模倣騎士、28
静寂の中心、アヤメがゆっくりと杖を掲げた。
光の祭壇を背に、魔法陣の輝きが彼女の足元から広がっていく。
仲間たちは彼女を守るように半円を描き、敵の猛攻を全力で食い止めていた。
アヤメは、目を閉じて深く息を吸い込む。
「遥かなる黎明より継がれし魂の絆、今ここに交錯せよ――
精霊たちよ、眠りより目覚め、我らが名を記せ。
舞い踊る風よ、護りの盾となれ。
照らす光よ、心の芯を貫け。
燃え盛る火よ、我らの意思を高めよ。
潤む水よ、命の底から力を湧かせ。
これぞ盟約、聖なる四元の交響――!」
詠唱と同時に、空気が震える。
分裂ランタン精や幻影ゴーレムが、狂ったように彼女に迫る。
だが――
「ここは絶対、通させない!」
照人が剣で道をふさぎ、つかさの風が敵を吹き飛ばす。
みつきの閃光が、視界を真っ白に染め上げる。
「……もうちょっと……あと数行っ……!」
アヤメは震える声で、それでも一文字も噛まずに詠唱を続ける。
「その名は――『祝祷連環(セレスティアル・リィンク)』!!」
――その瞬間、
天の彼方から七色の光輪が降り注いだ。
眩い祝福の光がパーティ全員を包み込む。
空気が変わる。心臓が跳ね上がる。
筋肉に力が満ち、反応速度が一段階上がる。魔力も脳も、すべてが研ぎ澄まされていく。
「……これが、アヤメの……支援魔法……!」
柊が、思わず息を呑む。
「これ、マジ……すごっ……!」
綾がキラキラの瞳で手を握る。
仲間たちが互いに顔を見合わせ、
「今だ、やれるぞ!」
「押し返す!」
「最高のバフ、きた――!」
――照人が、剣を高く掲げて叫ぶ。
「ここから、逆転だ!! みんな、いくぞッ!!」
「「「おおおおおお!!!」」」
光に満ちた湖上の庭園に、勝利への咆哮が響き渡る――!
アヤメの「祝祷連環(セレスティアル・リィンク)」が発動した瞬間――
世界の色が変わったような錯覚が広がった。
照人の剣が淡く光を帯び、みつきの魔法は輪郭までくっきり輝く。
つかさの風も、音を残してしなやかに吹き抜ける。
体が軽い。意識が澄んでいる。
パーティ全員が“覚醒”したかのようだった。
「全員、押し返せっ! ここで決めるぞ!」
照人の声が、場を叩くように響く。
「今度はこっちのターンだよっ!」
みつきの光閃が分裂ランタン精の群れを一閃。きらめく閃光が湖上を焼き払う。
「風刃・連斬ッ!」
つかさの両手が小さな魔法陣を描き、風の刃がゴーレムたちを鮮やかに切り裂いていく。
「ふふん、アタシの炎もまだまだ燃えるよっ!」
綾の詠唱とともに、爆炎が敵の集団を一気に呑み込む。
「ナイス支援、アヤメ!」
「アヤメちゃんすごーい!」
みつきと綾が、弾けるように笑いながら駆け寄る。
アヤメは顔を真っ赤にして、両手をぎゅっと胸元で握りしめる。
「えへへ……で、でも、もっとカッコよく決めたかったなーっ!」
「充分カッコよかったよ」
柊が笑って肩を叩き、赤坂も「これだけ決まれば十分……」と静かにうなずく。
その一体感と高揚感のまま、
ミームカンパニーの反撃は、最終局面へとなだれ込んでいく――!
湖上の浮島、その最奥。
“星燈の守人”――眩い光の甲冑に包まれた巨大なボスが、ただ一人、縁の前に立ちはだかる。
誰も寄せつけぬ重圧。
空気がビリビリと震えるような、極限の静寂。
縁は深く息を吐き、ハルバードをゆっくりと構え直す。
アヤメの支援魔法を受けた全身は、今までになく光を纏っている。
「……鎧武者、ってのはな。全部受けて、全部返す。それが型だ」
相手の剣が一閃、目にも止まらぬ速さで振り下ろされる――が。
「俺の前を――通るな!」
縁の脚が一歩、前へ。
ガギィンッ――!
甲高い音が響き、守人の一撃を真正面から受け止め、押し返す。
「ッらあああああっっ!!」
ハルバードの柄を回し、下段から斬り上げ!
その勢いのまま宙を舞い、反転しながら、渾身の落下突き――
「喰らえっ……これが、俺の全力だああああ!!」
――ズドン!!
一瞬、時が止まったような静寂。
巨大な守人がぐらりと揺れ、大地を割る轟音とともに、崩れ落ちた。
「……勝った、のか?」
誰かの呟き。
その直後――
「縁くん、やっば!!」「マジでカッコよかった!」「やった、ボス撃破だ!!」
歓声が沸き起こる。
思わず拍手する者、抱き合う者。
みつきが目を潤ませ、アヤメが拳を振り上げる。
柊がポツリと照人の肩に漏らす。
「……あれは、見惚れるな。くっそ……!」
「ナイス、縁! あとアヤメちゃんもな!」
「うん、アヤメちゃんも最高だったよ!」
「え、えへへへ……そ、そう? ふふふん♪」
そして照人が、一歩前に進み、空に拳を突き上げる。
「――これで! 第六区画、制覇だ!!」
「「「おおおおおっっっ!!!」」」
湖上に響く、仲間たちの咆哮。
新しい伝説が、この瞬間、始まった――。
照人が息をひとつ吸い、仲間たちの前に左手を掲げた。
静かな湖面の光を受けて、その手の甲に淡い青白い《星燈印》がふわりと浮かぶ。
「……見てみて。これ、全員もらえてるはずだよ」
照人の言葉に続いて、アヤメ、綾、赤坂、つかさ、柊、縁──
みんなが順番に自分の手の甲を見せ合う。
一人、また一人と。
淡い光が、静かにロビーの明かりを照らす。
その場に立つ八人――
手の甲に、同じ星の印。
「これが……《星燈印》……!」
アヤメが、声を弾ませながら呟いた。
「“完全踏破”の証か……なんか、ほんとに冒険者って感じだね」
みつきもそっと自分の手を見つめる。
「これで……二つ目か」
柊が感慨深げに言う。その声は、いつになく真っ直ぐで静かだ。
普段は皮肉や理屈ばかりの柊が、素直に自分の達成を噛みしめている――
その横顔に、誰もがふっと微笑んだ。
「なーんか、みんなカッコつけてるし!」
綾が笑いながらツインテールを弾ませ、
「でも……やっぱ最高だよね、こういうの!」と胸を張る。
「うん……また、増やしていこうな」
縁が大きな手で照人の肩を叩いた。
星燈の結晶が、静寂の中ふわりふわりと舞い落ちてくる。
湖面近くでキラキラと漂い、空気まで幻想的な輝きに包まれていた。
「うわっ、結晶逃げる! 待ってーっ!」
アヤメがひとつの結晶を追いかけ、思わず足場の上をツルリと滑る。
「アヤメちゃん、危ないってば!」
つかさが慌てて手を伸ばし、バランスを支える。
「あっ、あっちも流れていく!」
今度はみつきが小さく叫びながら、杖を片手に結晶を追いかける。
「水面ギリギリ、ギリギリ――あっ、と、取れたーっ!」
思いきり飛びついた勢いで、みつきはぺたんと可愛く尻もち。
「あ、ちょ、また滑るー!てるとくーん!」
みつきが半泣きで助けを求め、
照人は苦笑しながら手を差し伸べる。
「だから気をつけろって……まあ、無事ならいいか」
その優しい声に、みつきは照れ笑いしながら手を取る。
柊はいつものクールな調子で、拾った結晶を光にかざす。
「……これ、かなり質がいい。今夜の分だけで結構稼げるな」
どこか満足げに微笑んでいる。
「だな。あとは割らないように気をつけろよ」
縁がハルバードを静かに地面に突き立て、一息つく。
大きな体に不釣り合いなほど丁寧な所作で、結晶を確認していた。
浮島の端では、つかさが静かに風の流れを読む。
手のひらを上げて、そっと風を呼ぶと――
「こう流せば……よし、寄ってきた」
散らばった結晶たちが、まるで命があるかのように集まってくる。
「おおっ、ナイスつかさ! 風水師、やっぱり便利だな!」
綾が感心した声で褒めると、
「え、えへへ……」とつかさが小さく照れる。
小さな騒ぎの中でも、どこか冒険の余韻と仲間同士の一体感が感じられる一幕だった。
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