第21話 奈保美の家

 麦島奈保美の家は一軒屋で結構広そうだ。今はご家族は出かけているらしい。


「ただ、一時間ぐらいで帰ってくると思うから」


「そうか」


「だから早めに済ませたいな」


「え、何を?」


「だから……恋人らしいこと」


 そう言って、麦島さんは俺に抱きついてきた。


「麦島さん……」


「奈保美って呼んでよ。恋人でしょ」


「そ、そうだね、奈保美」


「政志、大好き……」


「ほんとか?」


 俺は奈保美の気持ちがどこまで本当なのか、まだ信じ切れていなかった。


「本当よ。証明しようか?」


「どうやって」


「政志の好きにしていいわよ」


 そう言って奈保美は俺を見つめ、目を閉じた。


 これは……でも、いいのだろうか。奈保美は俺と付き合いだしたが、高田さんが俺の好意に答えるようなら身を引くと言っている。だから、奈保美とは言わばお試しの関係だ。そのような立場で奈保美に対してこういうことをするのは、許されない気がした。


「ごめん、ヘタレで」


 俺は言いながら奈保美の体を離した。


「それって、何もしないってこと?」


「まだその時じゃないと思う」


「そう……じゃあ、その時はいつか来るの?」


「わからない……」


「まだ有佐のこと、忘れられないんだ」


「……でも、忘れたいとは思ってるから」


「そう。でもハグはいいでしょ? もうしちゃったんだから」


「……そうだな」


 俺と奈保美は再び抱き合った。


「しっかり、反応してるけど?」


「そりゃ、奈保美を好きな気持ちも嘘じゃ無いから」


「そうなんだ。一方通行かと思ってた」


「そんなことないよ」


「……大丈夫? 苦しいならいつだって――」


「いや、大丈夫だ」


 俺は奈保美は引き離して言った。


「奈保美、ありがとう」


「どうしたの?」


「いや……ハグをしたときは幸せだったから」


「そっか。少しは癒やせたかな」


「うん……」


「私は何でもしてあげるよ」


「……ちょっと待ってくれ」


「分かってる。でも、ちょっとしか待てないよ」


 そう言って奈保美は頭を俺の肩に預けた。


 しばらくそうしていたが、いつの間にか時間が経っていたようだ。


「もうそろそろ親が帰ってくると思う」


「わかった。じゃあ帰るな」


「うん。気を付けて」


 俺は慌てて自転車に乗り帰った。


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