第46話 愛の告白 ※メリア
――わたくしの命を奪うつもり?
イーザック様は、わたくしが暗殺の首謀者だと疑い、部屋の周りに見張りの兵士をつけた。
その上、部屋に食事を運んでくる侍女の話によれば、イーザック様は再びシャルク・ホジャへ旅立ったという。
いったいなんのために旅立ったのか、教えてもらえなかったけれど、聞かなくてもわかる。
――愛しいレフィカ様に会いに行ったのよ!
愛するわたくしの言葉を信じてくれなかったばかりか、堂々と浮気をするつもりでいる。
わたくしの嘘を盲目的に信じるほど、愛してほしかった。
それなのに――
「イーザック様はレフィカ様の美貌に騙されたのよ! なんて悪女なの!」
わたくしの容姿が平凡でなければ、今ごろ、完全にイーザック様を魅了できていたはず。
そして、わたくしもレフィカ様の命を狙わずに済んだ。
「悪いのは、わたくしを愛してくれないイーザック様ですわ!」
声を張り上げても、誰からも返事がない。
なぜなら、暗い部屋には、わたくし一人だけしかおらず、侍女はいない。
しかも、侍女たちがやってきても、なにも話さず、仕事を終えると逃げるように去っていく。
王宮では、わたくしが暗殺の首謀者として噂になっているようだ。
――まさか、王都でも?
レフィカ様ならともかく、ジグルズ様が刺されたというのが、まずかった。
ジグルズ様の人気は高く、兵士や町の人々からもっとも信頼されている王族だ。
わたくしが暗殺の首謀者として捕らえられたら、どんな目にあうかわからない。
椅子に座っていても落ち着かず、うろうろと部屋の中を歩き回った。
「大丈夫よ。わたくしがレフィカ様を殺そうとした証拠はないわ。ベルタが黙って処刑されれば、証拠はなにも残らないのよ!」
証拠はない。
けれど、イーザック様は信じてくれなかった。
『わたくしの宝石を盗み、ベルタが暗殺者を雇い、レフィカ様の命を狙った』
完璧なはずなのに、わたくしは罪人扱い。
このままだと、わたくしもベルタと同様に処刑されてしまう。
わたくしが罪に問われるなんて、ありえない。
「わたくしとベルタが共謀した証拠なんて、どこにも残ってないはずよ……」
――待って? 『証拠はない』と本当に言いきれる?
過去の記憶を振り返った時、ベルタが言った言葉が気になった。
たしか、イーザック様がシャルク・ホジャへ向かう前に――
『メリア様。陛下に今の話を聞かれていたのではないでしょうか? レフィカ様のお命を狙うという……』
『もし、陛下が先ほどの話を耳にしていたら、メリア様も罪に問われます……! 今なら、まだ!』
あの時のベルタは、イーザック様に話を聞かれた気がすると言って、怯えていた。
――あの日、イーザック様はわたくしの計画を知って、レフィカ様の元へ行ったということ?
イーザック様の変わらぬ態度が、真偽をたしかめるための演技だったとしたら……
胸に不安が広がり、胸元を掻いた。
心臓の音が聞こえてくるようだ。
「失礼します」
「ひっ!」
声がして、部屋の扉のほうを振り向くと、そこにいたのは死刑執行人ではなく、イーザック様の侍従だった。
侍従はわたくしに一礼した。
「こ、こんな夜遅くに、なんの用かしら?」
「明日から、メリア様には王都の別邸へ移っていただきたいと、陛下より伝言を承っております」
「別邸……? イーザック様はわたくしと別れるつもりですの?」
「お心までは存じ上げませんが、レフィカ様が暮らしていた屋敷が空いております。そちらへお移りください」
――わたくしとレフィカ様の立場が逆転した。
ぞくっと背筋に寒いものが走った。
「それでは、メリア様。王宮最後の夜をお過ごしください。おやすみなさいませ」
侍従は表情ひとつ変えずに言い終わると、扉を閉めて出ていった。
本当に伝言だけだったようで、侍従の足音が遠ざかっていく――
「ま、待って……。今日で王宮にいられなくなる……? わたくしが?」
自分の手が震えているのがわかる。
王宮から屋敷へ移されたら、なにもできなくなる。
レフィカ様がイーザック様に愛され、幸せそうに暮らす姿を別邸から眺めるしかない。
――そんなの嫌よ! イーザック様の妻の地位は、わたくしのものよ!
「レフィカ様さえいなければ……なにもかもうまくいっていたのよ……。わたくしが正妃だったのに……」
ぶつぶつ呟きながら、ふらりと廊下に出た。
不思議なことに監視の兵士はいなかった。
「イーザック様がシャルク・ホジャへ向かったから、兵士たちは気が緩んでいるのね」
王が不在の王宮は緊張感がなく、警備が甘くなっているようだ。
誰もいない夜の王宮の廊下に、わたくしの足音だけが響いていた。
ベルタが捕らえられている地下牢を目指す。
「ベルタを逃がして、今度こそレフィカ様の命を奪ってやるわ」
カビ臭く湿気の多い地下牢は、少しの時間いただけでも気分が悪くなりそうだった。
ベルタがどこにいるか、すぐにわかった。
女性の声が聞こえた。
「……ない……殺されたくない……」
捕らえられたベルタは、牢屋の中でガタガタ震えている。
「ベルタ、大丈夫よ。助けにきてあげたわ」
「メリア様……!?」
わたくしの姿に気づいたベルタが、鉄格子をつかみ、声を張り上げた。
「メリア様、申し訳ございません。私はっ……」
「ここから出してあげる。その代わり、次こそレフィカ様を殺してくるのよ」
「次こそ……?」
鉄格子を握るベルタの手が震えていた。
「レフィカ様さえいなければ、わたくしは正妃になれるの。そうなったら、ベルタ。あなたは王妃付の侍女よ」
「メリア様、もうおやめください……。次はございません」
「やめる? やめるわけないでしょう! レフィカ様を殺さなきゃ、イーザック様はわたくしだけを愛してくれないわ!」
大声でベルタに言った瞬間、地下牢の奥の暗闇から、こちらへ近づく足音がした。
「誰? 兵士かしら?」
見張りの兵士だろうと思っていた。
けれど、それは――
「イーザック様……」
琥珀色の瞳が、わたくしを見ていた。
怒りと失望、悲しみが入り交じった目――ベルタは床にうずくまり、泣いていた。
「メリア、お前を信じていたかった」
「イーザック様……シャルク・ホジャへ向かったのでは……?」
イーザック様の周りには、騎士たちが控え、わたくしに近寄らせようともしない。
王を守る騎士たちが、剣を鞘から抜き放ち、こちらに剣を向けている。
「俺が王宮にいないとわかれば、なにかするだろうと思っていた」
「わたくしを誘き出すため、わざと見張りの兵士を減らしたのですね……」
「そうだ。お前がベルタと共謀したという証拠を押さえるためにな」
このままだと、わたくしは処刑されてしまう。
――そうだわ。きっとベルタがわたくしを助けてくれる!
いつも、わたくしを助けてくれたベルタがここにいる。
今回もきっと、わたくしをかばうはず。
振り返ると、ベルタは責めるような目で、わたくしを見ていた。
「ベルタ? その目はなに? どうして、そんな目でわたくしを見るの?」
「メリア様のために、命を捨てる覚悟で、私はレフィカ様を殺そうとしました。それなのに、ふたたび私に死んでこいと命じるのですか?」
ベルタが泣いていたのは、死への恐怖ではなく、信じていたわたくしへの失望からだった。
「ベルタがしつこくお前をかばっていたから、俺と一つ賭けをした」
「賭け? どんな賭けですの?」
「もし、メリアがベルタを大切に思っているなら、ここから逃がすだろうと」
イーザック様はベルタに哀れみの目を向けた。
「だが、そうでないなら、もう一度、ベルタを利用し、レフィカを始末させようとする。ベルタは前者に賭け、俺は後者に賭けた」
「それが賭けですの?」
「ああ。結果、俺の勝ちだったというわけだ」
――イーザック様はわたくしを信じてくださらなかった。
イーザック様のわたくしへの愛はもう消えていたのだ。
ベルタだけが、わたくしを信じていた。
貧しく卑しい生まれと、蔑んだベルタだけが、わたくしの味方だったのだ。
「メリア、さよならだ」
騎士たちが一斉に動き、わたくしをすばやく捕らえた。
「イーザック様……! あなたが悪いのですわ。わたくしを心から愛してくだされば、こんなことをしなくて済みました!」
「レフィカとメリアの決定的な違いがある」
イーザック様はわたくしをまっすぐ見ていた。
「愛されなくても、レフィカは誰も憎んでいなかった。だが、俺もメリアと同じだ。愛されないことが憎い。憎いが、俺は……」
ここから先の言葉は、聞きたくなかった。
それを言われたら、本当のお別れが待っている。
「やめて、言わないで!」
「俺はレフィカを愛している」
たった一言が、わたくしとイーザック様の関係を終わらせた。
そして、二度とわたくしが、イーザック様に愛されることはないと、悟ったのだった。
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