7.星原駅
列車整備のため三十分ほど停車いたします、との車内アナウンス。
「ねえ、ちょっと外に出てみませんか? 私、このあたりに来るのは初めてなんです」
「ええ、行きましょう」
彼らは席を立ち、列車を降りた。
外の宇宙は塵ひとつなく澄み渡っていて、蒼白い星がいくつもいくつも降っていた。星の野原がすぐそこまで来ている、と女の子が言った。草原では、星の子たち(と女の子は読んでいた)が頭をちかちか光らせて、手をつなぎながら駆けまわっていた。津島は欄干によりかかって、彼らを見守った。星の子たちは頭をぱちぱち弾けさせながら、楽しそうにはしゃいでいる。
女の子が津島の隣に来て言った。
「ここからでも、地球が見えるんですね。ということは、ここもまだ銀河の果てなのですね」
「どこですか?」
「ほら、あそこ」
女の子は宇宙の彼方を指さして言った。指の先を追っていくと、たしかにそこには、小さな太陽の光を淡くうけて輝く地球が浮かんでいた。津島は胸にこみあげてくる感傷に浸りながら言った。
「あれが宇宙で最も変わり果ててしまった星です」
「そうですね」
「昔はあんなふうじゃなかった。海は青く、大地も青かった。美しい星でした」
「ええ」
「それが今では、憎みあい、奪い合い、殺しあう、愚かな星に成り下がってしまった」
「ええ」
「悲しい限りです」
「ええ、でも、そこにはあなたの、柚希くんや姉様との思い出が残されている。そうじゃないですか?」
「はい、しかし……」
「……しかし?」
「しかし、もう失われてしまったものです。取り戻すことのできない、その意味でひどく無益なものです」
女の子が津島の手を取って言った。
「さあ、そうでしょうか? でも、思い出は残っている、そうじゃないですか?」
「思い出は苦しいだけです。ときに死にたくなる」
「それはあなたが後悔しているからでしょう? その後悔を晴らすためにここに来た、そうじゃないですか?」
女の子はそう言って、津島の頭に手を伸ばし、そっと撫でた。津島は不意に姉のことを思い出した。そして何かに気づいた。そのとき、涙が滲んだ。
「そうかもしれませんね」
女の子は笑いながらうなずいた。
津島は両目をぬぐってから言った。
「それにしても、ここは美しい世界ですね。まるで天国だ。僕以外に、どこにも本物の人がいないし、それゆえ、憎しみも、悲しみも、争いも、災いも、残酷もない」
「ええ、幻のような世界です」
「しかし、ここは本当の世界ではない、そうですね?」
女の子の大きな青い目が再び美しく光った。
「よくそれを見抜きましたね。その通りです。ここは美しい、けれども呪われた宙です。どうして呪われているかと言えば、それはもうお判りでしょう。私は星の川に身を投げてから、この世界に囚われました。いまのところ、私の存在を消せるのは真空崩壊だけらしい。
しかし、葉くん、そう分かっていながら、なぜあなたは帰ろうとしないの?」
風が頬を撫でていった。冬の風だった。星の子たちが風に乗って、遠くへ、遠くへ走り去っていった。津島は野原に背を向けて答えた。
「まだ会いたい人がいるんです、姉様。姉様に会えて僕はとてもうれしい。できることなら、ずっとここで、ふたりで過ごしていたい。でもそれはできない。彼に会いに行かなければ」
「その人が亡くなっていることを葉くんは知っているね?」
「うん」
「じゃあ、もしもこの先に行き続けたとして、その人に会えなかったとしたら、どうする?」
「そのときは、彼との思い出を探しに行くよ」
「どこに?」
「地球、かな」
「じゃあ、その思い出も見つからなかったら、そのときはどうする?」
「そのときは、死ぬ」
「死ぬ? 死ぬのか、葉くんは?」
姉様が津島の顔を下からのぞきこんだ。
「うん。柚希の思い出を失った僕に、生きる価値なんてないから」
「そうか。葉くんはいい子だな。きっとその人もうれしいと思うよ。でも、あんまり強情を張っていると、悪魔に吞み込まれるから、気をつけな」
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