第41話 真実の香り2

「……あ、ああ。そうだったかな。すまない。勘違いしていたよ」

「そうですか。では、四十分のあとはどこに?」

「確かに、買い物は十分ですませたけれど……お土産屋のそばにいたのは変わらないよ。少し休んでいこうと思ってね。店の向かいのベンチで休んでいたんだ」

「なるほど。そうですか。では……雫ちゃんは絶対に、お土産屋の前を通っていないということになりますね」

「え?」


 慎さんはお土産屋の向かいにあるベンチに座っていた。それは、通路を正面にするように座っていたということだ。後ろは壁だから、向きはそれ以外あり得ない。そうなると、通路を監視するように視線を向けることになる。泉さんの言うように、雫ちゃんが通ったら気づくはずだ。


「いや、どうだったかな……。ずっと通路を見ていたわけじゃないからね」

「いえ。あなたが見ていなくても、雫ちゃんが気づくはずです。父親の姿を見つけたなら、声をかける。逆に、声をかけたくない理由があったなら……父親に見つかる可能性がある方向を通るはずがない」


 声をかけたくない理由……何か、悪いことをしようとしたか、すでにしたか。


「ですがそれは……本当にお土産屋の向かいのベンチに座っていたなら、です」

「何が言いたいんだ、君は……」


 慎さんの言葉に不快感が滲み始めた。自分が糾弾されていると感じ始めたのだろう。


「オリエンタルな香りと柑橘系は相性が悪いみたいですね」


 慎さんの上着に顔を近づけ、鼻を鳴らす。慎さんは弾かれたように後ろに下がった。

 柑橘系の香り……。たしかに、彼から覚えのある匂いがする。

 アスレチックルームの右手に、『アロマリウム』という店があった。あそこで散布されていた柑橘系の香りがほのかにする。

 それが、昼の時にも嗅いだ重たい甘さと合わさって、頭が痛くなる不快な匂いになっている。


「君は……」

「アロマショップに行きましたね?」

「……」


 慎さんは答えない。


「『旅日和』での買い物のあと、あなたは『アロマリウム』に行った。おそらく、ベンチで休んでいたのも本当なのでしょう。ですが、位置が違う。座っていたのは『アロマリウム』の向かいにあるベンチ。……そうですね?」


 慎さんは返事の代わりにうなだれた。それは、肯定と同じ意味だった。でも……どうしてそんなに隠そうとしたんだ?

 ……だけどとにかく、慎さんの座っていた場所が違ったのは大きな意味を持つ。それは僕にもわかった。


「あの通路は、アスレチックルームを出て右手に行ったら二階の中心につながるけど……左に行ったら――」


 僕の言葉に、泉さんは頷く。左手にあるのは、男性向けのセレクトショップと下へ続く階段だけ。慎さんが見ていないなら、雫ちゃんは右手には行った可能性は低い。だったら彼女は一階へと向かったことになる。


 一階はまだ捜索していない。それにかなり広い。だけどひとつ、僕でも思いつく場所がある。

 高瀬さんたちが利用していた控室は、一階にある。

 僕らは視線を交わす。次に向かうべき場所は決まった。


「なあ、雫は結局――」


 慎さんの言葉を遮るように、泉さんのポケットが震えた。スマホを取り出すと、高瀬さんから『三階では見つからなかった』とメッセージが届いていた。そんな彼女に泉さんは返信を打つ。


『一階に集合』

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