遊び人、専用武器
【深緑の巡回路・第四区画:湿りの根道】
「……っていうかさ、急に連絡あってびっくりしたんだけど?」
綾が草をかき分けながら、振り返りざまに笑って言った。
「うん、わかる。あんな感動的に“それぞれの道へ”みたいなこと言ってたのに」
太田が横から口を挟むと、佐藤も苦笑いしながら小さく頷く。
「まさかこんなすぐ“再集合”になるとはね。ほんと、物語ってのは意外性が大事なんだな……」
赤坂はぼそりと呟きつつ、ぬかるみに足を取られないよう慎重に歩を進めている。
「いや……素材が必要で……」
照人は少し気まずそうに視線を逸らしつつ、頭をかく。
「もう~、こっちは“じゃあ元気でね!”ってしんみりしてたのに、数日後に『やっぱ一緒にダンジョン行こうぜ』って連絡くるとは思わんて」
綾は呆れたように笑いながら、どこか嬉しそうでもあった。
「でもまぁ、照人がちゃんと目的持って動いてるの、ちょっと安心したかも」
太田がにやりと笑って照人の肩を軽く叩いた。
「また、よろしくな。リーダー」
佐藤の静かな言葉に、照人はようやく正面から微笑み返す。
「うん。今回も……頼りにしてる」
「へいへい、でも頼られてるってのは悪くないぜ? おれも太ってるけどやるときゃやるぞー」
「はいはい、僕は薬草採取が目的ですからね。あんまり突っ込むなら、毒消しの優先順位下げますよ」
佐藤がマイペースにキノコを摘みながら、しれっと脅しをかけてくる。
「……戦闘任せた」
罠士の赤坂は、相変わらずのテンションの低さで一言だけ呟くと、足場に設置していたトラップの調整に戻っていた。
「結局、俺が前に出るんだよなあ……」
照人はため息をついた。
だがそのとき――
ズ、ズズズ……ッ!
足元から泥が盛り上がり、ぶよぶよとした軟体の何かが這い出してくる。水風船のような半透明の体。中で脈打つ器官が不気味に動く。
「スライムだな! あ、あと……あの飛んでるの、ヒルかよっ!」
ドレインバグ。吸血虫の魔物だ。群れで飛び回りながら体液を吸い取る厄介な奴らだ。
「……いけ、照人!」
綾の号令に背中を押され、照人は飛び出す。
「うぉぉおおおお! って、なんで俺だけ突っ込むんだよおおおお!?」
――《スキル発動:模倣・疾風突き》!
地を蹴ってスライムに踏み込み、剣先を泥の中へと突き込む。軟体の内部を突き破るように、一筋の風が通った。
「数、まだいるよ照人ー! 右から来てるー!」
綾の声に合わせて、赤坂が根元に仕掛けていた罠が作動。ぬかるみに踏み込んだドレインバグが一斉に弾き飛ばされる。
「ナイスサポート! いっけぇえええ!」
「はいはいはいはいっ!」
照人の《ミームスラッシュ》が追い打ちのように叩き込まれ、スライムが泡のように弾けた。
そこからとろりと溢れ出るのは……発光する淡黄色の樹脂。
「これだ……! 光閃樹脂!」
足場の根元に絡みついていた草が、魔物の死とともに弛み、樹脂のしみ出した蔓のような枝が地面に落ちる。照人はそれを慎重に拾い上げた。
「うまく採れた……!」
仲間たちが駆け寄ってくる。
「わ、これが光閃樹脂? うっすら光ってる! 宝石みたい!」
綾が顔を寄せ、照人の手のひらを覗き込む。
「これ、光魔法の媒介になるらしいぜ。衛生科でもちょっと使うんだよな、これ」
太田が汗を拭きながら、照人の背を軽く叩く。
「……光る草液体。効果不明」
赤坂がぼそっと呟くが、ちゃんと採取用の瓶を差し出してくれる。
「慎重に扱ってくださいね。帰ったら僕が成分を確認します」
佐藤がメモ帳を取り出し、黙々と素材の分類と採取場所を記録し始める。
「やるじゃん照人。やっぱ主役やってるねー」
綾が笑って、肩を軽く叩いた。
「あ、でもさ。虫系ダンジョンに誘ったのは根に持つから」
「ええええええっ!?」
ぬかるみに足を取られながら、照人はふと笑う。
泥まみれの照人を囲んで、かつての仲間たちの笑い声が響いた。
「なんか……いいな。こうして、またみんなで動いてるの」
「んー? 何ロマンチックなこと言ってんの? 照人、湿気でやられた?」
綾がくすくす笑いながら脇腹をつついてくる。
「違うってば! ちゃんと意味のあることしてるっていうか、ほら、物語を動かしてるっていうか!」
「はいはい、じゃあ次は“泥まみれでヒルと戦う物語”ってことで」
「やめろやめろやめろ! もうヒルは勘弁してくれぇええ!」
笑い声が、湿った木々の間に溶けていく。
照人は光閃樹脂を胸ポケットに収めながら、小さくつぶやいた。
「……よし、次は真坂先輩だ」
その背には、ぬかるみと笑いの混じる冒険の余韻が、ほのかに残っていた。
校舎に戻って、生産科の工房のドアノブに手をかけた瞬間――
「来たか遊部! 予定より十二時間遅い、死んだのかと思ったわ!!」
文字通り、爆音のような怒声が飛び込んできた。
「いや、予定なんて聞いてな――って、わっ!? 危ないって!」
目の前すれすれを、火バサミがスッと通り過ぎていく。冷たい汗が背中を伝う中、先輩――真坂造理世は、相変わらずテンション高めに片手でハンマーを振っていた。
「で、持ってきた!? 採ってきたよな!? YES!!」
「そのYES前提で話進めるのやめて!? でも……ほら、これ」
言いながらリュックを降ろし、中から慎重に包んだ素材を一つずつ机の上に並べていく。
「ふぅぅぅ……! こいつら……輝いてる……。え、これマジで初心者用ダンジョンで取ってきた? 幻鳴石に光閃樹脂、魔導鋼まで……! やっぱ現地調達って最高だよな……!」
目を輝かせた真坂先輩は、並んだ素材たちをまるで恋人でも見るかのようにうっとりと見つめ始めた。
「しかも、ちゃんと保存してるの偉い! 湿気管理までされてる!? お前天才か? いや、天才か!!」
「えっ、そんなに褒められるほどのことした……?」
「した! したとも! これ使えば俺の試作、いけるぞ。お前に相応しい――ギミック剣、作れる。“派手で無駄に意味深な何か”が欲しいって言ってたもんな?」
「え、俺そんなこと言ったっけ……?」
「言ってた! お前の瞳に宿る謎の欲求を俺は見逃さなかった!! 任せろ!! 俺の感性はそういうのに敏感なんだ!!」
ぐいっと拳を握りしめ、勝手に燃え始める真坂先輩。こちらはもうツッコミが追いつかない。
「じゃ、三日後にまた来て。あと、調整とかメンテのたびに必ず持ってこい。お前、剣を“消耗品”だと思ってるタイプだろ? そういう奴が一番、俺の出番多いから! 任せて!!」
「うん、あの……つまり、今後もよろしくってことで?」
「当然だろ!! 職人は使い潰せ!!(ただし敬意は払え)」
(最後のただし書きが小っさ……!)
思わず笑いがこぼれる。
この人、たぶんずっとこうなんだろう。騒がしくて、自信家で、でもちゃんと見てくれていて――だからこそ、頼れる。
「よろしくお願いします、真坂先輩」
三日後。朝からソワソワして、訓練もどこか上の空だった。
今日はいよいよ――武器の受け取り日。
校舎裏の工房棟へ向かう足取りが、自然と早くなる。手には何も持っていないのに、なぜか両手がムズムズして仕方ない。
ドアの前で一度深呼吸して、ノックもそこそこに扉を開けた。
「来たか! YES、遊部!!」
中では真坂先輩が、白い作業着のまま仁王立ちしていた。背後の作業台には、布をかぶせられた何かがひとつ――。
「うぉ、なんか発表会みたいな雰囲気……!」
「当たり前だ! これは発表会だ!! 世界に一振、遊部照人専用・意識の高いギミック剣のお披露目だからな!!」
(いや、なんか余計な冠詞ついてない?)
「よし、心の準備はいいか! 魂の芯から“ワクワク”してるか!? してないなら外周一周走って来い!!」
「してるしてる! もう十分すぎるくらいワクワクしてますから!」
「よーし……それじゃあ、御開帳~~!」
バサッ。
布が取り払われると同時に、金属のきらめきが現れる。
長さは標準的な片手剣。だが柄の部分に何やらギアのような仕掛け、鍔の裏には小さなスリットと回転パーツ。
一見すると奇抜で、でも確かに――格好いい。
「うわ……これ、俺の……?」
「おう。こいつの名は**《喋らないけど何か言ってそうな剣・試作一号》**! まあ名前はあとで決めろ!」
「いやその仮名どうなの!?」
「見た目だけじゃねぇぞ? 切っ先の材質は幻鳴石で、光を受けて敵の目をくらませる。
魔導鋼のギアは“力を逃がす”設計で、衝撃を吸収して刃こぼれしづらい。
そして、光閃樹脂による反応トリガーを起点に、一時的に剣全体の重心を変えるギミックを仕込んである!」
「えっ……それ、俺、使いこなせるかな……?」
「使いこなせ!! そういう無茶を支えるのが、俺ら職人の仕事だから!!」
自然と手を伸ばしていた。
柄を握った瞬間、まるで心がつながったような――そんな感覚すらした。
(これが……俺の“剣”……)
「ありがとう、真坂先輩」
「礼はいい、活躍で返せ。あと定期メンテは絶対に来いよ? 剣を消耗品にすんなって言ったろ」
「はいはい、“使い潰すけど敬意は払う”ってやつね」
「そうだ!! ……ってなんか違う気もするけど、まあいい!!」
俺は笑っていた。
この剣と、この出会いと――これからの物語が、楽しみで仕方なかった。
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