第8話『告解』



 伊織が神さまごっこに参加した日、私は親友を失った。


 そして、自分の秘密を全て暴かれた。


 白石美羽の前で、裸にされたような屈辱を味わいながら、私は理解した。


 神さまごっこは、もう宗教ではない。


 人間の魂を食い尽くす、巨大な化け物だった。


---


 その朝、私は信者たちに囲まれたまま学校に連れて行かれた。


 逃げることは許されなかった。家の前、通学路、校門。どこにでも信者たちがいて、私を監視していた。


 まるで護送される囚人のような気分だった。


 教室に着くと、伊織が心配そうに駆け寄ってきた。


「沙羅、顔色悪いよ。大丈夫?」


 私は伊織を見つめた。まだ汚れを知らない、純粋な瞳だった。


 でも、その瞳に不安の色が宿っているのがわかった。


「伊織、お願いがあるの」


「何?」


「神さまごっこには、絶対に近づかないで」


 伊織の表情が曇った。


「どうして?」


「危険だから」


「でも、沙羅はやってるじゃない」伊織は首をかしげる。「なんで私だけダメなの?」


 私は言葉に詰まった。


 理由を説明すれば、私の正体がバレる。でも、説明しなければ伊織を守れない。


「とにかく、危険なの。信じて」


「よくわからないけど……」伊織は困った顔をする。「でも、沙羅がそう言うなら」


 私は安堵した。とりあえず、伊織は守れた。


 でも、その安堵は束の間だった。


 昼休み、美羽が伊織に話しかけているのを目撃したのだ。


---


 美羽は中庭で、伊織と親しげに話していた。


 私は木陰に隠れて、二人の会話を聞いた。


「葉山さん、神さまごっこに興味はありませんか?」


「神さまごっこ?」伊織は首をかしげる。


「素晴らしい宗教活動です。神の愛を学び、心の平安を得ることができます」


 美羽の声は優しく、説得力があった。


「でも、沙羅が危険だって……」


「如月さんがそう言ったんですか?」美羽は微笑む。「でも、如月さんも参加してますよ」


 伊織の表情が変わった。


「そうなんですか?」


「ええ。神役まで務めています」美羽は続ける。「なのに、あなたには参加するなと言う。不公平だと思いませんか?」


 伊織は考え込んだ。


「確かに……」


「如月さんは、あなたを見下しているのかもしれませんね」美羽の声に毒が混じる。「自分だけ特別な存在になって、あなたは置いていく」


「そんなことない」伊織は首を振る。「沙羅はそんな人じゃない」


「でも、事実ですよね?」美羽は畳みかける。「如月さんは神役として、選ばれた存在になった。でも、あなたには参加させない」


 伊織の顔が暗くなった。


 美羽の言葉が、伊織の心に刺さっているのがわかった。


「葉山さん、あなたにも神の愛を受ける権利があります」美羽は優しく言う。「如月さんに遠慮する必要はありません」


 伊織は長い間沈黙していた。


 そして、小さく頷いた。


「参加してみたいです」


 私の心臓が止まりそうになった。


 伊織が、神さまごっこの罠にかかってしまった。


---


 放課後、私は急いで伊織を探した。


 彼女は図書館で、宗教に関する本を読んでいた。


「伊織」


 伊織は顔を上げた。その表情は、いつもと違っていた。


 何か決意を固めたような、強い意志が宿っている。


「沙羅、聞きたいことがあるの」


「何?」


「どうして私には神さまごっこを禁止するの?」


 私は困った。正直に答えるわけにはいかない。


「危険だから」


「どんな危険?」伊織は詰め寄る。「具体的に教えて」


「それは……」


「言えないの?」伊織の声が冷たくなる。「友達なのに、秘密にするの?」


 私は罪悪感に苛まれた。


 伊織の言う通りだった。私は親友に嘘をついている。


「伊織、お願い。今は説明できないけど、いずれ……」


「いずれって、いつ?」伊織は立ち上がる。「沙羅、私たち親友よね?」


「もちろん」


「だったら、どうして私だけ仲間はずれにするの?」


 伊織の目に涙が浮かんでいた。


「私、寂しかったの。沙羅が神さまごっこに参加してから、なんだか距離を感じてた」


 私は胸が痛んだ。


 伊織を守ろうとして、逆に伊織を傷つけていた。


「だから、私も参加することにした」伊織は宣言した。「明日から、神さまごっこの一員になる」


「だめ!」私は叫んだ。「絶対にだめ!」


 図書館の他の生徒が、私たちを見た。


 私は声を小さくした。


「お願い、伊織。やめて」


「どうして?」伊織は涙声で聞く。「私はそんなに信用できない?」


 私は何も答えられなかった。


 伊織は本をまとめて、立ち去った。


 私は一人、図書館に残された。


 親友を失った現実が、じわじわと胸に沁みてきた。


---


 翌日の放課後、礼拝堂で「告解」の儀式が行われた。


 神さまごっこに新たに導入された儀式で、参加者が神の前で自分の罪を告白するのだという。


 私は神役として、祭壇の近くに座った。


 会場には400人近い信者が集まっていた。そして、その中に伊織の姿もあった。


 彼女は求道者として、最後列に座っている。


 私と目が合うと、伊織は冷たい視線を向けた。


 まだ怒っているのだ。


 ひかりが現れると、会場が静まり返った。


 今日の彼女は、審判者の衣装を身に纏っていた。黒いローブ、銀の冠、鋼鉄の十字架。


 まるで死神のような、不吉な雰囲気を漂わせている。


「愛する信者の皆さん」ひかりが口を開く。


 400人が一斉に頭を下げた。


「今日は特別な日です。神の前で、皆さんの魂を清める日です」


 信者たちがざわめく。


「これから『告解』の儀式を行います」ひかりは続ける。「皆さんは神の前で、自分の罪を告白してください」


 会場に緊張が走った。


「隠し事は許されません。神は全てをご存知です」ひかりの目が鋭くなる。「嘘をつけば、必ず見抜かれます」


 信者たちの顔が青ざめた。


「それでは、美羽が皆さんを指導いたします」


 美羽が立ち上がった。手には分厚いファイルを持っている。


「皆さんの過去は、既に神によって記録されています」美羽は冷たく言う。「私は神の記録係として、その情報を管理しています」


 美羽はファイルを開いた。


「例えば、田中さん」


 田中の顔が青ざめた。


「あなたは中学時代に万引きをしました。コンビニで雑誌を盗んだでしょう?」


 田中は震えながら頷いた。


「山田さん」美羽は続ける。「あなたは不倫をしています。隣のクラスの鈴木先生と」


 山田が立ち上がって否定しようとしたが、美羽は冷たく見つめた。


「嘘は無駄です。証拠もあります」


 山田は崩れるように座り込んだ。


 私は寒気を感じた。


 美羽は参加者全員の秘密を握っている。


 万引き、不倫、いじめ、家庭内暴力、援助交際。あらゆる恥ずべき過去が、神の名の下に集められているのだ。


「これが神の愛です」美羽は微笑む。「皆さんの罪を知りながらも、改心の機会を与えてくださっている」


 参加者たちは恐怖に震えていた。


 自分の秘密がバレることへの恐怖と、それを知られた相手への屈辱感で。


「それでは、告解を始めます」美羽は指を鳴らした。


 一人ずつ、祭壇の前に呼び出される。


 そして、マイクを使って会場全体に向かって、自分の罪を告白する。


 万引き、カンニング、親への暴力、友達への裏切り。


 恥ずべき過去が、次々と暴露されていく。


 告白する者は涙を流し、聞いている者は優越感と恐怖を味わっている。


 これは告解ではない。公開処刑だ。


 そして、私の番が来た。


「如月神役、前へ」


 私は震えながら祭壇の前に立った。


 400組の視線が、私に注がれている。


「あなたの罪を告白してください」美羽が命令する。


 私は必死に考えた。


 嘘の罪を告白すれば、バレるかもしれない。でも、本当の罪(スパイであること)は絶対に言えない。


「私は……」私は震え声で始めた。「友達に嘘をついたことがあります」


 技術的には嘘ではない。伊織に神さまごっこの真実を隠している。


「どんな嘘ですか?」美羽が詰問する。


「大したことじゃないって言ったけど、本当は重要なことでした」


 曖昧な告白だったが、美羽は満足そうに頷いた。


「神は全てを許してくださいます。でも、二度と嘘をついてはいけませんよ」


 私は席に戻った。とりあえず、この場は切り抜けた。


 でも、安堵したのも束の間だった。


 伊織の番が来たのだ。


---


 伊織は震えながら祭壇の前に立った。


 私は祈るような気持ちで見守った。


 伊織には、大した秘密なんてないはずだ。彼女は純粋で、正直で、誰かを傷つけるような真似はしない。


 でも、美羽は邪悪な笑みを浮かべていた。


「葉山さん、あなたの罪を告白してください」


 伊織は困った顔をした。


「私……特に思い当たりません」


「本当ですか?」美羽は眉をひそめる。「神は全てをご存知ですよ」


 美羽はファイルを開いた。


「あなたは小学生の時、友達のお弁当を盗んで食べました」


 伊織の顔が青ざめた。


「それは……」


「言い訳は無用です」美羽は冷たく言う。「事実でしょう?」


 伊織は小さく頷いた。


 私は胸が痛んだ。確か、伊織の家庭は貧しく、お弁当を持参できない日があった。お腹を空かせた伊織が、魔が差したのだろう。


 でも、美羽はそんな事情など考慮しない。


「他にもあります」美羽は続ける。「中学時代、転校生をいじめました」


「いじめてません!」伊織は反論した。


「では、なぜ転校生の田村さんは自殺未遂をしたのですか?」


 伊織の顔が真っ青になった。


 私はその事件を覚えていた。転校生の田村さんが、クラスに馴染めずに苦しんでいた。伊織も含めて、みんな冷たくしていた。


 でも、それは積極的ないじめではない。ただの無関心だった。


 しかし、美羽はそれを「いじめ」として記録していた。


「そして、最も重い罪」美羽の声が響く。「あなたは親友を裏切りました」


 伊織が震えた。


「どういう意味ですか?」


「如月さんが神さまごっこに参加するのを邪魔しようとしました」美羽は嘘を言った。「友達の信仰を妨害したのです」


 私は立ち上がろうとしたが、隣の信者に押さえつけられた。


「それは違います!」伊織は叫んだ。「私は沙羅を心配しただけです!」


「心配?」美羽は笑った。「それとも、嫉妬ですか?」


「嫉妬なんて……」


「如月さんが神役になって、あなたが置いていかれることへの嫉妬」


 伊織は言葉を失った。


 美羽の言葉には、微かな真実が含まれていた。


 伊織は確かに、私が神さまごっこに参加することに複雑な感情を抱いていた。


 でも、それは愛情からくるものだった。嫉妬ではない。


 しかし、美羽はそれを悪意として解釈した。


「告白しなさい」美羽は命令した。「あなたの罪を」


 伊織は涙を流しながら、震え声で告白した。


「私は……お弁当を盗みました。転校生に冷たくしました。親友に嫉妬しました」


 会場から、失望のため息が漏れた。


 伊織の純粋な魂が、汚されていく。


 私は拳を握りしめた。


 美羽を殺したい衝動に駆られた。


 でも、何もできない。


 私が動けば、正体がバレる。


 そして、伊織がもっと酷い目に遭う。


 告解の儀式が終わると、ひかりが立ち上がった。


「素晴らしい告解でした」彼女は満足そうに言う。「皆さんの魂が清められました」


 信者たちは安堵した。自分の秘密を告白することで、一種の解放感を得たのかもしれない。


 でも、実際には逆だった。


 彼らは互いの弱みを握り合い、逃げられない相互監視システムに組み込まれたのだ。


「そして、神は新たな啓示をお与えくださいました」ひかりの目が危険に光る。


 会場が緊張に包まれた。


「この中に、裏切り者がいます」


 私の血が凍った。


「神の愛を受けながら、心の中で神を疑い続けている者が」


 ひかりの視線が、私を捉えた。


「明日、その裏切り者が血を流すでしょう」


 会場がざわめいた。


 私は震えていた。


 ひかりは私を標的にしている。


 明日、私が殺される。


「皆さん、裏切り者を見つけてください」ひかりは続ける。「そして、神の裁きを実行してください」


 400人の信者が、一斉に私を見つめた。


 その目には、殺意が宿っていた。


 私は完全に包囲された。


 逃げ場はない。


 明日、私は神さまごっこの最初の犠牲者になる。


 親友の伊織も含めて、400人の敵に囲まれて。


 私は絶望した。


 神のふりをした化け物に、ついに追い詰められた。


 もう、助かる道はない。


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