第二章 首輪と薄い下着
ふと、芽衣美は自分の体に妙な“心地よさ”を覚えた。
──あれ? なんか……違う?
目が覚めたわけでもない。
夢と現実の間をふわふわと漂いながら、芽衣美は気づく。
家で着ていたのとは違う。
今、身につけている下着は――
肌のトーンに合った、淡い色合いのフリルつき。
生地はやたらと高級感があって、肌触りもやさしい。
(……なにこれ、可愛い)
でも。
(家で着てたやつより、確実にレベル高いんだけど……誰の趣味?)
それに、首元にもふわりとした違和感があった。
指をあてると、そこにはリボンのついた首輪。
金の細い鎖が、どこかへとゆるやかに伸びている。
その先には──
さっきからベッドの端に腰かけて、ずっと恍惚とした顔を浮かべている青年。
「……えっと、どうやって……着替えたんだっけ?」
芽衣美は面倒だったので、いちばん気になるところだけ聞くことにした。
「すべて、わたくしがいたしました♡」
青年――ケテルは、まるで天使のような微笑みを浮かべたまま答える。
「…………変なこと、してないよね?」
「はい。めめたんは、寝ておられましたので」
「……もし襲ってきたら、舌噛んで◯ぬからね」
そのセリフにも、ケテルはぴくりとも動じなかった。
「めめたんは、寝ること以外、なにもしてはいけません」
とてもやさしく。
でも、どこかうっとりとした声音で、彼は言った。
「お着替えも、お洗濯も……ぜんぶ、わたくしにお任せください」
芽衣美は、鏡に映る首元の首輪にそっと触れた。
リボンの中央には、小さなトパーズのようなものが埋め込まれている。
「それは“ダアト”と申します」
ケテルは、ふわりと手を伸ばし、彼女の指先に触れない距離で首輪を指差した。
「この
めめたんが、わたくしにすべてを預けるという“契約”でもあるのです」
その声はやさしく、どこか誓いのようでもあった。
「……めめたんが、ただ眠っているだけでいいように」
ケテルは、ゆるやかに微笑んだまま、そう言い添えた。
芽衣美は、首元の首輪をなんとなく指先でつまみながら、ぼんやりと尋ねた。
「ところで……ティファレトって、どういう場所なの?」
ケテルは、少しだけ視線を天井のステンドグラスに向けると、まるで詩の一節を口ずさむように答えた。
「ここは──日常のめめたんを超えて、日常のめめたんが許される場所。
ほんとうのめめたんで、いられる場所です」
そして、ゆっくりと言葉を重ねる。
「つまり、寝ていたいだけ。その願いを、物質世界の荒波にのまれずに、そっと守っていられる。
ここは、めめたんの“本望”がたどり着いた、やすらぎの場所なのです」
「……要は、何もしたくないって気持ちがたどり着いた、
“究極の何もしなさ”を肯定してもらえる場所?」
芽衣美が聞くと、ケテルは嬉しそうに微笑みながら、こくりとうなずいた。
「そうです♡」
芽衣美は、ふわりとしたまま、なんとなく納得する。
「……洗濯とか、面倒くさくてすぐ溜めちゃうんだけど。
薄い下着って、テキトーに干してもすぐ乾くし、肌に優しいし、ラクなんだよね」
「それに、カーテン閉めてれば、家の中で何着てようが私の勝手だし。
外に出る時は“ちゃんとしたの”着るけど……あれがまた苦手なんだよね。苦しいし、締めつけられるし」
そのまま芽衣美の指が、首元のリボンのついた首輪へふれていく。
「……あと、その……この首輪」
ぽつりと、芽衣美は続けた。
「自分でも、どこにこんな
なんか……嫌じゃないんだよねぇ。むしろ、落ち着くというか……」
「何もしなくていいっていう安心感に、プラスされてこの首輪……
なんか、心地良い」
ケテルは、ふわりと息を吐くように笑って言った。
「それは、この首輪が──
めめたんの“自堕落願望”がブレないため、
わたくしの“愛玩”としてもブレないために──存在しているからです」
それから、ケテルは言葉を添える。
「けれど……首輪には、もうひとつ……」
その先を言いかけた時、
芽衣美は、すでに眠りに落ちていた。
「……ふーん……すや……すや……」
ベッドの上で、ほんの少しだけ微笑んで、芽衣美は寝息を立て始めた。
ケテルは、その姿を宝石でも見るような瞳で見つめながら、そっと目を細めた。
「はぁぁ……♡」
胸の奥から、ため息とも吐息ともつかない、甘い声がこぼれる。
「何をしなくても……わたくしのめめたんは、こんなにも可愛いのに」
その愛しさに揺られながら、ケテルはそっと指先で、芽衣美の首輪に触れる。
それは“ダアト”──彼女と自身を繋ぐ、静かな契約の印。
その鎖のごくかすかな震えから、ケテルは気づいていた。
……めめたんが、夢に入った。
ちょうどその瞬間だった。
芽衣美はふわふわと浅い寝息のまま、数度、ゆっくりと寝返りを打つ。
「……ふふ♡」
ケテルは、小さく笑うと、寝返りでリボンが捻れてしまった首輪の飾りを、指先でそっと直した。
丁寧に、傷つけないように。
まるでガラス細工でも触るような優しい手つきで。
そして、彼女の頬にかかる前髪をすっと払うと、静かに囁いた。
「今頃……イェソドとマルクトの間の
「どうかその中で──
めめたんの“美しさ”が、何にも曇りませんように」
「お守りいたします。わたくしが……どうか、安心して、深く……お眠りくださいませ」
そう囁くその声音は、まるで祝詞のように静かで、甘く、
まなざしは、ただ一人の愛玩を慈しむように、限りなく穏やかだった。
──つづく。
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