後編 第三章 自分で決めたもの?/ 第四章 自分が決めたもの
第三章 自分で決めたもの?
一時間半ほど電車に乗った後、次はバスに乗り変えた。バスから見える景色は隆志が普段見ているオフィス街の景色とは違って、広々としていた。
「この景色、なんか地元を思い出さないか?」
隆志は外をぼんやりと、見ていたさやかに話しかける。
「そうだね。昔は良く遊んだよね」
「海といえばさ、新太郎が新しい彼女を作るんだって、張り切ってた時あったよな」
「あったねそんな事、その場所で私達もいたのに、私達じゃ嫌だって言ったんだよね。みんな怒ってたよね」
さやかは思い出してくすくすと笑う。
「それでさ、結局出来なくて、みんなで慰めたよね」
「そうだった。そうだった」
隆志もつられて笑った。
「昨日、新太郎も来ててさ、今は一児の父だそうだ」
「あ、そうなんだ。へぇ」
隆志はふと新太郎を慰めた時に、さやかと何かを約束したのを思い出した。内容までは思いだせなくてさやかに聞いてみた。
「なぁ、俺達、昔なにか約束してなかったっけ?」
「約束?覚えてないなぁ。たいしたことじゃないんじゃない」
昔の話をしていたら、バスが海の近くにいつの間にか着いていた。バスから降りると磯の香りが鼻の中に入ってきた。さやかは背伸びをする。
「やっと、着いたぁ」
隆志もつられて背伸びをする。
「思いつきで来るのには、ちょっと遠かったな」
「気にしない。気にしない。ねぇ、降りよ」
目の前に砂浜に下りる階段を見つけ、さやかは小走りで向かった。それを見て隆志は、さやかに声をかける。
「そんなはしゃいで、こけるなよ」
隆志は歩いて階段を下りて行く。さすがにこの季節には人がいなくて、砂浜は広々としていた。
「隆志も早くおいでよ」
さやかは大きく手招きをして、隆志を呼ぶ。
「分かった。分かった」
隆志は歩いて、さやかの傍まで来た。
「せっかくだから、少し、歩こうか」
うんとさやかが返事を返してくれた。近くの道路は交通量があまり無いらしく、波の音が良く聞こえた。
「隆志、昨日はどうして、あのコンビニにいたの?」
「昨日は酔い覚ましに、歩いて帰ってたら、喉が渇いてあそこに寄ったんだ」
隆志は昨日の事を思い出しながら話した。
「でも昨日、その前に途中でもう少し飲みたくなってさ、お店探してたら、変な扉を見つけたんだよ、お店と思って、入ったらなんだか、会社みたいだったから慌てたよ。もちろんすぐ出たよ」
隆志はハハハと笑った。
「やっぱり隆志なんだ」
さやかが小さい声で言ったので、隆志にはよく聞こえなかった。隆志は聞き返したがさやかは、
「なんでもないよ」
と答えた。それから二人は黙って、静かな砂浜を歩いた。砂浜の端の方に座りやすい岩を見つけて二人は座った。しばらく波の音だけが響いていく。
秋の始まりの風が静かに潮の香りを二人に届けてくれる。
隆志はさやかとのこの時間が大切な時間だと感じた。このまま側にいてくるだろうかと思えるくらいに。
「ねぇ、隆志」
急にさやかに声をかけられて、隆志は何か見透かされたような気分になった。隆志は気持ちを抑えながら答えた。
「どうした?」
さやかが、静かに隆志に話しかける。
「人が管理されてるって知ってる?」
突然の質問に隆志はどうしたのだろうと思ったが、質問の意味が解らなかった。
「管理ってどういう事?」
さやかは真っ直ぐ水平線を見ながら答える。
「一人づつどう動くか、知らないうちにコントーロールされてるって事」
隆志は笑った。
「何言ってるんだ。そんな事、あるはずないだろう。映画の見すぎだよ」
さやかは笑わなかった。
「冗談じゃないんだ。昔はさ、難しかったみたいだけど、今はスマホの普及で、知らないうちにスマホから電波が出ててさ。みんな気づかないうちに従ってるんだ。スマホなんて直接画面に触るから、その影響はでかいんだよね。もう一人一人、人生が書いてあるんだよ」
隆志はさやかの顔を見る。とても冗談を言っているように見えなかった。
「それに今はさ、カメラ付いてるでしょう。それで自動でカメラから映像も送られてるんだ。それでね、人のこれからの行動とか映像を管理している場所は、普段はスマホやテレビの電波で、無意識に意識しないようにされているんだよね」
さやかがすっと立ち上がり、隆志の前に立った。
「私の仕事ってね。コンピュータ関係って言ってたけど、本当はそのコントロールをしている側なんだ。酔った時ってあまり考えれなくなるよね?その時に監視部屋に入っちゃう人がいるんだよね。スマホが電源入ってない時は電波もないから余計にね」
さやかの声は平静を保とうとしていたが、震えていた。
「その監視部屋の一つが、隆志が昨日見た所」
さやかはバックから何かを取り出して隆志に向けた。隆志は一瞬なんなのか解らなかった。
「私はね。そんな人を殺してきたんだ」
さやかは隆志に銃口を向けていた。隆志はさやかの言葉に耳を疑った。
「嘘だよな。なんでさやかが」
「驚いた?普通は驚くよね。なんで私なのか解らない。だけど、私達の家族は、昔からこれをやってきたみたいなの」
「は、おじさんもおばさんも裕也もか」
裕也はさやかの弟だった。さやかはうんと頷いた。
「冗談だろ。そもそもそれは本当に本物なのか」
銃声がなった。隆志の腕から血がツーと流れた。
「本物だよ。昨日、コンビニで会ったでしょう。あれはね隆志の生存確認だったの」
さやかの言葉は無機質に聞こえるように静かだった。
「そして今朝、隆志があの場所に行った事が分かったの。そして私に・・・私に殺すようにって言われたの」
さやかは感情を押し殺したように話を続けた。
「嘘だよな」
さやかは首を振った。
「私も嘘だと信じたかった。今朝からの電話はこの事なの。本当にあの場所に行ったのか。覚えていなかったら、殺さなくていいんじゃないかって」
さやかは引きつった顔をする。
「でも違った。隆志は覚えていた。だから殺すの」
銃口が太陽の光で不気味に光る。
「ここに来たのも自然だったでしょう?流石に街の真ん中で殺すことはできない。ここだと今の時期は来る人も少ないから人払いも簡単にできる。後はあなたをここにこさせるだけ、私は誘導役なの。明日のニュースには、行方不明者として流れると思う。次は外さない」
さやかの目は冷たく隆志を見ていた。
「ねぇ隆志、なんであそこに入ちゃったの」
隆志は動けなった。目の前の光景が信じられなかった。昔から知っていた人間の真実を受け入れられないでいた。さやかも同じなのかも知れない。さやかの腕は振るえていて、頬を涙で濡らしていた。
「なんで隆志なの」
さやかは消え入りそうな声で呟いた。二人は向かい合ったまま長い時間がたった。いや時間がたったような間隔だった。正確には三十秒くらいしかたってはいない。さやかは力なく腕を下ろして膝を突いた。
「やっぱり私には、隆志を撃つのは無理だよ」
隆志はゆっくりとさやかに近づいていって、さやかの傍に寄った。
「どうにかならないのか」
さやかが下を向いたまま力なく首を振る。
「駄目、失敗したと分かったら、私も殺されるの」
「そんな。そんな事ってあるか」
隆志は吐き捨てるように言った。さやかは涙を拭いて隆志を見上げる。
「隆志は逃げて、お願い。隆志だけでも生きて」
「お前はどうするんだ」
「私は、・・・隆志が逃げる時間を稼ぐ」
隆志はさやかの肩を掴んで、まっすぐ目を見た。
「逃げるなら、お前も一緒に逃げよう。な」
さやかは目を逸らした。隆志はもう一度、さやかに呼びかける。
「お前は俺が生きてたら殺されるんだろう。それは身代わりって事じゃないか。さやかが犠牲になって俺だけ生きるなんて嫌だ。さやかも一緒に逃げよう」
「隆志」
さやかは涙を拭いて、隆志の目をもう一度見た。
「分かったよ。一緒に行くよ」
隆志は笑って頷いた。
「さてと、どこに逃げようか」
隆志は立ち上がり、くるっと振り返った。
「待って、スマホをここで捨てて行って」
「そうか。スマホを持っていると位置とかばれるか」
隆志はポケットからスマホを取り出した。このスマホを捨てたら、もう後戻りできない気がした。心のどこかでこれは夢ではないかと、思っている自分がいる。しかしさやかを信じると決めた隆志は、思い切ってスマホを海に放り投げた。
「隆志、信じてくれてありがとう。隆志は腕時計してるよね」
隆志は腕をめくって時計を見せた。
「私はこれから、少しありばい工作に戻るね」
隆志はさやかに嘘だろと言おうとしたが、さやかはそれを止めた。
「違うよ。私は戻ってくるよ。約束する。この先に無人のビルがあるはずだから、そこの二階で待ってて」
「なんで、そんな事を知ってるんだよ」
「今までの仕事上、下調べはしてたの。ただし、今日の十二時過ぎて来なかったら、私に何かあったと思って逃げて」
「おまえ、やっぱり」
さやかは隆志の言葉をさえぎった。
「違うよ。もしもの時だよ。もしもの時ね。信じて」
隆志はさやかの事を信じるしかなかった。二人はそこで一回別れた。
第四章 自分が決めたもの
隆志は用心して近くの林の中を通って進んでいく。もうほとんど日が沈み歩きにくく、さっきまで涼しかった秋の風がべっとりと体にまとわりつく。しばらくして目の前にコンクリートで出来たビルがあった。
傍まで行くとさやかが、言っていたとおり使われていない様子だった。扉は鍵が掛かっていたが、横の窓のガラスが割れていて簡単に入ることが出来た。隆志は約束したとおり二階に行って、身を隠せそうな場所を見つけて隠れた。
隆志は昨日、勇気達と飲んでいた事が、なんだか懐かしく感じた。
「もう、会うことは出来ないんだろうな」
隆志は一日で変わった自分の環境が、嘘のようで少し笑ってしまった。
「でも、本当なんだよな」
隆志はさやかに撃たれた腕を少し触る。血は止まったみたいだったが、包帯代わりに巻いていたハンカチが、血で真っ赤になっていた。
隆志はさやかとの思い出を思い返してみた。さやかが彼氏に振られて泣いていた事や、みんなで旅行して笑っていた事、考えてみればさやかとの思い出は多かった。隆志は考えているうちに眠ってしまった。そして昔の夢を見た。海でさやかと笑っていた。まだ学生の時だろう。さやかの髪は今より少し長かった。笑った後、さやかと隆志は指切りをしていた。
「うん。約束だよ」
「おう、十年後、二人が一人だったらな」
そこで隆志は目を覚ました。隆志は慌てて時計を見た。まだ二三時を少し過ぎた位だった。
さやかはまだ来ていないようだった。隆志は遠くの方で何か音が鳴ったのに気づく。さやかかもしれない。隆志は立ち上がろうとしたが、はっと違うかもしれないと思い、体勢を屈めてじっと息を潜める。足音が近づいてくる。隆志がどうしようか迷っていると小さい声で隆志を呼ぶ声が聞こえた。さやかだった。隆志はほっとして、さやかの傍に駆け寄った。
「ごめん。いろいろしてたら遅くなっちゃった。座って包帯を巻きなおすから」
さやかは隆志の腕に巻いていたハンカチを解き、バックから包帯を取り出して手際よく巻いていく。
「さやか、いろいろって何してたんだ」
「私達のデーターを消せるかやってみたりしてたの。でも無理だった。だけどね、隆志があそこに行かなかった場合をつい観ちゃったんだ」
さやかは、なんだか照れてるようだった。
「私達、一年後結婚してたんだよ」
「そうなのか」
さやかは暗い顔つきになる。
「でもこうなっちゃったからね、エラーって書かれてた。もう隆志のいない世界で書き直されてた」
二人は黙ってしまった。隆志は言葉を捜して、何か言わないといけないと思った。さやかが包帯を巻き終わった頃、ようやく隆志は言葉が出た。
「エラーって何様だよ。俺達は機械なのかよ」
「だよね。でも惜しい事しちゃったかなって感じだよ」
さやかはエヘヘと笑った。隆志はさやかの頭をやさしくポンと触った。
「何言ってんだ。一年後じゃなくて、もう一緒にいるじゃんか。それも作られた人生じゃなくて、今からまったく新しい人生だよ」
隆志はさやかを抱き寄せる。
「生きよう。これからは操られる人生じゃないんだ」
さやかが頷いたのが隆志には分かった。隆志はさやかにスマホはどうしたと聞いたら、電車に置いてきたと言った。
「さ、そろそろ行こうか」
「だな。早くしないと、ここもばれる可能性もあるしな」
二人は立ち上がり、階段を降り始める。しかし、さやかが階段の途中でぴたっと止まった。
「どうした。さやか」
さやかが人差し指を立てて唇に触れる。
「誰かいる」
さやかは階段の一番下まで行くとそっと壁から覗き込む。
「誰もいない」
さやかは少し待つように隆志に合図する。さやかは荷物から銃を取り出して、ほかの荷物をそっと地面に置き、ゆっくりと壁に背中をつけて廊下に出た。
隆志はさやかの姿を壁の端から慎重に見る。さやかは近くの部屋に入ったようで姿が見えなくなってしまった。さやかが入った部屋から銃声が二発鳴った。隆志は慌てて飛び出した。すると間髪いれずさやかの声が聞えてきた。
「私は大丈夫だから隠れてて」
隆志はとっさに、さやかが入った真正面にある部屋に隠れた。隆志は少し様子を伺ってると、さやかと男の声が聞えてきた。
「なんで、あなたがいるの?」
「なんでとは、酷いな。仕事だから居るんだが」
「違う、どうしてここにいるのよ」
男は少し驚いた様子で答えた。
「どうして?俺は指示通り来ただけさ。昨日のエラーを殺す為に」
「指示通りって、まさか私も誘導されてここに来たって事。そんな」
「だろうな。だからすんなりここに来れたろ」
隆志は男が言っている意味を考えた。隆志自身もスマホから出た電波で誘導されたとしたら、だからさやかの話も意外とすぐに受け入れることが出来たのではないか、さやか自身も無意識のうちにここに決めるように操られていたのかもしれない。
「ただ予定外だったのは、二人ともスマホをどこかに捨てた事だな、ちゃんといて良かった。スマホの電波がないと指示通り動かなくて感情どおり動いちゃうからな」
隆志は男が機械的に自分達の事を言うので、声を荒げて違うと言いたがったが、必死に言葉を飲み込んだ。
隆志は自分がいる部屋に、もう一つ入り口がある事に気づいて、男の裏をかいて襲うことができないかとそっと移動を始めた。
「さやか、エラーした奴は近くにいるんだろう」
男は隆志が近くにいる事を確認するかのように、強い口調で言う。
「さぁね、探してみれば」
隆志は息を殺して何とか廊下に出ることが出来た。廊下は男がいるであろう部屋に繋がっている。こつこつと男が、こっちに歩いてくるのが分かった。
「早く居場所を言った方がいいよ。そうしないと、さやかも殺さないといけなくなる」
「何言ってるの。初めから私も殺す気でしょ」
男は静かにその通りだと言うように笑った。隆志は寒気を感じ、腕をさすって自分を落ちつかせた。隆志は二人がいる部屋の外までなんとか辿り着く。近くにあった廃材を手に取り、隆志は物陰からそっと覗くと、暗がりで解りにくいが、男とさやかがお互いに銃を向けているのが分かった。
隆志の位置は少し遠かったが、男とさやかのちょうど間ぐらいだった。隆志は覚悟を決めて飛び出した。とっさに男は気づき、銃を隆志に向ける。
「隆志、駄目」
さやか叫んで、弾けたように隆志の前にでた。乾いた銃声が二発、建物の中にこだました。隆志は一瞬動きが止まってしまった。何があったのか解らなかった。
「嘘だろ。さやかは動かないはず、これだから」
男は倒れた。さやかの弾は当たっていた。そして、男の弾もさやかに当たっていた。さやかはゆっくりと力なく倒れる。隆志は駆け寄ってさやかを抱きよせた。
「ごめんな。俺が何も考えなしに出たばっかりに。ごめんな」
さやかは笑っていた。さやかはそっと隆志の頬に触る。
「謝らないでよ。私の方が悪いんだから」
「お前は悪くないよ」
さやかは首を振る。
「一緒に行けなくなったからさ、隆志泣かないで」
隆志の目から涙がこぼれる。
「馬鹿、何言ってるんだ。一緒に生きていくんだろ」
さやかは悲しく笑った。
「だったら良かったな。映画のように行かないね。隆志お願いがあるんだ」
隆志は何と聞いた。さやかは隆志の涙を右手の薬指で拭いた。
「私の分まで生きて」
さやかは小指を隆志に立てた。隆志はやさしく自分の小指を絡ませようとした。しかし、絡ませる前にさやかの腕は糸が切れたように力なく腕が落ちた。
「さやか、さやか」
さやかからは返事がなかった。さやかは笑っていた。とても安らかな笑顔だった。隆志はそっと頬に触る。
「さやか、やっと約束を思い出したんだ。俺達十年前、結婚してなかったら、十年後一緒になろうって言ってたんだぜ。お互い忘れてたな。なのになんで、なんでだよ。なんでこんな事になるんだよ」
隆志はさやかを抱きよせて泣いた。涙が止まらなかった。隆志はその後、さやかの遺体を近くの海が見える丘に埋めた。
そして隆志は暗い水平線を見つめていた。
「さやか、俺は生きるよ。この世界でどう生きるか分からない。でも俺は生きるよ」
隆志は拳を強く握りしめた。
そこは扉も窓もなく一つのパソコンの画面があった。画面にはカタカタと文字が次々と出されている。そこにはパターン895−9808偶然と書かれていた。
管理部屋に偶然入ってしまった時の予想。
対処を抹殺ー失敗 エージェント二名、及び対処ロスト 「終」
現実のエラー〜感情とは何か〜 千夢来人 @semurito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます