ティファレトで寝ていたいだけなんですが。 ―それなのに愛玩にされました。首輪つきで。

万華実夕

第一章 寝ていたいだけ、なのに。

異世界に来たら、何かしなきゃいけないのか?


──その答えは、いいえ。


 


例年を上回る早さで訪れた真夏日。

芽衣美は、エアコンをつけるかどうかすら面倒で、風の通らない部屋で、薄い下着のままだらだらと寝ていた。


エアコンのリモコンは、足を伸ばせば届く。足先だけで、温度設定も冷房のスイッチも入れられる。……むしろ、それが特技。



けれど、冷蔵庫を開けるのも、レトルトを温めるのも面倒だった。

水を汲みに台所へ行くのさえ、億劫だった。


結果、食事も水分もろくに摂らないまま、だらだらと時間だけが過ぎていった。


そして――

ぐにゃりと視界が傾いた瞬間、芽衣美の意識は、べつの場所へと転がり込んでいた。




気がつけば、やたらと可愛くて、ふかふかのベッドに寝かされていた。

天井を見上げると、七色の光を透かすステンドグラス。

幾何学模様のような円と線が静かに浮かび、幻想的な光の影を壁に落としている。


あれは──どこかで見たことがある。たしか、「生命の樹」。



視線を巡らせると、すぐそばに誰かの気配があった。

中性的で、どこか神聖な雰囲気をまとう青年が、ベッドの縁に静かに腰掛けている。


「貴方が今、存在しているのがここ。ティファレトです」


彼は天井を見上げながら、ステンドグラスの中心──一本の柱の真ん中に位置する円を、細い指でそっと指し示した。

その声は、耳の奥に届くようなやわらかさで、芽衣美の眠気をゆっくりと引き上げていった。



「……こういうの、アニメに出てきたことあったような」


芽衣美は、ぽけっと口を開けたまま、目線だけでそう言った。

声に抑揚はない。けど、拒否もない。


「意識の深層にあるものは、時折どこかで再現されるものです」


「ふーん……」


そして、大きな欠伸を噛み殺す。


 


「わたくしはここ――ケテルを留守にして、貴方のもとへ降りてきたのです」


青年は、天井のステンドグラスに視線を向けると、ゆっくりとその指を上へ滑らせた。

ひときわ高い位置にある、白く透きとおった光の円――生命の樹の頂点。そこを、すっと指先でなぞるように示す。


「ここが、わたくしの居場所。ケテル」


その声には、どこか誇らしげな響きがありながら、芽衣美の様子をうかがうような、ほんの少しの照れもにじんでいた。


 


「……お名前は?」


「めいみ」


「ということは──めめたん♡ですね」


 


芽衣美は、ふわりと天井を見上げたまま、無反応だった。

首元には、可愛い首輪。そこから伸びた金の鎖が、彼の手元にゆるく繋がっていた。


でもまあ──寝てていいなら、別にいいか。


そう思った。


 


そして、神のような存在・ケテルは、心の底からうっとりと呟いた。


「最高に可愛い子が、来ました……♡」


 


──つづく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る