第29話 僕にはわからない姉妹の関係②
ペン蔵? なんのことだと思い、気がつく。そういえば、雫ちゃんがずっと抱きかかえていたペンギンのぬいぐるみがない。たしかスカッシュが始まる前、荷物と一緒に入り口扉のそばに置いていたのを見たが……。
「ペン蔵……どこだ……」
雫ちゃんの声がだんだん嗚咽交じりになってくる。さすがに驚き、焦った。午前中一緒に過ごしていて気づいたが、雫ちゃんはどこに行くときもペンギンのぬいぐるみを肌身離さず持っていた。大切なものらしい。その割には、あまり大事に扱われてないようで、はしゃぐとよく振り回していた。
僕が本格的に探し始めるより早く、澪ちゃんが動いた。面倒くさそうに顔を上げ、背後のベンチに向かって歩いていく。そこには雫ちゃんの飲み物とバッグ、そしてペンギンのぬいぐるみが置いてあった。
「踏まれそうになってたから」
ぬいぐるみを放り投げて渡す。雫ちゃんはくしゃくしゃの顔でぬいぐるみに顔をうずめた。
「ペン蔵~」
涙と鼻水でべしょべしょになっている。ペン蔵がかなり汚れてくたびれているのは、普段からこういった扱いを受けているからかもしれない。
「みおねええええ、ありがどおおおおおおお」
泣きながら抱き着こうとする雫ちゃんに、澪ちゃんはぎょっとして飛び退る。
「ちょ、近づかないでってば。うわ、最悪、鼻水ついた!」
逃げ惑う澪ちゃんを、雫ちゃんは追い回す。嬉しさで頭がいっぱいで、澪ちゃんの反応に気づいていないのかもしれない。
わーわー叫んで走り回ってるふたりを眺めていると、吐く息と共に、笑みが浮かんでくる。仲が良いのか悪いのか、きょうだいのいない僕には姉妹の関係というものはわからない。
こんな妹たちと暮らすのは、苦労も多いが楽しいだろうなと思う。午前中一緒にいただけで、とんでもなく体力を使ったが……楽しかった。主に雫ちゃんの無邪気さに助けられた面はあるが。
これを毎日やっているかと思うと、高瀬さんへの尊敬の念が湧いてくる。同じ年とは思えない苦労を彼女は背負っていそうだ。
時計を見ると、正午を過ぎていた。動き回ったせいか、かなりお腹が空いている。そろそろ昼食にしようと思う。けれどその前に、もうひと仕事。追いかけまわすのに夢中な雫ちゃんを止めなくてはならない。
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