模倣騎士、27

夜の帳を思わせる、蒼と銀の光が降り注ぐ湖上の浮島。

幻想と静寂が重なる、異界――ナイトコア。

その中心に、ひときわ異質な存在。

輝く甲冑をまとい、巨大な剣を構えた騎士――

星燈の守人(スターレイ・ガーディアン)が、無言で一同を睨み据える。



沈黙を破ったのは、火花の音と、天まで届くようなギャルの声――


「行っくよーッ!!」


綾 フォルシア《炎術師》

「―テンション爆アゲ、鼓動バクバク、メラメラ火柱、天までドーンッ!―『マジでBurn★Burn☆バッカーン!!』!」


空中に描かれた火輪が、派手に広がる。

炎の竜巻が唸りを上げて、ガーディアンの装甲を包み込む。

爆音と共に火花が四散、湖面すらきらめきで照らす。


「見た!? わたしの火力、チート級でしょ!? カワイさも火力もマシマシだし!」

綾は火花をバックに、どや顔でウィンク。


だが――

守人の巨体は、灼熱の中でも微動だにせず、その視線だけがギラリと綾を捉える。



その隙を突いて――


天野 鎧武者


「綾、そのまま押せ!ボスは俺が受ける!」

落ち着いた声で指示を飛ばし、縁は印を切る。


直後、鎧から立ち上る蒼いオーラ。

星燈の守人の気配が、一気に縁へと引き寄せられる。


「お前の相手は俺だ。あとは任せた!」


巨大な剣の一撃が唸りを上げて縁を襲う。

だが縁は動じない。鎧武者ならではの体捌きで受け流し、

ハルバードを巧みに操って、ガーディアンの脚部へと一閃。


「もう一歩も動くな……!」


衝撃で守人が体勢を崩す。が、すぐに大剣を振り下ろし反撃――


「おっと!」


縁が鮮やかなステップで横へ跳び、

巨体の剣が空を裂く。


「……よし、次!」


熱気、光、緊張――

幻想とバトルの幕が、鮮烈に切り開かれる。




湖上の幻想庭園――星燈の守人の気配に呼応して、

分裂型ランタン精(フラグメント・ランタン)、幻影ゴーレム(ファントム・ゴーレム)が波紋のように現れる。


雷吾戦術家

「来たな……!各員、展開開始!サークル2、敵背後のランタン、三体――斜め配置!」


指示が飛ぶたび、仲間たちは即座に動き出す。

柊の眼鏡越しに反射する光、その奥で戦況を完全に計算し尽くしていた。


「綾、正面!アヤメ、左側を援護!赤坂、ゴーレムは引き付けて足止め頼む!」


照人やつかさに素早く指示を出す柊。戦況は完全に掌握済み。

「照人、先行殲滅。アヤメ、右の詠唱ポジションへ。赤坂、罠セット急げ!」

次々と指示を飛ばし、戦場を操る柊。



江藤 アヤメ《詠唱士》

「短詠唱だって、気持ち込めれば大丈夫!いっけぇ――!」


杖を振るい、詠唱がほとばしる。

「燃え盛れ、小さき流星群――《メテオ・レインミニ》!」


細かな火の矢が雨のように降り注ぎ、分裂して散ったランタン精を一体ずつ撃破。

「やった、今日の私、結構冴えてる……かも!」


赤坂 罠師

「こっちも、静かに片付ける……こっちだよ、のろま――」

無表情で呟きながら、ゴーレムの足元にさりげなく滑り罠を仕掛ける。

鈍重な敵がバランスを崩し、よろめいた瞬間――


「つかさ、今だ!」


長谷部 つかさ《風水師》

「うん、流れが見えてる……!風切りッ!」


つかさの小さな掌から風の魔法陣がきらめき、放たれた風刃がゴーレムの頭部を直撃――

「やった……うまくいった!」


照人が一気に距離を詰める。

「了解、ここは俺の出番だ!」

浮島の縁を疾走し、そのまま宙を跳ぶ――


「斬ッ!」


光を纏った剣の軌跡が、ランタン精の群れを一直線に貫く。

破片が弾け、柊の声が重なる。


「みつき、今だ!後光入れて!」


杉下 みつき《光術士》

「わ、わかりましたっ!……ちょっとまぶしいかも、けど――!」


恐る恐る前に出て、掌を突き出す。

閃光魔法リフレクトフラッシュが爆ぜ、照人の背に後光が差すような光のベール。


「――うおっ、これめっちゃ見える!ナイス、みつき!」


敵が眩しさに目を潰されている隙、

照人が一閃!その剣閃が最後のランタン精を切り裂く。



「いける、このまま押し切ろう!」

照人の叫びが、湖上の戦場に力強く響く。


縁は星燈の守人を押しとどめたまま、一歩も退かずに睨みを利かせる。

「大丈夫だ……絶対、このまま終わらせる……!」


浮島を包む幻想的な静寂――。

でも、その中で仲間たちの連携は、今までで一番冴え渡っていた。

照人も心の中で確信する。

(……これなら、勝てる。みんながいるなら……!)


だが――


柊が、静かに状況を分析する。

「……よし、このペースで押し切れば、勝てる。今のうちにボスも――」


ふと、照人の視線がランタン精の残骸に向かう。


「……ん? おい、あれ……」


湖面に散らばった“ランタンの破片”が、淡く光り始める。

まるで心臓が脈打つように、ピクリと揺れる光。


「これ……もしかして……」


「分裂してる……?」


破片が細かく震え、そこから再び小さなランタン精がじわじわと増殖していく。


ゴーレムの影も、地面にじわっと滲み出すように膨れ、そこから“もう一体”幻影がにじみ出てくる。


「ちょ……数、増えてない!?」

アヤメが息を詰める。


「風の流れが……強くなってる。これ……敵、倍になってるよ……!」

つかさの声にも、焦りが滲む。


敵が、増えている――!


静寂の中で、小さな光の欠片が次々と命を持ち始める。

“第二波”が、静かに、でも確実に押し寄せてきていた。


照人がごくりと唾を飲み込む。

(ここからが……本番か――)


第六区画。星燈の湖の本当の恐ろしさが、ついに姿を現そうとしていた。




――崩れゆく均衡、静寂の庭に炎が舞う

先ほどまでの優勢は、一瞬の油断で崩れる。

倒したはずのランタン精が、分裂し、再生し、倍々に増殖。

幻影ゴーレムも光の残滓から姿を成し、数が激増していた。


「こ、こんなに……!? なんで、数がっ!」


みつきが悲鳴を上げる。


後方を守っていたアヤメや赤坂も、次々と敵の包囲に追い込まれていく。

風水師のつかさが必死に流れを読むも、多角的な包囲に対応が追いつかない。


「――チッ、前衛足りねぇ……!」

柊が焦り混じりに奥歯を噛みしめる。

分裂したランタン精とゴーレムの群れ――

攻撃の波は途切れることなく、後衛へとじわじわ押し寄せる。


「守りが……間に合わないっ……!」

みつきが杖を構えながら、後ろにじりじりと下がる。


照人も、浮島の端で数体の敵に囲まれ、孤立しかけていた。


「くそっ、もっと手数があれば――」


その時。


「もうっ、しかたないな――!」


綾が金髪ツインテをバシッと結び直し、炎の指輪を指でキラリと光らせる。

彼女の瞳が、ギラギラと戦意に燃える。


「焼き尽くす、焼き尽くす……燃やせばいいのよ! ド派手にね!」


「メラッメラの太陽、ギラッギラのネイル!!――ドラギャル☆インフェルノォ!!」


叫びと同時に、足元から紅蓮の魔法陣が駆け上がり、炎の竜が咆哮をあげて現れる!


「――吹っ飛べえええぇッ!!」


大地を叩き割るような轟音と共に、燃え盛る炎が分裂体を一気に飲み込んだ。

熱気が押し寄せ、浮島の一角が真っ赤に染まる。


「やっば……綾っち、ほんと爆発力だけは最強すぎ!」


アヤメも思わず目を丸くして見上げていた。


敵の動きが一瞬止まり、全員が息をつく。



「綾、ナイス!」


その声を残して、縁がゆっくりと歩み出る。

狙うは、中央――光の柱に鎮座する、巨大な甲冑の騎士星燈の守人


水のきらめきと星灯に照らされて、騎士の刃がきらりと光る。


縁はぐっと深呼吸をひとつ。

背に負ったハルバードを両手で構え――

鎧の上から、さらに魔力の鎧(オーラ)が、淡く青白く顕現する。


「遊びじゃないからな。俺も……そろそろ本気、出すぞ」


「来いよ、でかブツ――!」


カンッ!!


金属と金属がぶつかる甲高い音。

縁のハルバードが、守人の大剣を正面から受け止め、火花が走る。


すぐさま、縁が横薙ぎに反撃! だが、守人も重厚な体躯ごと剣で押し返してくる!


「……重っ……!」


一進一退――

騎士と鎧武者、真剣勝負の火花が湖上の夜空に散る。


その光景を横目で見ながら、照人が静かに息をのむ。


「……すげぇな……あれが、縁の“本気”か……」



綾の爆炎が一瞬だけ戦場を塗り替えた――が、浮島の上には、まだ分裂ランタン精と幻影ゴーレムの影が途切れることなく現れる。


「チッ、終わりが見えねぇ……!」

柊が額の汗をぬぐいながら、周囲を睨む。


後衛ラインはじりじりと押され、みつきと赤坂も必死に魔法と罠で応戦中。

照人も、動きが重くなり始めていた。

そして、縁と守人の一騎打ちは――互角。どちらも譲らぬ膠着状態が続いている。


「くっ……このままじゃ……」

照人が歯を食いしばった、そのとき――



「……みんな、お願いっ! 詠唱、通すからっ……!」


アヤメが、両手で杖をぎゅっと握りしめる。肩で大きく息を吸い、真剣な表情で叫んだ。


「今から詠唱するの、全体強化……!でも、詠唱中は無防備になっちゃうから――お願い、守って!」


彼女の魔法は、この場の全員を底上げする“祝福”――

だが、発動には時間がかかる。それまで、誰にも邪魔をさせられない。


「任せて!ぼくが敵引きつける!」

つかさが、前へ一歩踏み出す。


「光、照らすから……!」

みつきが、両手を組んでアヤメのそばに立つ。


「……俺が先頭、絶対通す」

照人が、真っ直ぐな瞳でアヤメを守る位置に構える。


赤坂も無言で罠を設置、柊が全体指示を飛ばす。


「全員、守り優先!今はアヤメの詠唱を最優先だ――!」


仲間たちが一斉に集結し、アヤメの周りに“守りの陣”を築く。


魔力が揺れ、空気が緊張に包まれる。



「風がざわついてる……右前方、来るよ!」


つかさが風の流れを読む。

湖上の空気がざわめき、右手前の浮島に白い閃光がほとばしる。分裂ランタン精が、ぬっと浮かび上がった。


「来させないっ!」


つかさは両手を広げ、足元の魔法陣を強く踏みしめる。

風の奔流――渦を巻く突風が敵の軌道を逸らし、仲間の列から引き剥がしていく。


「ナイス、つかさ! こっちは任せろ!」

柊が即座にフォローに回る。



「ま、眩しくするからっ……み、みんな目閉じてねっ!」

みつきが杖を構え、息を呑む。両手が小刻みに震える――けれど、その瞳はまっすぐ。


「フラッシュ・リフレクト!」

パァッと迸る閃光。

分裂ランタン精が光に包まれ、進行を乱す。


「っ、ごめん、ちょっと手元狂った……でも、光は絶対に届いてるから!」

みつきの声は震えていたが、その光だけは、誰よりも頼もしかった。



「前に出るのは……苦手だけど……このくらいなら」

赤坂が静かに、敵の死角へ滑り込む。


パチン、と音もなく足元にワイヤーを展開。

「――罠、踏め」

鈍重な幻影ゴーレムが足を取られ、バランスを崩す。

そのまま後続も巻き込み、複数の敵がまとめて足止めを食らう。


「赤坂、ぐっじょーぶ!」

照人が短く叫ぶ。



「ここは――絶対、通させない!」

照人が剣を掲げ、ぐっと一歩踏み出す。


ゴーレムの突進を正面から受け止め、衝撃を肩でいなす。

「っ、負けるかよ……!」

剣を横薙ぎに振りぬき、敵の足元へ一撃。巨体の動きが鈍り、陣形が崩れる。


照人は一瞬だけ振り返る。

「アヤメ、信じてるぞ……! お前の詠唱、通してみせるから!」


アヤメはそんな仲間の背中を見つめていた。

魔法陣の光が、静かに、しかし確かに膨れ上がっていく――

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