第28話 僕にはわからない姉妹の関係
「ヒナコ! そっちだぞ」
うんとかおうとかもごもご言いつつラケットを握る手に力を込め、走る。
不規則な回転をするボールは、床にぶつかり僕の想像よりも右へと飛んでいく。このままでは間に合わないと判断し、床を蹴ってラケットを伸ばす。右手に重い感触。ボールはどうにか正面の壁へと返っていく。
壁にぶつかると、正面に映し出された六角形のパネルが砕ける。グレイト!の文字とともにビリビリ響く派手な効果音が鳴り響いた。同時に脇の総合ポイントの数字が増える。
「おー、来たか」
不釣り合いな大人用ラケットを握り、雫ちゃんは呟く。跳ね返ったボールをなんなく返し、僕が床でへばっている間、ひとりでラリーを続けていく。
ここは『サンセットパーク』という、サンポ内にあるスポーツエンタメ施設だ。『フレンドスカッシュ』はその中のアトラクションのひとつ。本来スカッシュは対戦競技だが、ここではふたりで協力して可能な限りラリーを続け、パネルを砕くことでより高い点を取ることを目的としている。
床に手をつきよろよろと立ち上がる。特別、運動が苦手だという意識もないが、運動部には入ってないし、鍛えているわけでもない。しかもこのスカッシュはすでに三度目の挑戦であり、かなりの体力を使い果たしていた。
一方雫ちゃんの元気は変わらない。いやむしろどんどん動きが素早くなっているような気さえする。子供の体力はとんでもない……。体力自体の総量というより、アドレナリンの分泌量が違うのかもしれない。
「ヒナコ!」
名前を呼ばれ、振り返る。しかしすでに遅かった。スカッシュボールがこちらへ向かってくる。慌ててラケットを構えようとするが遅い。手の甲に当たったボールは勢いを失い床を虚しく転がる。
ラリーが途切れるとボーナスが途切れる。せっかくうまく続いていたのが止まってしまった。ボールを拾ってもう一度始めることもできたが、その前に終了時間がやってきた。ブザーが鳴り響き、総合点数が表示される。本日の参加者の中では三位というなかなかの結果だった。
しかし雫ちゃんは不服そうだ。「下手だなー、ヒナコ」と呟いている。情けない話だが反論もできない。前半はともかく、体力が尽きるにつれ、明らかに僕は小学生の足を引っ張っていた。
言葉を交わす体力もなく、後方の出入り口へ向かう。
後方の壁はガラス張りで、外から室内の様子が見れるようになっている。外では、澪ちゃんがスマホをいじりながら立っていた。
「次、やらない?」
ラケットを差し出し声をかける。施設は時間制だ。あと一ゲームくらいはできるだろう。
しかし彼女は顔も上げず、首を振るだけだった。興味がないらしい。
澪ちゃんは終始この調子だった。すでに遊園地や水族館も回っていたが、唯一楽しそうだったのは水族館だけだ。それも、魚よりアクアリウムを背景に自分の写真を撮ることに夢中だった。雫ちゃんはタカアシガニの脚に夢中だったが。
「やってみれば意外と楽しめるかもしれないよ?」
負けじともう一度進めている。彼女がどう思ってるかはわからないが、子供が楽しんでいないように見えると、周りの人間というのは不安になるものらしい。だからこれは彼女のためというよりも、自分が安心したいがための行動かもしれない。
澪ちゃんは顔を上げ、わかりやすいくらいに大きく「ハア」とため息を吐く。
結構傷つく……。
澪ちゃんはスマホをポケットにしまった。やる気になってくれたのかと思ったが、違った。彼女はフリルのついたショルダーバッグを開けると、化粧品ポーチを取り出す。ため込みすぎたハムスターの口みたいに膨らんだポーチから、コンパクトミラーと櫛を取り前髪を整え始めた。とことん興味がないらしい。
「ペン蔵!」
雫ちゃんの叫びが聞こえて振り返る。
何事かと思っていると、雫ちゃんは床を見回し眉をハの字にしていた。
「ペン蔵がいない……」
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