第14話:刻まれし記憶、封じられた扉

花桜学園かおうがくえん・中央校舎――深夜。

わずかに軋む床板の音を踏み締めながら、九重紗雪ここのえさゆき神明隼人じんめいはやとは、誰もいない廊下を進んでいた。


「……このまま、祠に向かうのですね?」


静かに問う隼人に、紗雪は頷いた。

「ええ。真観さんが言っていた“偽りの儀式”の起点……本当にそこに何かある気がするの。きっと、縷々の“名”を取り戻す鍵も」


旧地下礼拝堂――通称「ほこら」。

それは、学園の創立期に使われていたとされる場所で、いまは封鎖された地下階層にひっそりと残っていた。


だが、真観が語った「名を詐り、滅する」儀式の話と、“AGNI”の依代となった展示作品の存在が結びついたとき、紗雪の胸に直感が走った。


(あの神像……あれは“創られたもの”だった。でも、どこかで“誰か”が、それを本物だと信じてしまった。なら……その“信じられた場所”が、まだ残っているのなら)


それが、祠なのだと。


やがて、ふたりは校舎裏手の古びた扉の前にたどり着いた。

鉄の扉には鍵がかけられていたが、真観から渡されていた鍵を使うと、重たく軋む音と共に開いた。


「冷たい……空気が違う」


階段を下るにつれ、気温は急激に下がっていく。

紗雪は胸元の御守りを強く握りしめながら、祠へと足を踏み入れた。


その空間は、まるで時間が止まったかのようだった。

石壁に囲まれ、中央にはすでに使われなくなった祭壇が残されている。

その奥、鈍い金属の光を帯びた封印扉が、静かに彼女を待っていた。


「……あれは……」


紗雪が呟いた瞬間、封印扉の表面が一瞬だけ波打った。

まるで、彼女の存在に反応したかのように。


「紗雪御嬢様、下がって……!」

隼人が手を伸ばすが、紗雪は動かなかった。


「この感覚……間違いない。“あの夢”で見たものと同じ」

(縷々の意識に潜ったとき――私はこの扉の向こうに“何か”がいるのを感じた)


彼女の掌に、かすかな熱が灯る。

あの夜、真観から授かった法具の力――黄金色に輝く真鍮しんちゅう製の三鈷杵さんこしょが微かな光を帯び、何かが浮かび上がる。


「これは、“AGNI”の記憶……?」


「いえ、それだけではありません」

低く、厳かな声が、空間の奥から響いた。


現れたのは、やはり浦見真観うらみしんかんだった。

真観の右手には、紗雪の持っている三鈷杵に似た五鈷杵が握られている。


三鈷杵は握ると両端に3本の尖った突起物が特徴だが、五鈷杵の尖った突起物は5本である。


「貴女の中に宿った“記憶”が、扉を開こうとしているのです。――だが、この扉の向こうにあるのは“名を滅するもの”。そのままでは、飲まれますよ」


「じゃあ、どうすれば……」


「それを見定めるのが、貴女自身の役目です。貴女は彼女の“鍵”なのですから」

真観はそう告げると、五鈷杵をゆっくりと掲げた。


「今から、封印を一時的に解きましょう。これは……“記憶を観るため”の儀式です」


そして、空間を満たすように、大日如来だいにちにょらいの真言が響いた。


「大日」とは「太陽よりも偉大」を意味している。

太陽の光は物質の表面だけを照らすが、大日如来の光は物資の表面だけに留まらず、その内側や裏側――深層心理・精神にまでも光を照らす仏。大日如来は密教において、宇宙の根源であり、一切の仏の源である。


「オン・アビラ・ウン・ケン・バザラ・ダト・バン……!」


真観の声と共に、五鈷杵が輝き薄っすらと周囲が照らされ、封印扉の隙間から強い光が溢れ出す。

扉自体が生きているかのように波打ち、扉の向こう側から、誰かの“記憶”が漏れ出す。


それは――縷々の声だった。


『……どうして、あれに、名前を……私じゃないのに……』

『“アグニ”なんて、知らないのに……知らないのに、あれは……』


縷々の“心の底”が、扉越しに語りかけてくる。


「これが……記憶……!?」


紗雪の意識が、再び夢と現実の狭間へと引き込まれていく。


(私は……もう一度、彼女の中に入る必要がある)


真観が静かに告げた。


「――次に見るのは、“縷々”そのものの真名。

貴女がそれを識るとき、この祠の“本当の意味”も、現れるでしょう」


そして、封印は開かれた。

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