が乱れた! 畳みかけるぞ」

 

 シエル先輩が吠えた。

 僕は棒きれを突き出し、敵の単調な攻撃にカウンターを決める。大きく胸が抉れるほどのクリティカルヒットとなったが、同時に棒きれは粉々に砕け散った。


「しまった、武器が!」


 せっかくタスク先輩が作ってくれた打開のチャンスなのに……!


 僕は仕方なく素手での攻撃を試みる。けど僕の攻撃力は敵の回復力が上回ることができない。攻撃を当てても、よろけさせるのが精一杯だ。くそっ。

 

「武器がなくて、力が出ない!」


 と、その時。

 廃聖堂の扉が何者かに蹴破られた。

 扉の向こうから狐色の髪、丸眼鏡の糸目、白い制服姿の女性が現れる……

 レイブンさんだ!

 その手には漆黒の槍がある。レイブンさん、僕の家からゲイボルグを持ってきてくれたんだ!


「ツキさん、新しい武器や!」

 

 レイブンが漆黒の槍を投げる。ゲイボルグはまるで、僕の叫びに応えるように空中で加速する。

 

「来い……ゲイボルグ!」

 

 槍が敵を蹴散らしながら、僕の手に飛び込んでくる。


 ゲイボルグを手にした瞬間、僕の体が熱を持ってきた。力が溢れてくる……!


 さらに僕の体から疲労感がなくなっていく。天使様の力が、これまでのダメージと疲労を取り除いていく。

 

『癒しを……ツキ様、みんな、がんばってください』

 

 頭の中でノーミアの通信が響く。そうか、ノーミアが遠くから癒しを祈ってくれたんだ。彼女の笑顔が僕の頭の中で花開いた。


「ありがとうノーミア、レイブンさん……! これで強さ百倍だっ!」

「行くぜ! ツキ!」

「最強トリオの復活だ!」

 

 と、タスク先輩はノーミアの聖水を飲んでないから癒しの効果はえられていないが、僕とシエル先輩は元気いっぱい。次々に敵をなぎ倒していった。


「動けんくなった敵はうちに任せえ! 縛るのは得意なんや!」


 レイブンさんが倒した敵を瞬く間に縄で縛り上げる。これで敵が復活しても動けない!


「さえてますね! レイブンさん」

「ノーミア様の策や。もうすぐ警察も駆けつけるで!」


 そうか、ノーミアは隠れていただけじゃなかったんだ。僕たちが勝てるよう警察にも手を回してくれていたってこと。

 

「ところでレイブンさん、なんで縛るのが得意なんだ!?」

「一時期そういう趣味にハマっとってな。シエルさん、興味あるん?」

「いや、興味ないです!」

「遠慮しなさんな! 後でゆっくり教えたるからな!」


 なに話してるんだか。

 

 敵が減って軽口を叩く余裕が出てきたってこと。そして、


「警察だ!」 


 とようやく本物の警察が踏み込んできた。ほとんどの敵はもう倒しちゃったんだけどね。警察を率いているリーダー格の男に、タスク先輩が軽口を叩いた。


「お疲れさん、ガレンの兄貴。もうだいたい終わってるぜ」


 警察のリーダー格の男は「愚弟が……」と悔しそうに顔を顰めた。

 タスク先輩は満足そうに笑っていた。

 憎い兄貴の鼻を明かせたのかな。良かったね。タスク先輩……。


「ツキ様!」

 

 続いてノーミアも現れた。町娘風の変装ではなく、白い聖女の制服に着替えている。


「ノーミア!」


 僕は反射的にノーミアに駆け寄った。

 

「こんなところに来たら危ないよ」

「だってツキ様が心配で……助けが遅れてごめんなさい」

「ううん。ノーミアが来てくれて本当に助かったよ。ありがとう」 

「はい!」


 ノーミアは目に涙を溜めていた。


「それに気になることもあります。この事件の主犯とされる聖女をこの目で見ておきたくて……」


 とノーミアに言われて、僕は気がついた。タスク先輩の弓で倒れたまでは認識していたが、それからあの女の姿を見ていない。


「女……? うちは見とらんで?」

  

 レイブンさんも見ていないらしい。僕は倒れ昏倒した敵をひとりひとり確認したが、闇の聖女の姿はどこにもなかった。あったのは聖女が着ていたローブだけだ。

 あの女は、ローブを残していつのまにか煙のように消えていた。僕たちの誰も、あの女が消えた瞬間を見ていない。

 

「まさか逃げられたの……」

「どうやって逃げたんでしょうか……?」


 周りを見回す。縛られた売人たちは動かなくなり、ぐったりと倒れている。突入した警察たちは動かない売人たちをテキパキと担いで運んでいる。

  

「わからない、けど……」


 僕はひとりの聖女を思い浮かべていた。


「あの女、キールじゃないかって僕は思ってる。フードから黒髪が見えたから」 

 

 元・聖女キール。ガスト兄さんを裏切り、ダルトン卿に寝返ったとされる魔女……僕たちが討たねばならない巨敵のひとり。闇の聖水騒動にダルトン卿が関わっているなら、裏切りの聖女キールも関わっていてもおかしくない。


「やはりおねえさまだったのでしょうか……」


 ノーミアは俯き、小さく肩を震わせた。おねえさまって……もしかするとノーミアとキールは姉妹のような関係だったのかもしれない。


 ふと目をやると、シエル先輩とタスク先輩が肩を組んでこっちに歩いてやって来た。

 

「お疲れさんツキ……いや兄弟!」

「兄弟?」


 と首をかしげたところで、僕はふたりの先輩たちに抱き着かれた。男の人の汗のにおいにむせそうになる。


「一緒に戦ったら兄弟だ!」

「お前がいなかったら勝てなかった! 大した奴だぜ、兄弟!」

「ちょっと! くっつかないでください、僕はそういうの苦手なんですよ!」


 止めてと言っても先輩方は止めてくれなかった。僕はしばらくもみくちゃにされた。


「コホン。シエル様、タスク様。ツキ様となにをいちゃいちゃしているのですか。あなたがたが守るべき聖女が目の前にいるのに」


 ノーミア怒ってる? なんか顔が怖いよ……。


「ノ、ノーミア様、はじめまして。タスク・アーチェルです。この度のご助力、心より感謝いたします」

「はじめましてタスク様。聖女ノーミアです。無茶はほどほどにしてくださいね。私たちが来なかったら、あなたは命を落としていたかもしれないんですよ」

「面目ありません……」

 

 先輩がノーミアに怒られている。年上の人が怒られてるのを見るのはつらい……僕まで胃が痛くなるよ。


「旅立ちが控えているのに、こんな危険なことに巻き込んで」

「う、申し訳ありませんでした」


 先輩が頭を下げる。ノーミア普段はふわふわしてるのに、こんな圧力も出せるんだ。


「まあまあ、ノーミア。タスク先輩の無茶のおかげで街の治安は守られたんだ。安心して旅立てるじゃない」 


 と僕が言うと、ノーミアは僕を睨んで胸を拳でポカポカと叩きだした。

 

「ノーミア、なんで僕にまで怒るの?」

「わかりませんか?」

 

 ノーミアは「デート」と、小声でつぶやく。そっか……ノーミアは僕とのデート(?)が中断されたことを根に持っていたらしい。もしかして、この事件がなければ、ノーミアは一日デートをする予定だったとか?

 

「……まあいいです。タスク様、今後スタンドプレーは控えてくださいね。私たちはチームになったんですから。未熟な聖女ですがよろしくお願いします」

「はい!」


 シエル先輩、タスク先輩、レイブンさん。

 ノーミア。

 そして僕。

 いろいろあったけど、こうして5人の旅の仲間が揃ったのだった。

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