3-10
「江古田くん、ほら座って。これ以上、秋津さんを待たせるのは可哀想でしょ」
「わるいわるい」
俺以外の四人は大きな丸石を椅子代わりとして、焚き火を囲むような形ですでに着座していた。丸石は全部で五つあり、残る一つには誰も座っていない。
これが俺の席ということだろう。……よかった、もしも『お前の席ねぇから!』とか言われたら、俊介泣いちゃいます。
鷺ノ宮に促されるまま丸石の上に掛けた。わお、ひんやりする。
「じゃあ、俊介も来て全員揃ったことだし、食べましょうかー!」
「ゆう、こんな大所帯でご飯を食べるなんて久しぶりですぅ」
「カレェェェ……カレェェェ」
「うわぁ! 朱利さんが化け物みたいになってるよ!」
渚も優ちゃんも、秋津さんはあれだけど……みんな上機嫌だった。
娯楽が全く無いこの島では、食事も一つのエンターテイメントなんだろう。かくいう俺も明らかに気分が高揚している。
こんなに『食べる』ことを楽しみだと感じたのは久しぶりだった。
「ほら、みんな。食べる前に言うことがあるでしょ」
……お母さんかよ、鷺ノ宮。
いや、でも、大事なことだよな。社会から遠ざかってしまった俺たちだからこそ、社会規範をきっちりと守る必要がある。
たったそれだけのことで『誰か』を感じられるから。
『いただきます!』
腹の底から声を出した。
生きていること、誰かと一緒にいれること、そのすべてに感謝して。
「マジで、うまそう……」
あらためて、目の前に置かれた料理に感動してしまう。
まずは焼き芋。鷺ノ宮との狩りで入手したサツマイモが、ホクホクで美味しそうな焼き芋に進化していた。黒く焦げた皮の内側には黄金色の身がぎっしり詰まっている。
気になって渚に作り方を確認したところ、『空き缶にサツマイモを入れて、熾火でじっくり焼くだけだよー』とのことだった。
渚は平然としていたが、こういったサバイバルの知恵はシンプルにすごい。
俺もある程度は料理ができるし、調理器具さえ揃っていれば(電子レンジとか)焼き芋くらいなら簡単に作れるが、この状況下で限られたリソースを使って作ることはできない。
これから、こういう渚の機転には助けられそうだ。
そして最後にメインのカレー。残念ながらルーだけで米はない。だいたい、この状況下でカレーを食べられること自体が奇跡みたいなものだ。文句などあるわけない。
カレーも空いた五○○ml缶の中で作られたもののようで、上部分が雑に切り取られた空き缶(切るものがないからしゃーない)の中から茶色くドロっとしたカレーが顔を出していた。
……いや、ほんと、空き缶さまさまだな。
無かったら詰んでたな、マジで。
この島ではちょっと探せば、ペットボトルやアルミ缶に入った飲み物が手に入るからな。おかげでアルミ缶の入手にはそんなに苦労しない。不幸中の幸いってやつだ。
そんなこんなで、入っている容器は見慣れないものだがカレーはカレーである。具材は先程ゲットしたこんにゃくや里芋、わずかだが魚の切り身が入っていた。
以上。焼き芋とカレーの二品。
付け合わせとしてはなんとも言えないが、そんな贅沢は言ってられないし、何よりも作ってくれたみんなに対して失礼だ。今は食べられるだけ有難い。
ムシャムシャムシャ。そんな擬音が聞こえそうなくらい勢いよく食らう秋津さん。
渚と優ちゃんは秋津さんと比べたら落ち着いている方だが、それでもガツガツと食事を口に運んでいる。一心不乱といった感じだ。
三人の様子を観察してると、鷺ノ宮と目があった。
「もうすっかり夕食になっちゃったね」
「だな」
俺たちは二人目を合わせて静かに微笑んだ。
手のかかる子どもたちを見守る両親のような心境だ。……いやまぁ、この中だと秋津さんが一番年上なんだけどね? なんなら秋津さんが一番子供っぽい。
「ほら、江古田くん食べないと冷めちゃうよ」
「そういう鷺ノ宮だって」
俺たちは互いに顔を見合わせるままで、まだ食事に手をつけていない。
なんか先に食べた方が負け、ではないがなぜか牽制しあっている。
「じゃあ、せーので食べましょう」
「わかった、せーの」
『…………なんで食べないんだよ(のよ)!』
謎に意地を張ってしまう、俺たち。もういい加減に腹が減った。
「もう、俺が我慢できん! 食う! いただきます!」
「……っ! あたしも! いただきます!」
結局、ほとんど同じようなタイミングで食事を始めた。
最初に口にしたの焼き芋。勢いよくかぶりつく。
「はふ……はふ……」
出来立てのアツアツであやうく火傷しかけた。みっともなく口の中の熱を逃がす。
けど、うまい! 芋のほんのりとした甘さが疲れた体全体に満ちていく。じんわりと体が暖かくなって、脳が活性化するような感覚があった。
こうなったらもう手が止まらない。ガツガツと芋を口に運ぶ。……俺も渚、秋津さん、優ちゃんのこと言えないや。
チラッと鷺ノ宮の方を見ると、概ね鷺ノ宮も同じような状態だった。
「(さて、最後の焼き芋を……っていかんいかん)」
あっという間に焼き芋を一つ平らげ、二つ目にいこうとしたところで自分を律する。
ラスイチの焼き芋は絶対にカレーと一緒に食べるべきだ。
よし、まずはカレー単体で味わうか。箸しかないので飲むしかない。
カレーは飲み物、ではないけど致し方なかった。
容器のふちの部分……というよりかは切断面は場所によっては鋭く尖っているので、唇を切らないよう慎重に口をつける。
「うみゃああああああああああああ!」
カレーが美味いのは知っていたけど、これほんとにカレーか?
もうなんか旨すぎて本来のカレーが分からなくなってしまった。一瞬、これ合法な食べ物なのか、と疑ってしまうくらい。『食ってみな、飛ぶぞ』とはまさにこのこと。
すかさず、焼き芋にカレーをつけて食してみる。
「アヘ……アヘ……」
やばい、あまりの美味しさにアヘ顔をしてしまった。
最初に付け合わせとしてはなんとも言えない、なんて評した自分を殴りたい。炭水化物とカレーの組み合わせは神が生み出した方程式といっても過言ではない。
さて、お次は具材いってみよう。
優ちゃんが作ってくれた箸を使い、こんにゃく、里芋、魚を順番に口の中に運ぶ。
「ピース……ピース……」
いけね、あまりの美味しさにアヘ顔ダブルピースをしてしまった。
こんにゃくのぷるぷるとした食感、里芋のねっとりした味わい、魚の切り身から出る脂、これらを包み込むようなカレーの程よい辛さ、そこには宇宙秩序(コスモス)があった。
なんだろう。あの、美味すぎるのやめてもらっていいですか?
正直な話、しっかりと味わって食べていたのはここまで。それからはもう脇目も振らず体が求めるままに食事をしていた。
「あれ?」
そしたらさ、いつの間にか泣いてるんだよな。
生暖かい液体が目尻から頬を伝わり、口の中に入ってようやく気が付いた。
「あはは、俊介なんで泣いてるのー?」
「なんでだろ……。ほんとにな」
自分でもよく分からない。渚に笑われるのも無理ない……ってあれ?
「というか、そう言う渚も泣いてるじゃんかよ」
「いやいや、そんなこと……ってあれ?」
俺のことを揶揄った渚だが、どうやら自分も泣いていたことに無自覚だったようだ。
ぐすんぐすん。
すすり泣く声が四方からも聞こえてくる、————よく見ると全員が泣いていた。
「なんでみんな揃って泣いてるんですかっ……」
ただカレーを食べただけなのにさ。
全員が全員泣いているので逆に笑えてきた。
「あ、あたしは別に泣いてないし!」
「そんな目を真っ赤にして言われても」
なんなら鷺ノ宮が一番泣いているようにも見える。
この無人島で一週間近く優ちゃんと二人で生き抜いてきたんだ。これまで弱音を吐くこともできなかったに違いない。それが一気に溢れ出したような形だ。
……これからはそんな彼女の苦悩も一緒に背負っていきたい、そう思った。もちろん、恥ずかしくてそんなことは口にしないけど。
「ゆう、はじめてです。こんなワイワイしながらご飯食べるの。こんな場所だけどみなさんに出会えたことには感謝したいです……!」
「わたしもよ。大好物を大好きな人たちと食べられて嬉しい」
「優……秋津さん…………うえええぇぇぇん!」
二人の言葉を受けて、鷺ノ宮はついに声を出して泣き始めた。
さすがにもう、泣いてないなんて言い訳を口にすることもできないレベルだ。
————優ちゃんも秋津さんはすごいな。俺みたいな人間が恥ずかしいと感じてしまうことを堂々と口にできるところが。俺に足りない実直さを持っている。
そして、こういうまっすぐな想いに俺や鷺ノ宮みたいな人間は弱い。
俺の涙腺も緩みに緩みまくって、唇を必死に噛み締めることで涙を堪えた。
今はここまで頑張ってきた鷺ノ宮が泣くべきだ。
俺なんかが大泣きすることは許されない。それに一応、俺も男の子なんで。多少は格好つけないと(手遅れ感はあるけど)。
それからみんな泣きながら黙々と食事を続けた。
「……ぐす……ぐすん。江古田くん、渚くん、秋津さん、優。……その、なんだろうね。これから一緒に頑張っていきましょうね」
ようやく落ち着いた鷺ノ宮が口にしたのは、今の俺たちに一番必要な前向きな言葉だった。
全員が集まってからまだ一日も経過していない。
だけど、同じ釜の飯を食べ、想いを吐露し、感情を共にした俺たちの間には第三者からは理解しがたい強固な絆のようなものがあった。
「……あぁ、頑張っていこうぜ。みんなで無事に帰ろう!」
だから、俺もその絆に応えたいと思った。秋津さんや優ちゃんを見習って、自分が思ったままの言葉を口にした。余計なことは考えずに率直な気持ちを。
「よし、ボクも頑張るぞー!」
「えいえいおー」
「帰ったらみんなでオフ会やりましょー!」
反応は三者三様ではあるけど、渚たちにもきちんと気持ちが伝わったみたいだ。
絶対に、誰一人も欠けることなく、日本に帰る。絶望的な状況下でも一人じゃないから、みんながいればなんとかなる……そんな風に思えた。
「あ、そういえば江古田くん」
「どうした、鷺ノ宮?」
全員の士気が高まったところで、鷺ノ宮は何かを思い出したように話しかけてきた。
「”これ”食べるの忘れてない?」
鷺ノ宮が指し示すのは焚き火の横に置かれた緑色の塊。
……俺にはその正体がすぐに分かった。やばい、完全に失念していた。
「あー、なんかお腹いっぱいだなー!」
「だめよ、江古田くん。せっかく秋津さんが作ってくれたんだから」
あ、悪魔だ……! 自分が食いたくないからって……!
緑色の塊の正体は————はい、バッタのつみれです。おえぇ。
バッタなめろうはさすがに無理なので、秋津さんになんとか火を通してもよいかと交渉した結果、生まれた産物がこのバッタのつみれだった。
ちらりと渚と秋津さんの方を見ると、二人は当然のように”なめろう”を食べている。
ふぅ……やれやれ。こいつらやっぱイかれてやがるぜ。
「なぁ、鷺ノ宮。一緒に頑張るって話は?」
「……やっぱりさっきの言葉取り消しで」
「薄情な!? 俺の感動を返して!?」
仲間っていいな、なんて思い始めていたところにこの仕打ち。
マジで人間不信になりそう。雛◯沢症候群を発症してもおかしくない。
「ほらほら、あたしがあーんしてあげるから」
「シチュエーションは嬉しいんだけどね!?」
女の子にあーんしてもらうは童貞男子憧れシチュエーションの一つではあるが、食べさせられるのがバッタのつみれを食べるとなったら、それはもう話が別だ。
「江古田くん、覚悟は決まった?」
「……いいよ、もう自分のタイミングで食べるからさ。でもこれだけは言わせてほしい。————せめて最初に食べさせて欲しかったー!!!!」
カレーの感動を上書きする形でバッタのつみれを味わうことになった。
味については……言うまでもないよね?
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