第39話 事件はひとつじゃない
「ここでいなくなったんだ」
僕は泉さんを連れ、アスレチックルーム『ASOVIVA!』の前にやって来た。現場検証、ということで雫ちゃんがいなくなった場所に案内したのだ。
泉さんは周囲を見回し、なにか考え込んでいる様子だ。
「……あのさ、やっぱり雫ちゃんのこと探しにいったほうがいいんじゃない?」
現場百遍とは言うけれど、それは事件の時の話だ。迷子で道がわからなくなっているなら、とにかく行きそうな場所を探し回る方がいいと思った。
「バイトが終わって、着替えてた時……」
急に泉さんが話し出す。なんのことだ、と僕はいぶかしみながら聞いた。
「美波さんの香水がなくなってた」
「香水? ああ……お母さんのってやつ?」
泉さんはこくりと頷く。
「本人はどこかでなくしたんだって言ってたけど……。香水はロッカーにしまった鞄の中。美波さんは、バイト中は控室に戻ってない」
バイト中に休憩の時間はあったが、その間も控室に寄ることはなかった。それは私も、ほかのバイトのスタッフも見ているはず……とも付け加える。
なら、どこかで落とした可能性は低いのか。
置きっぱなしにしていたはずの鞄から香水がなくなる……。たしかに妙な話だ。でも……それが何だと言うんだ?
「それより雫ちゃんを探したいからって、香水の話はそれでおしまい」
「じゃあ、まだ見つかってないんだ」
泉さんは頷き、続ける。
「高瀬雫が盗んだんだと思う」
「は!?」
雫ちゃんが盗んだ? なんでそうなるんだ?
「ロッカーはダイアル式の鍵がかかってる。鍵に傷はなかった。鞄には財布も入ってたけど、そっちは手が付けられてない。なくなったのは香水だけ」
普通の物取りの仕業ではないと言いたいわけだ。
「だからって、なんで雫ちゃんが……」
「バイトが終わるまでに、美波さんが控室に入ったのは一度だけ」
それってたしか……お昼の着替えの時か。
「そう。ロッカーが開いた時、一緒にいたのは高瀬雫」
ロッカーが開いてる時にそばにいたのも、鍵の番号を知ることができたのも、雫ちゃん……。
だから、彼女が盗んだと言いたいのか。でも、なんのために……。姉の私物を盗んで何になるというのだ。
泉さんは肩をすくめる。さあ、ということだろう。理由はわからない。でも、今のところ犯人である可能性が高いのは雫ちゃんだ。
「……あ! それじゃあもしかして、雫ちゃんがいなくなったのって――」
香水を盗みに行ったということか? それなら、行方がわからなくなったことにも説明がつく。
しかし、泉さんは肩をすくめる。
「そうかもしれない。でも、盗めたタイミングは、いなくなった時だけじゃない」
……そうか。控室で美波さんと雫ちゃんが一緒に着替えていた時にも、盗むことはできた。でもそれなら……雫ちゃんが今行方をくらましたのは、なぜだろう。
盗みが発覚するのを恐れて逃げ出した? より大きな騒ぎになるだけだと思うが……。でも、子供の頭ではそこまで想像できなかったのかもしれない。だけどそもそも、どうして盗んだりしたのか。結局その疑問に戻ってきてしまう。
「だから、現場検証」
なるほど。ようやく彼女の思考に追いつき始める。たしかにこれは迷子というより、何か意図のある事件だ。それなら、やみくもに探すよりも、その意図を探るための調査をしたほうがいいかもしれない。それが雫ちゃんの居場所を掴むのにもつながる可能性があるからだ。
前に、彼女が言っていたことを思い出す。嘘と秘密は、人の想いでできている。謎の下には、誰かの想いが隠されているのだ。
彼女の頭はすでに回転を始めているのだろう。いつもはたくさんご飯を食べることだけ考えているような彼女だが、こういう時は頼りになる。
彼女は周囲を見回しつつ歩く。
「この店に、高瀬慎はいた」
『旅日和』の店内を見つめ、泉さんは呟く。壁もなく、遮るものの少ない店内は内からも外からも互いの様子がよく見える。
「そのはずだけど……」
泉さんはしばし瞑目し、瞼を開くと言う。
「確かめよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます