ラスボスが登場して

4-1

『ごちそうさまでした』


 楽しい楽しい夕食の時間が終わった。一日三食も食べていた現代人からすれば、正直物足りないという気持ちがあるけど満足感の方が大きかった。

 やはり現代的な食事を口にできたことに起因するだろう。それにみんなと一緒に食事をしたというのも理由の一つだ。

 ……ちなみにバッタのつみれのことは脳内から完全に消し去っている。


「そろそろ暗くなりますし、寝る準備しないとですよね」


 何だかんだ言ってカレーは夕食になってしまった。現代社会であれば夜だって明るいが無人島ではそうもいかない。日没すれば真っ暗だ。


「え、俊介さんってお風呂入らない人なんですかぁ。だめですよ、ちゃんと体の汚れを落とさないとぉ」

「いや、普段なら入るけどね!? 無人島では仕方ないでしょ!?」


 優ちゃんの指摘はもっともではあるけど……。

 いくら俺でも風呂には毎日入っていた。もちろん今だって推しの配信者や可愛い女の子達に囲まれているし、できることなら風呂に入りたいさ。

 でも、ここは無人島。川の水などで水浴びはできるかもしれないが、人一人が浸かることができるお湯なんて————


「チッチッチ。それがですね、あるんですよぉ! この近くに温泉が!」

「マジで!?」


 それが本当ならこれ以上に喜ばしい話はない。

 一日ぶりの風呂が温泉なんて、これ以上の贅沢があるだろうか。


「はい! この島に来て数少ない楽しみは温泉に入ることだったんですよぉ! ここから五分くらい歩いたところにあります!」

「よし、すぐにいこう! 俺が優ちゃんの背中を流すよ!」

「男女別に決まってるでしょ! どさくさに紛れて何言ってるの、江古田くん!」


 チッ、バレたか。いやまぁ普通にバレるか。


「あはははー、水着があれば一緒に入ってもよかったんですけどねぇ」


 優ちゃんは蠱惑的な笑みを浮かべる。

 ……年下の女の子が浮かべる大人びた表情好きです。

 ぐぬぬぬ、水着さえあれば……そうだ!


「鷺ノ宮!? このへんに水着をドロップするモンスターはいないか!?」

「仮にいたとしても絶対に教えないから!」


 読者の皆様(だれ?)申し訳ございません。

 どうやらこの話水着回できないみたいです。いやはや今時、水着回がないなんてラブコメとしてどうなんでしょうね!?

 思い返せば、浴衣イベントもコスプレイベントも発生しないじゃないか。なんならメンバーも鷺ノ宮以外は制服じゃないしさ! 登場人物が高校生なのに制服立ち絵すらない!


 ……大丈夫か、こんな感じで天界に住まう神々を楽しませることができるのか。

 仕方ない。主人公の俺が一肌脱いでやろう。


「じゃあ、優ちゃんとの風呂は諦めるかぁ。うん、まぁ、風呂に入れるだけ有難いよ。そうだ、せっかくだし一番風呂は女子達で先に入ってきたらどうだ?」

「……やけに素直に引き下がるのね。何を企んでいるの江古田くん?」

「ははっ! ないものはどうしようもないさ。それに俺はジェントルマン・俊介に生まれ変わったんだ。レディーを尊重・優先するのは当然のことさっ!」


 俊介・イケメンボイス(自称)で疑り深い鷺ノ宮に応じる。


「どうも胡散臭い。……まさか、覗きを企てているんじゃ!」

「ははっ! そんなことしないさっ! 近づいて僕の目を見てくれ! これが嘘をついている人間の目か? 鷺ノ宮、僕を信じてくれ!」


 まるでこれまでの悪事に関する記憶を全て失っているような物言い。それもそうさ、俺はジェントルマン・俊介に生まれ変わったんだからな。

 覗きなんてそんな下劣なことはしない。だいたい、覗きは歴とした犯罪行為。

 フィクションではお茶らけた様子で描かれているが、現実でそれをやるのはどうかと思うな。女性の気持ちを一切考えていない。

 そういった歪んだ性表現が相手にどのような感情を与えるのか、ちょっと頭を使えば誰にだって簡単に理解できるだろう。


「そ、そこまでいうなら……。じゃあ、女子から先にお風呂いただくね。えーと、渚くんはどうする? あたしたちと一緒に入る?」

「いや、さすがにそれは悪いよ。気を使ってくれてありがと、咲ちゃん。ボクは俊介とお風呂でイチャイチャするからさ」

「それならよかった……ってよくない! 二人が一緒に入るのは禁止だからね!? あ、もしかして、渚くんと一緒にお風呂に入ることが江古田くんの目的だったんじゃ!?」

「ははっ! それも違うって。ごめん、渚。やっぱり肉体的には同性同士とは言ってもな、さすがに渚と一緒に入るわけにはいかないさ」


 それは鷺ノ宮の勘違いだ。俺は渚のことを異性のように感じてしまう部分が少なからずある。だからこそ、こういう場面ではしっかり線引きをするべきなのだ。


「えー、ボクは気にしないのにー! むしろ俊介と一緒に入りたいのにー!」

「悪いな、渚。俺はジェントルマン・俊介に生まれ変わったんだよ」

「……うん、どうやら本当に江古田くんには下心がないみたいね。じゃあ、申し訳ないけど、あたし達三人が先にお風呂いただくね」


 そう言って、鷺ノ宮、秋津さん、優ちゃんはお風呂の方に向かっていく。

 拠点からまっすぐ坂を登っていったところに温泉があるということらしい。さて、三人が帰ってくるまで大人しく待つか……。


「ふふふ、計画通り(二チャァァァ)」

「これからはジェントルマン・俊介になると言ったが————あれは嘘だ」


 主人公のこの俺が、ラブコメの必須イベントである『風呂覗き』をやらないわけにはいかないだろう、お約束ってやつを考えるとな。

 覗きは歴とした犯罪? そんなことは分かっている! 

 女性の気持ちを一切考えていない? ああ、そうだよ! 


 だけどな、やはり古き良き伝統は守らないといけない。主人公は女風呂を覗かないといけないんだ。かかってこい、表現規制者ども。今回の俺は本気だぜ。

 本気と書いて読み方は「マジ」だ。

 これは表現の自由を守る戦い。ここで俺が負けるわけにはいかないんだ。


「いかせないよ、俊介」

「……やはり、そう簡単にはいかないか」


 そんな俺に立ちふさがるのは男の娘である渚だった。


「どいてくれ、渚。誰がなんと言おうが俺は女子風呂を覗く」

「ジェントルマン・俊介になるんじゃなかったの?」

「いや、そもそもジェントルマン・俊介ってなんだよ」

「自分で言い出したことだよね!?」


 だいたいジェントルマンの対義語が江古田俊介なんだから、この二つの名詞をくっつけることに無理があるってものだ。


「渚。考えてもみてくれ。ラブコメ主人公が女風呂覗きする、これは定番イベントだろ? もはややらないほうが不自然だと言ったほうがいい」

「俊介のその自分が物語の主人公って発想、正直イタイと思う……」

「ぐはっ!」


 あまりに鋭すぎる指摘に心がえぐられる。三○○○ポイントのライフダメージ。ちなみに元々のライフ四○○○ポイントです。アニメ版スタイルでいきます。

 ……うん、そりゃ渚の言うことはもっともだけどさ。やっぱり、自分が人生の主人公って思いたいじゃん?


「それに風呂覗きってシンプルに犯罪でしょ? 仮に俊介の物語を書籍化するとしてさ、それに影響を受けて真似する人が出てきたらどうするのさ」

「それは果たして作品のせいなのか? 作品は作品。あくまでフィクションだ。問題なのはその行動を起こした人間であって、作品を引き合いにだすのはおかしいだろ。そんなことを言い出したら何も表現できなくなってしまう!」

「えーと、今まさしく俊介がそのフィクションに影響を受けて、犯罪を犯そうとしていることについてツッコまないほうがいいのかな……」

「うっ……」


 ブーメランが自分自身に突き刺さっていた。

 ぐうの音も出ない、とはまさにこのことである。


「まぁ、仮にだよ? 俊介の行動が神様……言うなれば作者によって決められているとしてさ。風呂覗きって描写は必要性あるのかな。俊介は定番なんて言うけど、時代はどんどん巡っていくわけでさ。過去の常識が今の常識ではないわけでしょ。例えば『源氏物語』なんて主人公の光源氏が様々な女性と関係を持っていくって話だけど、これを現代でやろうとなれば女性軽視と捉えられかねない内容で、現代人に受け入れられないと思う。


 もちろん歴史の事実として描写する場合には合理性はあると思うけどね。

 つまり何が言いたいかと言えば、偏に『表現の自由』といっても、創作物には否応なく現代的な価値観や時勢は反映されるってこと。事実としてね。

 今、女性の性的搾取なんて問題が取り沙汰されている世の中で、わざわざ風呂覗きを描写する必要ってあるのかな?」

 凄まじいセリフ量で諭される。


 ……というか、なんで俺と渚の討論番組みたいになってるんだ。

 もう何が何だか自分でも訳分からなくなってきたけど、とりあえず俺も俺で言いたいことを言うことにする。

 この世に絶対的なものがない以上、渚の見解も一つの見え方に過ぎないのだから。


「まぁ、正論だな。渚の言っていることはある意味で。もちろん創作物は誰かに見られることを前提にしているわけだから、事実として規制や表現の修正は受け入れる必要があるだろう。もし本当に自由に表現したいのであれば、誰にも見せなければいい話なのだからな。


 だが、最初からビクビクして現代的な価値観に迎合するのは違うと思う。

 その現代的な価値観だって絶対的なものではないのだから。渚の言葉をアレンジするのなら、今の常識が未来の常識ではないってことだな。


 創作物にはエンタメを提供するという一面もあるが、同時に現代の価値観に一石を投じるという一面もあると思っている。だからこそ、議論をするべきだ。これはダメと一蹴するのではなく、なぜダメかを考える。作者と読者がともに価値観をぶつけ合う。新しい価値とはその中で生まれていくわけで、だからこそある程度の『表現の自由』は担保されるべきだと思っている」

 渚と同じくらいのセリフ量で自分の考えを述べる。


 ……なんかもう議論のための議論みたいになっていて、なんか本筋から色々とズレているような気がするんだが。


「いやさ、俊介の言わんとすることはわかるけど、一つの創作に対する考えってことでね。けど思い出してほしいのは、ここが現実世界ってことだよ。俊介が言っていることは、現実世界で風呂覗きをしていい理由にはならないよね。なんか視点がごちゃごちゃというか」

「……お、おっしゃる通りです」


 結論。

 フィクションでの女子風呂覗きには賛否があるが、現実での女子風呂覗きはただの犯罪行為ってことです。

 仮に俺の人生が書籍になっているとしても、今現実を生きている俺にとっては目の前のことがすべて現実であるのだから。


 ……まぁ、思い返せば、何度か人前で全裸になっているのも犯罪っちゃ犯罪なんですけどね。公然わいせつ罪ってやつですな。うーん、線引きって難しいです。

 フィクションでも現実でもグレーなものってありますよね。

 現役大学一年生がお酒を飲んでいいのか、麻雀で金銭をかけていいのか、車もない田舎の横断歩道で赤信号を守る必要があるのか。

 いや守らなきゃダメなんですけどね、もちろん。


「けど、あれだね。もしここが創作の世界だとしたらサービスシーンは必要だよね」

「う、うん。まぁな?」


 渚はこれまで覗きには反対の立場だったのになぜか協力的になる。その変わりようにどうしても面食らってしまう。……何が目的だ。


「お風呂覗きシーンがなぜ必要なのかって言えば、要はヒロインたちの裸を描写したいってことだよね? それに湯けむりでいい感じに大事なところも隠せるし」

「目的としては概ねそうなるのかな……?」


 あとはヒロインの怒った反応を見るとか、お調子者の主人公が痛い目にあうとか、もしくはヒロイン同士の内緒話を聞けるとか、そんな側面もあるな。


「ということで、ボクが文字通り一肌脱ぐよ! だから俊介! 僕と一緒にお風呂に入ろうよ!」

「そういう魂胆か! それは却下だ!」

「大丈夫大丈夫。何もしないからー」

「いや、それは何かをしようとしている人間の顔だ! とにかくダメだ!」


 渚は悪巧みをするいたずらっ子のような笑みを隠せていない。

 一緒に入ったらまず間違いなく一線を越える。


「えー、じゃあ俊介のお風呂こっそり覗いちゃおうかなー」

「人の風呂を覗くなんて最低だぞ!」

「いや、俊介が言わないでよ……」

「うん、間違いない!」


 はい、ということですみません。女子風呂覗きパートはなしです。

 もしも俺を主人公にしたラブコメがあったとしたら、たぶん絶対に売れないなんだろうなぁ、と思いました。

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