遊び人、素材から
異様にテンションの真坂先輩は、ピタッと動きを止めた。
「……マジ?」
「マジ、です。予算は……いまのところ、15万G。もし、それで収まるなら……」
「……は?」
空気が一変した。
「なあ、照人くん。わかる? モノ作るのって、ただの材料代だけじゃないんだ。頭使って、手を動かして、何度も失敗して――そうやって一つの武器ができるんだよ。これでも格安なんだよ、わかるぅ?」
「い、いえ……そういうつもりじゃ……」
「だったら最初から“それっぽい剣”を売店で買っとけよ! “変わったのがいい”とか言っておいて、金出せない? 戦う覚悟あんなら、道具にもちゃんと投資しろや!!」
怒鳴られた、というより、叩きつけられた感じだった。
言葉が出ない。胸がドクドクする。
でも、そんな俺の沈黙を見て、真坂先輩はふっとため息をついた。
「……まぁ、しゃーねぇ。1年じゃ採取物も限度あるしな。じゃあこうしよう」
そう言って、彼はメモ用紙をくしゃっと丸めてゴミ箱に投げた。
「素材は持ち込み。っていうか、むしろその方が燃える。ありきたりな市販素材じゃ、こっちもテンション上がんないし」
「そ、素材……?」
「うん。たとえば、ダンジョンで取れる“火打ち鉱”ってあるでしょ? 魔導鋼の原料になる低温融解金属。あれを少し。それから、視覚魔法系の“光閃樹脂”、少量。あとは……そうだな、演出重視なら“幻鳴石”! これ外せない」
「……それって、手に入る?」
「手に入る。ていうか、1年でも行けるエリアに出る。でも、ちゃんと狙って集めようと思うと、ちょっと骨は折れる。だから“安くなる条件”にしてんの」
そう言って、先輩――真坂 造理世はにっと笑った。
「もし揃えてきてくれたら、製作費込みで、15万ちょうどで仕上げるよ。俺の名前、覚えとけ。“真坂造理世”って書いて、“まさか・つくりよ”。武器職人、趣味は超絶かっこいい激渋な娘たちを誕生させることだ!!よろしく」
そのとき俺は思った。
――やっぱり、とんでもない変態に出会ったな、と。
翌日、訓練場の片隅で、俺は小さく息を吐いた。
新しい武器――それも、真坂造理世(まさかつくりよ)という、職人に依頼する話が現実味を帯びてきている。だが、問題は金だ。
「素材を持ってきたら割引してやるよ」
昨日、真坂先輩からそう言われたときは冗談半分かと思ったが、どうやら本気らしい。つまり、こちらが必要な素材を集めれば、十五万は到底無理でも、少しは現実的な価格でオーダー武器が手に入るかもしれない。
候補となる素材は――幻鳴石、火打ち鉱、光閃樹脂、そして魔導鋼。
頭の中で段取りを組んでいると、隣でハルバードを肩に担いだ天野が、ニヤリと笑いかけてきた。
「照人、武器の目途はついたのかよ」
「うん、まあ……勢いで。生産科の先輩につくってもらう」
「マジか?!オーダーメイドとか、かっこいいじゃねーか」
「予算不足で、素材とってこないとだけどなー」
苦笑しながら答えると、背後から神谷が声をかけてくる。相変わらず無表情で、静かな声だった。
「……灰の坑道の採取素材なら、魔導鋼が狙い目だ。電源石も出るが、あれは売って金にしたほうがいい。魔導鋼は汎用性が高い。武器でも防具でも、加工性と魔力伝導率が両立してる」
さすがの分析力だ。たしかに魔導鋼なら、ミームナイトの“演出型武器”にも相性が良さそうだ。
すると今度は、赤いヘッドバンドがトレードマークの村田が、軽く伸びをしながら笑う。
「ギアバグっていう鉄虫、見た目はちょいグロだけど斬り応えあるしな! レベル上げも兼ねて行くにはちょうどいいじゃん。金策にもなるし、俺らも付き合うよ」
俺は思わず顔を上げた。
「……本当に? 付き合ってくれるのか?」
「当然だろ。武器作るって聞いたら、協力しない理由がないしな!」
「それに、今のうちに素材の取り方も覚えといた方がいい」
そう言ってくれる三人に、自然と力が湧いてきた。
「助かるよ。ありがとな」
俺たちは、素材を求めて灰の坑道へと向かう。
新しい武器のために。
ダンジョン、灰の坑道。第三区画【空の坑室】
崩れた天井の隙間から、淡い光が差し込んでいる。
空――ダンジョンの中にいるはずなのに、見上げた先に蒼が広がっていた。
「……幻想的すぎて、逆に警戒するわ」
村田がぼそっと呟く。
その言葉の直後、地響きのような音と共に現れたのは、全身が泥と岩で構成された巨体――マッドゴーレム。そしてその周囲には、ゆっくりと浮かび漂う、鉱石のような物体たちが不規則に揺れていた。
「浮遊鉱石……来るぞ!」
天野の掛け声と同時に、戦闘が始まった。
神谷が瞬時に後方から補助スキルを展開。村田は前線でマッドゴーレムの攻撃を引き受け、天野は側面から斧を叩き込む。照人は、前線と後衛の間に立ち、状況を見ながら一呼吸。
「――模倣、《疾風突き》!」
体が自然に動く。かつて誰かが放っていた突き技を真似、スキルとして再現したもの。
浮遊鉱石のひとつに素早く距離を詰めて貫き、そのまま回避。
「次……!」
すぐさま構えを切り替える。
刃が一瞬だけ煌めく――これはもう、自分のオリジナルだ。
「《ミームスラッシュ》ッ!」
思念と剣が共鳴し、視覚に訴える軌跡を描きながら、閃光めいた斬撃が飛ぶ。空中を漂っていた鉱石が砕け、細かな破片がきらきらと光を散らした。
その一撃に、思わず村田が声を上げる。
「おお、なんか……今の、派手じゃなかったか?」
「ミームナイトだもんな、ああいうの映えるわ」
天野が笑いながら斧を担ぎ直す。
戦いの余韻が残るなか、神谷が小さく指差した。
「……あれ、光ってる。幻鳴石だ」
見ると、砕けた岩の内側から、澄んだ音を響かせるような光沢を持つ鉱石が転がっていた。
触れると、ほんのりと震える。まるで何かを記憶しているような、不思議な石だった。
照人はしばらく、その輝きを見つめる。
そして――心の奥に、ふと、言葉が湧いてきた。
(俺が動けば、仲間も動く。思いつきのアイデアが、現実になろうとしてる。……こういうのが、“戦う”ってことなんだな)
(逃げてた頃には、絶対に見えなかった景色だ)
冒険の一ページを、自分たちで刻んでいるという実感。
剣を握り、前を見て、一歩ずつ、歩いていく。これは、誰かが作った道じゃない。自分自身の歩みだ。
照人はそっと幻鳴石を拾い上げ、仲間たちのいる方へと振り返った。
次は――魔導鋼を求め、
ガコン――ガコン――
古びたレールの上を転がる残骸が、どこか不気味なリズムを刻む。壁面には旧時代のリフトと歯車の残骸が無造作に残され、足元には剥き出しの配線や金属片が散乱していた。
「……機械のダンジョンって感じだな」
村田が、薄暗い天井を見上げながら呟く。
「雰囲気もそうだけど、敵もだろうな」
天野が大斧の柄を肩に担ぎながら前を見据える。
その時だった。
ギィ――――――ッ。
金属の悲鳴のような音が響くと同時に、斜坑の壁が一部開き、そこから蜘蛛にも似た鋼鉄の脚を持つ機械が這い出してくる。
「ギアバグ……それだけじゃない。あれ――」
神谷の声に全員が一斉に警戒を強める。
柱の影、奥に見えるのは……球体型のセンサーを持つ、自律式の自動防衛装置。
眼のようなそれが赤く光り、ターゲットを探すように動いている。
照人は深く息を吸い込んだ。
「俺が引きつける……!」
「行けるか?」天野が一瞬だけ迷ったが、照人は笑ってうなずいた。
「今こそ、見せ場でしょ!」
《スキル発動:アピール》
照人の全身から、何かを“惹きつける”気配が溢れ出す。
空気が揺らぐような一瞬――まるでこの場の“主役”を宣言するような、存在の輪郭が強調された。
キュイイイ――ン!
防衛装置の赤い目が一斉に照人に向けられ、何本ものレーザー状の視線が彼を追尾する。
直後、光弾が照人の足元に連続で叩き込まれ、地面が爆ぜる!
「うわっ……!」
だが、その間に――
「俺にまかせろ!」
神谷が鋭く叫び、すでに移動していた。
ステップを刻みながら間合いを詰め、照人を狙う防衛装置のひとつに、静かに剣を構える。
「――《反撃刃・返し突き》」
一閃。
防衛装置のセンサー部が閃光とともに砕け散り、機械がスパークしながら沈黙する。
「ナイス、神谷!」
照人はその横を駆け抜けながら叫ぶ。
爆発の隙を縫って、彼は崩れたリフトの残骸の奥――金属の層に挟まれるように埋まっていた、蒼く鈍く光る結晶を見つけた。
触れた瞬間、ひんやりとした金属の感触の奥に、魔力のような微かな震えを感じる。
「……これ、魔導鋼だ!」
(戦って、引きつけて、仲間が活かして……その先に、目的の素材がある)
照人は結晶をしっかりと抱え、振り返った。
後方では、ギアバグの破片が火花を散らしながら転がっていく。
結晶を両手でしっかりと抱え、照人は振り返った。
背後では、ギアバグの残骸が火花を散らしながら転がっている。
戦闘は――勝利。
連携し、役割を果たし、仲間と共に成果を掴む。
何も持たなかったはずの自分が、いま確かに前に進んでいる。
「よし……これで、鉱石系はそろったな」
新しい武器へ。
未来を開く、確かな一歩だ。
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