調香師の魔法のポプリ ~その香り、恋も悩みも解決しちゃいます!

まきむら 唯人

第1話 異世界に来ちゃいました!



 私の名前は木埜下きのした 葉月はづき。二十五歳、社会人。

 趣味のポプリ作りは、クラフトイベントで毎回完売するくらいの腕前なんだよ?

 

「ということで、今日も今日とて材料採集! レッツだゴー!」


 休日の今日は行きつけの山へハイキング兼材料探しにやって来た。

 採集に夢中になっていると、ついつい時間も忘れてしまう。


 もうすぐお昼かなと、休憩キャビンへ戻ろうとしたら、とっても不思議な花を見つけたの。


 そこはメインのハイキングコースからは外れた場所だった。

 

「崖っぽいところだよ? でも~、あとちょっとだからって思うじゃない?」


 心の中のもう一人の自分とキャッチボールすること数十秒。意を決して私は一歩を踏み出した。


 「ん~!」と手を伸ばして、ついに私は虹色に輝く花を掴んだ。


 と思ったら足元が不安定になって――、記憶はそこまで。



 気が付いたら私は地面に倒れ込んでいた。


「イッタタタタ~……ぎゃっ! 服が破けちゃってるうぅぅ~……」


 ゆっくりと身を起こすと、全身が痛んだ。慌てて全身を確認するも、目立った怪我はしていないようだった。


 そのまま辺りを見渡すと、辺りは森。でも何となく、さっきまでいた場所とは違う気がした。


「確か崖から滑り落ちちゃったような気がするんだけど。夢?」


 さらに不可解な事に、付近は平面で、小高い地形はどこにも見当たらない。

 よくよく考えてみれば、崖から落ちてこの程度で済む筈がない。だとしたら、一体自分に何が起きたのだろう。


「んー……ハッ! そうだ! それよりもあの綺麗なお花! どこ! どこ!」


 うんうん。こんな風にすぐ頭を切り替えられるのは、きっと長所よね。「判らないし、まぁいっか!」となっただけ、いうのは内緒。


 何よりも探求心が勝ったの。

 だって、この世にあんなに美しい花が存在するなんて、奇跡と言っても過言じゃない!

 

 木漏れ日の光を受けてキラキラと光りを放っていた虹色の花。

 光が当たる角度で見えた色なのか、そうじゃないとしたら、新種の花なんていう可能性だってある。


 花弁はどんな質感なんだろう。

 ポプリクラフターとしては、匂いへの興味がハンパない。


「あった!」


 尻もちをついた自分のお尻で踏んじゃってたソレを発見し、私はワシッとそれを掴んだ。


『イッタァイ! もっと優ちくちなさいったら!』


「へっ? キャア!」


 驚いた私は条件反射的にそれを放り出すも、慌てて受け止める。


「ふー」


 そして恐る恐る、やんわりと虹色の何かを摘まみ上げた。


『フー。じゃないわよ! アナタ、あたちの自慢の髪をなんだと思ってるのん?』


 花弁だと思ったのは、なんと小さな生物の髪の毛だった。タンポポの綿毛みたいにフワッフワだ。


 私の手から飛んで逃れた小人は、トンと近くの木の枝にとまった。

 肩をいからせプクーっと頬を膨らませて私を睨んできたのだけれど――。


「ようせ、い?」


 口からポロリとその単語が零れたと同時に、私の胸はドキドキと高鳴り始めた。


 だって私の目と鼻の先にいるのは紛れもない、本や映画の中でしか見た事の無いファンタジーな生き物だったんだもの。


 小人には髪と同色の羽が生えている。それはそれは美しい七色の蝶の羽。


『そうなのよ! なぁに? あたち達をちっているクセに、扱い方は判っていないのねん。さっきもそう! せっかく気持ちよくお外の空気を吸っていたのに、よくも邪魔ちてくれたわね』


「え! ええっと、ごめん! ごめんね? 綺麗なお花に見えたの。それでつい収穫したくなっちゃって」


「ちゅうかく、でちって?」


 くりくりとした空色の瞳が細められる。


 怒っている未知なる生物。こんなに小さいのに、その威圧感ったらない。

 私は慌てて理由を話したんだけど、なんだか余計に怒らせてしまったみたいだ。


「ちゅうかくって、あたち知ってるのよん! アナタ、泥棒でちね! 最近この森を荒らちている犯人でちか? ドロボウ! 妖精さらい! アナタ、悪い人!」


「ひえええぇっ、違う! 違うよ私は――キャアアァァ!!」


 突然吹いた強風に、私は思わず目をつぶった。顔面にパチパチパチと何かが次々と当たる。

 指の隙間から見えたのは、自分に向かって飛んでくる無数の花弁だった。


「わぁ、花吹雪? すご――ォエッ! げほ! ちょ まっ!」


 妖精さんが放つ花吹雪に交じって、周囲の葉っぱや小枝まで飛んでくる。

 呆けていた口に何かがインしたらしい。と思ったら目にもゴミがぁぁ!

 

「許さないでちよ! くらぇ! わたちの必殺技なのよん!」


「ふえええ、わ、私じゃないってば! ふえっクションっ! ぶえっ!」


 とんでもない攻撃だわ。目から鼻から汁が出る、強烈な急性花粉症の症状。

 どうしたら妖精さんのお怒りを、いや誤解を解くことが出来るのだろう。


 息も絶え絶え、私は四つん這いになるしかなかった。

  

 ティッシュ、箱で下さい。

 切なる願いで地に伏した、その時――。


「ポポ……」


 誰かの声がして、ふいに花吹雪が止んだ。

 見ると妖精さんは、背後を振り返っている。


 「助かった!」と思ったも束の間。

 ガサリと茂みを揺らす何かに、ドキンと私の胸は跳ね上がったの。 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る