遊び人、パーティー結成
昼休みも終わりかけ。戦士科の教室には、まだ誰とも組めていない生徒たちの焦りが渦巻いていた。
「おい、衛生科のあの子にメッセしたけど……既読つかねぇ!」
「先着順だったのか?もう枠ないとか……マジかよ」
そんな中、遊部たちはひと足先に方向性を固めたことで、少し余裕がある様子だった。とはいえ――
「……斥候だけだな」
「知らない職種って、どうアプローチすればいいんだろな」
「まあ、昼休み終わったし。授業終わったらもう一回探してみようぜ」
時間はまだある――そう自分に言い聞かせるように、遊部は椅子に座った。
「さて、斥候の知り合いなんていないし……掲示板で募集するか」
午後の授業が終わり、教室の隅でスマホを取り出した遊部は、学内チャットアプリの掲示板にアクセスした。
1年生限定パーティー募集専用のカテゴリは、すでに数百件の投稿でごった返していた。
「戦士2・魔術1・衛生1であと1名募集中!」
「明るい人歓迎!初心者でもOK!」
「似たような構成ばっかだな……」
天野がぼそりと呟く。
「埋もれないように、ちょっと工夫してみるか」
遊部が入力した文面はこうだ。
【パーティー名未定】戦士・魔術・衛生がそろってます。あと一人、斥候職を募集中!
現在:ミームナイト(戦士寄り)/戦士(斧盾)/魔術/衛生の4人。
雰囲気:まったり系。ガチ勢ではないけど、ちゃんと連携は取りたい派です。
斥候初心者OK!一緒に成長していける人歓迎。
ダンジョン実習経験あり。1年生限定。
→ 気になったら気軽にDMください!
ダンジョン実習経験あり。
※1年生限定。
気になったら気軽にDMください!
「……投稿っと」
遊部が“送信”を押すと、募集は掲示板のトップに表示された。
「上にいるうちに、誰か見つかるといいけどなー」
「ま、ひとまず打って出たわけだしな」
天野が伸びをしながら立ち上がり、他のクラスメイトと軽く話し始めた。
遊部はスマホを机に置きながら、心の中でつぶやく。
(どんなやつが来るんだろうな、斥候って――)
その日の午後の授業のあと。
教官が一同を前にして話を切り出した。
「そろそろ、お前らも装備について考える時期だ。これまでは学園のレンタル品で済ませていたがダンジョンで一定の成果を出した生徒は、そろそろ“自分の装備”を選んでもらう」
「え、装備? レンタルじゃなくて?」
「ってことは……自腹……?」
「マジで?うちの親、渋いんだけど……」
「マジで?」
パーティー以外にも装備も考えないといけないのかと、ざわつく生徒たち。
照人も、無意識に自分の剣を見下ろした。使い古された、刃こぼれのある訓練用の模擬剣。
「売店か、生産科の工房。相談して購入を検討しろ。――いいか、自分の武器を持つってことは、責任が生まれるってことだ。分かったな」
照人は、ぐっと唇を噛んだ。
責任――その言葉は、やけに重く響いた。
「ってことは、マジの武器選べってことじゃん……!」
「金かかるな、これ……」
「うわー、親に相談しよ……」
(責任……ね)
その言葉が、頭の中でずっと残っていた。
放課後。照人は天野、星野と連れ立って、学園内の売店へと向かった。
「ま、見るだけだしな。欲しくなっても金ないし」
「見とくだけでも意味あるって。装備は相棒っていうしさ」
星野のテンションが少し高い。天野も黙ってはいるが、歩きながら腕を軽く回していた。みんな、なんだかんだ言って楽しみにしているらしい。
売店の武具コーナーは予想以上に本格的だった。壁に並んだ武器の数々に、三人は思わず足を止めた。
剣、斧、槍、短剣……。
初期職向けの基本的な武器が一通り揃っていて、それぞれに初心者向け・上級者向けとラベルが貼られている。
「うわ、結構ちゃんとしてるじゃん……」
「これ、斧か? うわ、ゴツ……」
「短剣って思ったより小さいな。斥候向けって感じだ」
三人はそれぞれ手に取って、構えてみたり、値札を眺めたりしていた。
その中で、照人は一つの剣に目を留めた。
どこにでもありそうな、まっすぐな剣だった。
派手さはないが、重心がしっかりしていて、手に馴染む。模擬剣とは違う、金属の重みと質感。
(……悪くない)
そう思って値札を確認すると、その下に小さく張り紙がしてあった。
【1年生限定 初心者セット】
剣・鞘・手袋・簡易メンテキット付き:30,000円
※性能はレンタル品より上。売り切れ次第終了。
「三万……うーん、ギリ足りねぇな」
照人が小さく唸ると、天野がちらりとこちらを見た。
「親に頼めば?」
「うん、必要なもんなんだしさ」
星野が当然のように言う。
(そうか……親に頼む、ってのも、責任のうちか)
胸の奥が少しザラついた。でも、それは後ろめたさじゃない。
「俺は本気でやる」って、そう宣言することの重み。
照人は剣を丁寧に元の場所に戻すと、スマホを取り出した。
「ちょっと、LINEするわ。……借金、ってことで」
天野がくつくつ笑い、星野が親指を立てる。
「ダンジョンで稼げば、すぐ返せるって!」
照人は苦笑しながら、スマホの画面を見つめた。
初心者セットの写真を添えて、母親にLINEを送った。
「この武器、一年生向けのやつで、ダンジョン用に必要なんだ。三万、立て替えてもらえないかな。バイトも始める予定だから、ちゃんと返す」
既読がついて、すぐに返信が来た。
「分かった。必要なものなら、無理せず早めに買っておきなさい。あとで電話するね。」
(……ありがとう)
思ったよりすんなりOKが出て、拍子抜けしながらも、じわりと胸に熱がこみ上げた。
それからしばらくして、照人は再び売店を訪れた。星野と天野はすでに購入を済ませていたらしく、自分の斧や魔術道具の手入れを自慢げに話していた。
カウンターの奥にいた店員に声をかけ、初心者剣セットを希望する旨を伝えると、在庫確認ののち、奥から簡素な木箱を持ってきてくれた。
「これが初心者セットです。売れ行きがいいので、もうすぐ在庫切れになるところでしたよ」
「……あぶね」
照人は、財布から三万円を差し出した。
「これでお願いします」
代金を払い終えると、武器の説明と保証書、簡単なメンテナンス方法の紙も一緒に渡された。
木箱を開けると、そこには昼間見たまっすぐな剣が、ぴたりと収まっていた。
新品の革製の鞘に収まったその剣は、手に取るとやはりしっくりきた。レンタル品のような使い回されたクセもなく、ただまっすぐに、「これから」と言わんばかりにこちらを向いている。
「……ああ、俺のだな、これは」
ポツリと漏らした声に、店員がにこりと笑った。
「そう感じたなら、きっとあなたに合ってますよ」
「責任が生まれるって言ってたけど……悪くないかもな」
照人はそうつぶやいて、剣を鞘に収めた。
その重みは、ただの金属じゃなかった。
ここから先の自分を支えるための、最初の一歩だった。
翌日の放課後の教室、窓際の席を囲むようにして集まった遊部、天野、星野、鷹取。
遊部のスマホが机の中央に置かれ、画面にはDM一覧が表示されている。
「二日で6件……結構来たな」
「でも、何人かは“斥候職じゃないけど頑張ります!”みたいな人だしな……」
天野が腕を組みながらぼやくと、星野が笑う。
「気持ちはわかるけど、今回は斥候職じゃないと無理だもんね。先生のチェックもあるし」
「じゃあ、斥候希望でちゃんと今もその職って人に絞って……3人か」
柊が名前と簡単な自己紹介のメッセージを読み上げる。
①風間 颯太(かざま そうた)
「走るの得意です。隠れるのも得意です。口数は少ない方ですが、よろしくお願いします」
「短いけど……逆にプロ感ある」
「喋らなすぎは怖くない?」と星野
②中西 ほのか
「斥候職をしています!走るのはまあまあ。でも、先に見つけて報告するの得意です!よろしくお願いします!」
「明るそうでいいじゃん」
「“まあまあ”にちょっと不安感じるけど……」と鷹取。
③仁科 れい
「特に理由もなく斥候になりました。素早さだけが取り柄です。やる気はあります。多分」
「最後の“多分”が一番気になるな」
「でも素早さはちゃんとしてるのはいいよなあ……」と遊部。
天野が肘をつきながら聞く。
「で、誰にする?」
遊部は全員の顔を見回して言う。
「個人的には中西さんが話しやすそうで、連携取りやすいかなって思ったけど……」
鷹取がうなずく。
「うん。実習の時って結局、無言より報告してくれる人の方が助かるから。どこに敵いたとか、進んでいいかどうかとか」
天野も賛成の手を挙げる。
「情報力って結局、声出せるかだしな。風間くんは一人で動くタイプっぽいし、仁科さんは……当たるとギャンブル?」
星野がまとめるように言う。
「じゃあ……中西さんにしてみる?」
「異議なし」
遊部がうなずき、スマホを手に取る。
「よし、じゃあ……“うちのパーティーに来てくれませんか?”っと」
送信ボタンを押す音が、静かな教室に響いた。
週の半ば。放課後のカフェテリアは、夕方の光が差し込み始めて少しずつ落ち着きを見せていた。
遊部たち4人――遊部、天野、星野、鷹取――は、事前に決めたテーブル席に集まっていた。あとから来る中西さんを少し緊張しながら待っている。
「来るかな……返事は“よろしくお願いします!”だったけど」
「うちの空気見て、やっぱ無理ってならないといいけど」と鷹取がぼそっと漏らすと、星野が軽く笑って背中を叩いた。
「何それ失礼ー。でもたしかにちょっと賑やかかもね、うちら」
そのとき。
「ごめんなさーい!ちょっと道に迷ってました!」
元気な声とともに、小柄な女の子が手を振りながら近づいてきた。栗色のボブカット、やや大きめの斥候科の制服が彼女の華奢さを際立たせている。
「中西ほのかです、よろしくお願いしますっ!」
「よろしくー!」
遊部たちは立ち上がって軽く頭を下げる。
「ここ座って。ごはんはもう頼んであるから、気にせず食べて」
「あ、ありがとう……!いただきまーす!」
彼女はトレーの軽食に目を輝かせて席についた。会話はすぐに打ち解け始める。
「斥候科ってどんな感じ?訓練とかさ」
「えっとね、木登りと伏せてるのばっかり!あと足音消す練習とかもするよ。みんな匍匐前進すっごい速いんだよ〜」
「斥候っぽい!」
天野が感心したように頷き、遊部も笑う。
「なんか、ちょっと前に出てもらうの申し訳なくなってきたな……」
「ううん、斥候はそういう仕事だから!あと、ほら、怪しいところとか事前に調べておけば戦士さんたちの負担も減るでしょ?」
頼もしい言葉に、その場の空気がぱっと和らぐ。
「あと私ね、実習のときに衛生科の星野さんに手当してもらって、それでめっちゃ助けられて……このパーティー誘ってもらえてうれしいです!」
星野が照れくさそうに笑う。
「え、覚えてたんだ?こっちはめっちゃ泥だらけの斥候科の子に手当したことしか覚えてなかったけど」
「失礼っ!」
一同、わっと笑いが弾ける。
鷹取がジュースを飲みながら言った。
「これなら連携いけそうだね。ちゃんと伝えてくれる人ってだけで、ほんと安心感ある」
中西は照れたように笑いながら、指でカップの縁をなぞる。
「うん。頑張るね、みんなでダンジョン、生きて帰ろ?」
遊部はうなずいた。
「もちろん。俺たち、ちゃんと帰ってきて、次の飯も一緒に食べよう」
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