遊び人のお披露目
ダンジョンから帰還した俺は、教員に報告と薬草の提出を終えたあと、訓練場へと戻った。
夕方、まだトレーニングしているクラスメイトたちの姿が見える。
俺の顔を見るなり、朝練組の一人、山口が駆け寄ってきた。
「おーい! 一人でダンジョン行ったってマジかよ!?」
「マジだよ。採取ついでに、ゴブリン三体倒してきた」
「三体!? すげぇな……って、あれ? ちょっと待て、お前、なんか顔が変じゃね?」
「え?」
「ドヤってる」
「…バレたか」
俺は苦笑いを浮かべた。たぶん、スキルを覚えたことで気持ちが緩んでたんだろう。
「ていうかさ、実はスキル覚えたんだよ」
「うおっ、マジ!? 初スキル!? 何覚えたんだ?」
他の仲間たちも話を聞きつけて集まってくる。
「初じゃないけど、《アピール》っていうやつ」
「アピール? なにそれ、気合い入れみたいなやつ?」
「たぶん……周囲の注目を集めるっぽい」
「へぇー……って、実演できる?」
「え、ここで?」
「見せろよ見せろよ! みんな、スキルとかまだ覚えてないし!」
若干の恥ずかしさもあったけど、期待の目を向けられて断れる空気じゃなかった。
俺は深呼吸して、少しだけ体に力を込めた。
「……じゃあ、いくぞ。《アピール》!」
スキルを発動する。全身から微かな波動が走り、皆の視線が一斉に俺に向き、ほんの一瞬1秒にも満たない時間の後には爆笑が起こる。
それでも、ちゃんとスキルとして機能していたこと、そして何より仲間たちが受け入れてくれたことが、心の底から嬉しかった。
(やってきたことが、少しずつ形になってきたんだな)
「……終わり?」
「なんだ今の!? たしかに目がいったわ!」
「いや、笑っちゃったけどさ……意外と使えるんじゃね?」
「盾役なら便利そう。敵の注意ひきつけて、他の人が後ろから攻撃できるし」
「いやでも、遊び人で盾役とか無理だろ! 防御紙じゃん!」
「それはそう」
皆で一斉にうなずかれて、俺も苦笑する。
「…まぁ、でも悪くはないよな。味方のピンチで助けに入るときとかさ」
「遊部って運の上昇高いし、クリティカルも出やすいんだろ? ワンチャン“狙った時にクリティカル誘発できる男”になれるんじゃね?」
「それ、響きだけで言ってるだろ」
笑いながら、でも、嬉しかった。
こんなふうにスキルを覚えて、仲間と一緒にバカみたいに笑って、それでも認めてもらえて。
ダンジョンで必死に戦ってきた時間が、無駄じゃなかったって実感できた。
(次は、もっと役に立つスキルを覚えて―もっと、強くなろう)
そう思いながら、俺は仲間たちと一緒に、少しだけ夜の訓練場に残って汗を流した。
訓練を終え、夕方の寮へと戻る道。
すれ違った同じクラスの生徒たちが、俺に目を向けた瞬間、ひそひそと声を潜めた。
「…遊び人のくせに、ダンジョンとか調子乗ってんな」
一瞬、聞き間違いかと思ったが、背中を通り過ぎるその声音に確かな棘があった。
(……ああ、そういうやつも出てくるか)
耳にしたのはほんの一言だったけど、それだけで十分だった。
思い当たる節はある。いや、無いわけがない。
中学の頃の俺を知ってるやつもいるし、何より、「遊び人」ってだけで下に見てくるやつは多い。
その遊び人が、自分たちより先にダンジョンに行って、レベルまで上げてると知ったら―面白くないと思うやつがいても、不思議じゃない。
「…気にすんなよ」
声をかけてきたのは、天野だった。いつの間にか俺のすぐ後ろに来ていたらしい。
「見てたよな?」
「まぁな。でも、しょうがねえよ。どんなに頑張っても、俺らはレベル5にいってねぇし。そんだけ、お前が頑張ってるってことだ」
「…ありがとな」
俺は笑ってみせたが、心のどこかで、ザラッとした感覚が残った。
(これからもっと頑張れば、もっと見てくるやつも出てくる)
でも、それでも進むしかない。中学までの俺と決別するために。
今さら後には引けないんだ。
「じゃ、明日の朝練もよろしくな」
「おう、遅れるなよ」
天野と軽く拳をぶつけ合って、俺たちはそれぞれの寮へ戻っていった。
―陰口は、消えない。けれど、真っ直ぐ努力すれば、ちゃんと届くところはある。
そう信じて、また明日、剣を握る。
翌週入学から1か月と少し経った頃
「じゃあ今日からは、対人訓練を始める。もう基礎は出来てきてるはずだからな」
午前中の訓練後、教官がそう宣言すると、教室内にざわつきが走った。
俺を含めた戦士科の面々は、全員汗まみれ。今日も朝から走り込みと素振りで、腕がガクガクになってる。
「疲れた状態で戦えるかを見たい。実戦じゃ休憩なんか選べねえからな。それに今日は衛生科との合同授業だ。怪我しても安心しろ」
「うおお……衛生科って、あの白衣の天使たちか……!」
「お前は剣じゃなくて色目使う気かよ」
「当然だろ、こういう時に印象残しとけば、いざって時に回復早めてもらえるかもしれねーし」
「現金なやつ……」
俺の近くでも、何人かがそんなやり取りを交わしていた。
衛生科―怪我した時の治療や応急処置を専門にしているクラスで、生徒の6割以上が女性。
戦士科と真逆なイメージを持たれているけど、ダンジョンでは命綱の存在だ。
俺自身、対人訓練ってのは不安がなかったわけじゃない。
身体的なスペックじゃ、やっぱり他の戦士にまだ劣ってる部分がある。だけど、器用さと集中力、それに運なら…なんとかなる。
「準備できたら、各自防具つけてグラウンド集合だ。武器は木剣でやる。斬るんじゃなくて当てる意識を忘れるなよ」
着替えを済ませて外に出ると、すでに衛生科の生徒たちが並んでいた。
白と水色のジャージに身を包み、物腰の柔らかい雰囲気がこっちの戦士科とは対照的だった。
「みんな、よろしくお願いしますね。怪我したらすぐ声かけてください」
代表の子がそう言うと、男子連中のテンションが一段階跳ね上がったのがわかった。
「優しくされたい……いや、治療されたい……」
「わざと怪我するなよ……」
(…こいつら、緊張とかねえのか)
俺はと言えば、どこか背筋が伸びるような思いだった。
対人戦はごまかしが効かない。今までの訓練の成果が、はっきり出る。
それが怖い反面、どこか楽しみでもあった。
訓練は、一人一人が交代で模擬戦を行い、残りの生徒は見学と応援。
俺は後半の組で呼ばれた。
「次、遊び人の柊と、戦士の赤坂」
「おう、柊くん、ダンジョン行ったらしいな。腕見せてくれよ」
(やっぱ噂になってる……)
武器は木剣。開始の合図と同時に、赤坂はガンガン前に出てくる。
体格差は歴然。まともにぶつかれば、押し切られる。だから――照人は迎え撃たない。
ステップを踏み、横へ流す。
次の攻撃を、後ろへ避ける。
(タイミング、誘って、隙を作る)
相手の踏み込みの瞬間に軽くいなして、横に回る。
焦った赤坂が振り返ったところに、木剣の先をピタリと当てた。
「一本、柊の勝ち!」
「っくそ、マジかよ……遊び人のくせに」
ぼそりと漏れた言葉に、ちくりと胸が痛む。でも、勝ちは勝ちだった。
「あの、ケガはありませんか」
終わった後、衛生科の子の一人が声をかけてきた。
笑顔で絆創膏を手渡されながら、俺は思わず頭をかいた。
「いや、全然っす。逃げ腰だったし…でも、ありがと」
1カ月以上が経ち、環境も、周囲の視線も、少しずつ変わってきた。
遊び人っていう出発点は、まだ変わらないけど
(それでも、前に進めてる)
汗と埃にまみれたグラウンドで、そう思えた。
対人訓練が終わり、最後に全員が整列させられる。
戦士科と衛生科が向かい合って並び、グラウンド中央には腕組みした教官が立っていた。
「よし、今日はこれで全体訓練は終了だ。……お前ら、まあよくやった」
教官の評価に小さなどよめきが起きる。
その中で、ほんのりとした安堵が広がる――が。
「だが」
声のトーンが変わった瞬間、空気がピリッと引き締まった。
「中には、妙に浮かれてたやつがいたな。いいか、実戦でもないのに剣筋がぶれるってのは、気が緩んでる証拠だ」
その言葉に、周囲が「うっ」と息をのむ。
視線が数人に集まり、わかりやすくそっぽを向いたやつが2、3人いる。
「なんであんなに可愛いんだよ」「いや、仕方ねーだろ」
教官が無言でジト目を向けると、教室の一角でクスクスと笑いが漏れた。
「笑うな。これは連帯責任だ」
「えっ」
「は?」
「うそでしょ……?」
「グラウンドを、ダッシュ。衛生科の諸君にはその様子をしっかり見届けてもらおう」
\うわああああああああ!!/
地響きのような叫び声がグラウンドに響いた。
「走れ!倒れるまで!それが実戦だァァァ!!」
教官の怒号が飛ぶと、俺たちは一斉に駆け出した。
先ほどまで和やかだった衛生科の生徒たちが、やや申し訳なさそうに笑いながら見守っている。
(あ、さっき声かけてくれた子が手振ってる……)
そんな余裕があったのは最初の一往復だけだった。
「足上げろォ!!背中が曲がってるぞォ!!」
(まじで倒れるまで走らされるのか……)
クラスの誰かが「遊部ぇ、お前のせいじゃないけど遊び人枠で目立ってるから怒られがちなんだよぉぉ!」と謎の理不尽を叫んでいて、思わず笑いそうになった。
とはいえ、笑っていられたのも束の間。
息は上がり、足は棒のようになり、最後には全員、グラウンドに倒れ込んだ。
「ぜぇ、ぜぇ、、これが、実戦…ってやつか、」
地面に寝そべったまま、空を見上げた。
青空が広がっていて、なんだか余計に疲れが沁みる。
「おまえら次は、ちゃんと集中しろよな」
「はい…教官…」
そんな一日の終わりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます