■■1本目■■

私が初めて彼ら二人を見たのは、今から10年前、2010年になる。

 私は当時、秋葉原の『カードマーケット』本店の店員として働いていた。カードの販売や、毎日のように行われる、様々なカードゲームのショップ大会の運営などが主な仕事だったが、子どもたちが夏休みに入ると、昼間早くから訪れる彼らの対応に追われることが多かった。

 そんな中、一人で遊びにきていたらしき男の子に、中学生ぐらいの男の子が声をかけた。

「おまえ、『ワンダー』やんの?」

 そして、笑って手を差し出した。

「デュエルしようぜ」

 それが、白木昭吾と黒岩琢磨の初対面だったと、後に二人から聞いている。


 昭吾は人気者だった。その頃から背が高かったし、大人の異性である私を相手にしても物怖じしない性格だった。

「あ、おい、お前。剥いたパックのゴミちゃんと捨てろよ」

「テメーまた初心者相手にループデッキ使ってんな?!別にいいけどわかりやすく説明しろよな!上級者の義務だろ!で、お前も、わかんなかったら黙ってないで、ジャッジか店員さん呼べ。いいな!」

「おいおいおい、その交換絶対にシャークだって。つーか店内トレード禁止だから」

 彼は面倒見がよかった。多少口は悪かったが、ルールを守り、誰にでも平等に接し、その言葉には説得力があった。はたから見てもリーダーシップがあって、常に数人の取り巻きがいた。

 何よりカードゲームが強かった。彼のデッキは中学生のものとは思えないほど高価なカードをたくさん採用していて、彼はそれを使いこなしていた。


 一方の琢磨はといえば、小柄な上に猫背、声も小さく人見知りのする性格で、大会にはまれに訪れるものの、終わった後は誰とも遊べていないようだった。身なりも着古したものをずっと着ていて、デッキもありあわせのカードで作ったものだった。それに、要領もよくなかった。あの頃の琢磨を見たら、誰も彼が将来グランプリで2連覇するなど想像できないだろう。


「『サンダーヘッドドラゴン』で攻撃、攻撃時効果でそれと、それ破壊してライフに3000」

「うー……ん」

「琢磨ァ、そんな手札がっつり見て悩んだら対応あんのモロバレじゃん。何されたらどうするって、先に考えてサッとやんだよ、サッと」

「ん……ライフが2000以上減少したから、<反撃>コストで『リワインド・タイム』」

「げ!最悪!ターンエンドだよ」

「僕のターン、ドローして、白と青で『アイスウィング・グリフォン』出して、『サンダーヘッド』はフリーズ……2枚ドロー、エンド」

「いいのかぁマナ全部使って。おらっ『竜炎招集』!トップめくって……『新陰竜 斬月』!召喚時に『グリフォン』破壊な」

「あ、あー」

「そのままライフに攻撃で勝ち!」

「うーん……昭吾は強いなあ……」


 しかし、デッキを持って卓を挟めば、お互い『ワンダラー』として仲良くなれるのがDW(デュエルワンダー)良いところだ。二人は大会の後なども、よく対戦していた。

「だからさ、『ワンダー』はリソース管理が全てなんだって。人生と同じ」

 中学1年生の昭吾が知ったような口をきくと、小学6年生の琢磨は真剣な顔でうなずいていたものだった。

「さっきマナ全部使わないで、手札構えてエンドしたら打ち消しがあるかもって思うだろ?したら俺もうかつに『招集』使えないし」

「うん」

「人生も同じだぜ。カードだけに全部つっこんだら、他のことがなんにもできなくなって、なんかあったら負けちゃうだろ」

「うん」

「俺は『ワンダー』を愛してんだ。だから『ワンダー』が俺のせいでバカにされないようにしてる」

「うん」

 琢磨は素直だった。昭吾にとっても先輩風を吹かせるのが楽しかったのだろう。そして琢磨の方も、昭吾が頻繁にかまうことでカードショップの常連の輪に入って行けていた。

「でも琢磨もうまくなってたな」

「うん、ずっと練習してたから……」

「実際『アイスウィング・グリフォン』はいいよ」

「うん、お気に入りなんだ」

 ほめられて、照れくさそうに頬をかく琢磨。

「パワーもデカいし、フリーズで盤面とりながらドローできるし。オマケ程度に<反撃>もついてるから」

「うん、条件難しいけどね……」

「知ってるか?<反撃>でコスト軽減されなくても、<即応>で相手ターンに出せるって。さっきみたいにわざわざ自分のターンに出す必要ないんだぜ」

「あー、そうなんだ……難しいな」

 そうして、二人は昭吾の塾の時間まで、よく遊んでいた。



 『グランプリ4th』決勝戦。

「琢磨ァ、あの頃を思い出すなぁ!ガキの頃は毎日アキバでフリーしてよぉ、あんなグズだったお前がグランプリ2連覇とはなあ!」

 昭吾は序盤から呪文『ドラゴンズ・ゾーン』を唱えることに成功し、大幅にマナ領域の増加を成功させる。

「……呪文『ブレイン・マジック』。デッキから2枚引き、手札1枚をデッキボトムへ」

 琢磨は答えない。手札を整えつつ、昭吾のそれ以上のリソース確保を妨害していく。しかし、先行の昭吾のほうが一手早かった。

「それとももう、俺みたいな負け犬のことは忘れちまったか?だったら思い出させてやるよ!お前があの頃、勝てなかった白木昭吾をな!!」

 昭吾の手札から、コスト軽減呪文『スタンピード・エントリー』によって、大型ドラゴンモンスター『竜将(ドラゴマンダー)スタン・ピード三世』が降臨する。

 このモンスターは、連携しているアニメの主人公カードでもあり、自身の効果で次々と大型ドラゴンをデッキから呼び出す。『スタンピード・エントリー』でコストの軽減を行い、このパッケージが現在のDW環境トップにある《赤緑黒スタンピード》デッキに、理不尽な物量と速度を可能にしていた。

 だが。

「『否認:カースショット』」

 琢磨が繰り出したのは、軽量の打ち消し呪文。使用に必要なマナが少ないかわりに、昭吾がいくらか追加のマナを支払うことができれば、打ち消しを免れる条件付きのものだ。『スタン・ピード』の最速投下にマナを全てつぎ込んだ昭吾にとって、その条件は意味をなさない。巨大な竜は、戦場に降り立つことなく墓地に送られる。

「カウンター構えてやがったか」

「……今のあんたには、勝てる」

「ほざいてろ!」

 昭吾のターンエンドを受けて、琢磨はターンの開始とともに手札とマナを補充、そしてただターンエンドを宣言する。

 打ち消しや妨害は相手ターンに行えば良い。相手ターンにも使える呪文やモンスターを主体にしたデッキだからこそ可能な、いわゆる《ドロー・ゴー》だ。扇状に構えた手札の向こうから、昭吾と彼の盤面を見据える。

「俺のターン、マナ補充、ドロー。『ドラゴンズ・ゾー」

「『撤回:光の戒め』」

 言い終わらないうちに、琢磨が即座に行動を咎める。予期していたように、ノータイムで。

「クソっ、『竜の友(ドラグフレンド) シンシア』!」

 今度は動かない。昭吾は口の端を吊り上げ、デッキの上から3枚を公開し、その中からドラゴン1枚を手札に加える。加わったのは、2枚めの『スタン・ピード』。

 私は少し意外だった。どちらかといえば、『シンシア』のほうが『ドラゴンズ・ゾーン』よりも直接的に彼の敗因となりうるように思えた――次のターン、今のように2回目の『スタン・ピード』降臨を許すからだ。昭吾はターンを終える。

 その時、私は昔琢磨が話していたことを思い出した。


 ――「昭吾は『持ってる』から、必ず引いてくる」



2012年。

「昭吾、今日は塾いいの?」

「あー……いい。もういかねえ」

 琢磨は中学2年生、昭吾は中学3年生になっていた。その日は珍しく昭吾が遅くまでカードショップに残っていた。

「親父とケンカしてさ。もう俺医者になるのやめたんだわ」

「そう……だったらもっと『ワンダー』できるね」

「そうだ!今日は閉店までやるぞ」

 8年前も、昭吾は現在と同じ、赤の属性を主体とする攻撃的なデッキ――ビートダウン、あるいはミッドレンジと呼ばれるものを、琢磨は白と青を主体とする防御と妨害に長けた、コントロールタイプのデッキを使っていた。確か、《赤黒無双剣》と《白青緑ワームホール》だったと思う。

「『無双剣豪 マーベラス・ジャック』に『紫電一閃!ムラマサベヨネッタ』をジャンクションして攻撃!自分を再攻撃可能にして、『ベヨネッタ』の効果で『全蔵』は破壊な」

「えっと、攻撃に対抗して、手札から<忍術>で『異次元NINJA ワームホール』を召喚。『ワームホール』と『全蔵』を入れ替えるから、破壊効果は対象不適正で消えるよ。で、『ワームホール』で『マーベラス・ジャック』をブロックね」

「お、やりこみ見せたな」

 その時のDWは、特殊な装備用カード・ジャンクを装備――ジャンクションして効果を発揮する『剣豪』。攻撃に対応して場と手札を行き来する『NINJA』。他にも『ブッダ』『鬼』などのデッキタイプが流行っていた。

 しかし、いかんせんそこまで派手なカードはなく、今に比べるとかなりプレイヤーの数が少なくなっていた。それでも彼らは相変わらず遊び続けていた。特に琢磨のほうは入れ込みが強く、休みの日は常にカードショップで遊んでいるほどだ。

「あー、このままじゃ俺負けるなー、アレ引けないとなー」

 昭吾がわざとらしく言いながら手をかざし、祈るような仕草をした。

「昭吾は『持ってる』んだから、必ず引いてくるでしょ」

「まあな、見てろよ」

 二人は机の対面で、互いにニヤリ。そして昭吾が引いたカードは、果たして必要な『無双双剣 デュアルマスター』だった。二人は大声でげらげら笑った。


 さすがに注意しようかと私がカウンターから立った矢先、それよりも大きな声が店内に響いた。

「昭吾!!なにやってるんだ!!!」

 シングルカードを陳列するプラスチックのショーケースが、びりびりと震える。驚いて入り口を見ると、初老の男性が怒気をあらわにずかずかと店内に入り込み、一直線にデュエルスペースの昭吾に向かっていった。

「うるせえな!ほっとけ!なにすんだよッ!!」

 男性は昭吾の肩をつかみ、椅子からひきずりおろそうとする。安いパイプ椅子が倒れ、机のカードが崩れ落ち、床にばらまかれる。

「ちょ、ちょっとお客様」

 他にカウンターに出ている店員がいないのを確認して、私はおずおずと男に声をかけた。

「私はこいつの父親だ。すぐに出ていかせる。騒がせて悪いがこれは家庭の問題だ」

「嫌だ!俺は医者になんかならねえ!!」

 「うるさい!!そのオモチャも服も、誰が金を出してやってると思ってるんだ!」

男の革靴が昭吾のカードを踏みつける。昭吾は彼の足をどけさせようとするが、動かすことはできない。

「やめろ!カードを踏むなッ!おい!!」

「子供の義務を果たさないやつに、こんな無駄な遊びをやる権利はない!!」

 中学生3年生とはいえ、まだ子供だ。大人の男が本気になれば、力でかなうはずもない。昭吾は父親にひきずられるように、ショップの外に連れて行かれてしまった。


「え、ええっと、昭吾くんの荷物はまとめておくから、皆さんはそのままで……」

 私は他の客に言いつつ、琢磨に気を回した。男と昭吾の怒声に怯えているかと思ったがそうではなく、要領を得ないといった様子でぼんやりとしていた。

「大丈夫?」

「うん……なんであんなに怒ってたの?」

「うーん……琢磨くんは親御さんに怒られたこととかない?勉強しろとか」

 今思えば、それは間違った質問だった。

「ないよ。起きてる時帰ってこないし」

 私はさすがに、それ以上のことは聞かなかった。



 実際に、『シンシア』を使わなくても、次のターンに引くカードは『スタン・ピード』だった。めくった3枚のうち、一番上にあったからだ。

 私は、琢磨がそれをわかっていてプレイしたのか、と一瞬思って、そして思い直した。まだ昭吾のマナは伸び切っていない。『スタン・ピード』の召喚には十分だが、それ以上の動きはできない。マナの増強により複数回の行動ができるようになる方をこそ、琢磨は警戒したのだろう。『スタンピード・エントリー』などの軽減呪文や、墓地からの使用済みのカードを回収して再利用することも、黒のカードを採用しているデッキならありうる。

「ドロー。マナ補充。『クリスタル・エナジー』。コストとして墓地から呪文3枚をデッキへ。ターンエンド」

 再び手札を補充しターンエンド。次のターン、昭吾が押し付けてきた2度めの『スタン・ピード』を再び即座に『変転:マーシフルライト』で打ち消した。

「エンドだクソがっ!なんでお前はずっとそうやって、ネチネチネチネチ陰キャ戦法しやがるんだ!!」

「……ドロー。マナ補充。『極光の大法廷 フン=シャ=マール』展開」

 観客が湧いた。

 現環境において、『スタン・ピード』を始め強力な効果を持つモンスターの多い赤や黒に比べて、白と青は若干使えるカード全体の――カードプールのパワーで劣る。しかし『大法廷』は別だ。その性能は、あえて白青デッキを使う理由にすらなりうる。


――

極光の大法廷 フン=シャ=マール 

コスト6 (青・白)

デュエルフィールド


全てのプレイヤーは、自分のターン、一度だけモンスターを召喚でき、一度だけ呪文を詠唱でき、一度だけ攻撃できる。

――

 各ターンにつき、1体の召喚、1回の呪文詠唱、そして1回の攻撃しか許さない。『大法廷』が縛るのは自身のターンのみなので、相手ターンにも使える呪文を主に扱う琢磨にはほとんど影響がない。一方、自分のターン中のドラゴン大量召喚で圧殺を狙う昭吾にとって、致命的な対策――メタ・カードだった。

「ハッ!!流石プロゲーマー様は違うな!一番イヤなことしやがる!」

 対応の速さ、構築の的確さ。それが黒岩琢磨が《爆速(ブレイジング・スピード)》と呼ばれ、プロプレイヤーとして注目を集め続ける理由である。

「だけどなあ、俺だってただのクズじゃねえんだよ!ドロー!」


 『大法廷』は、その強力な性能のかわりに、自分のターンにしかプレイできず、必要なマナは重い。

 昭吾のターン、琢磨のマナはゼロ。打ち消しを唱えることはできない。

 このターンで決着をつけなければ、おそらくデッキの性質上フィールドに対処することの難しい昭吾に、勝ち目はないだろう。しかし、琢磨のライフはまだ無傷、8000もある。攻撃も1ターンに1回しかできない。

 勝負は決まった。

 私は、おそらく観客も、そう思った。


 ――「昭吾は『持ってる』から、必ず引いてくる」


「3マナ、『スタンピード・エントリー』、コストを5軽減する」

 昭吾は、ターン開始時に引いたそのカードを、机に叩きつける。

「『勝利の竜星(ビクトリー・ブリンガー) 雷覇』ッ!!」

 観客は皆、叫んだ。

 昭吾は引き当てた。このカードなら。『雷覇』なら、状況をひっくり返せる。

「『雷覇』で攻撃、攻撃時効果。<激突>!」


――

勝利の竜星(ビクトリー・ブリンガー) 雷覇

コスト10 (赤)

モンスター

種族:ドラゴン・タイクーン、バンガード

パワー 2000


攻撃時、<激突>を行う。勝利した場合、追加のターンを得る。

(激突:各プレイヤーは自身の山札の一番上のカードを公開し、それを一番下に置く。そのカードのコストが相手以上であれば、勝利する)

――

 強いカードは、能力(テキスト)が短い。

 『雷覇』は、その強さから数年前の環境を席巻し、今ではデッキに1枚しか入れられない、制限のかかったカードだった。

 昭吾は、勝利への唯一の、たった1枚の可能性を引き当てた。


 <激突>の結果、琢磨は2、昭吾は7。勝利した昭吾は、このターンの後に、もう一度自分のターンを行う。そしてそのターンにも、当然『雷覇』は行動可能だ。勝ち続ける限り、琢磨にターンは回ってこない。

「ターンに一度しか攻撃できねえなら、何回でも俺のターンにしてやる」

 勝利宣言。『雷覇』の効果は不確定にもかかわらず、それを納得させるだけの、鬼気迫る凄みが、昭吾にはあった。

「ターンエンド。俺のターン。ドロー、マナ補充。『封印の竜(ドラグシーラー) マーガレット』。お前はコスト4以下の呪文を唱えられない。『雷覇』で攻撃。<激突>。追加ターン獲得。ライフに2000。ターンエンド。俺のターン、ドロー、マナ補充……」

 DWの初期ライフは8000。ライフがなくなるか、デッキを全てひききったプレイヤーが敗者となる。

 追加のドラゴンの連打でさらに逆転の目を奪い、昭吾は『雷覇』で3回の追加ターンを得続け、琢磨のライフを0にした。

「俺の勝ちだ!!」

「……ありがとうございました」


 観客は歓喜した。

 デッキトップ、たった1枚のドローからの一発逆転。対戦相手にとっては理不尽ながらも、まさにカードゲームの醍醐味を体現する昭吾の戦いは、彼が往年の《ワンダラー王子》だったことを、全員に思い知らせた。

「そうだよ、これが俺だ、俺が勝つ、俺が正しい!俺は何も間違ってない!」

 昭吾は琢磨に叫ぶ。あるいは自分を叱咤するように。

「……」

「涼しい顔しやがって。お前は最後、ここで俺に負けたヤツとして記憶されて引退するんだよ!」

 机に乗り出し、長身で対戦相手を見下ろす昭吾。ぎらついた瞳を見上げることなく、琢磨はサイドボードの調整に入った。

 『グランプリ』の決勝トーナメントは2本先取だ。まだ勝負が決まったわけではない。各試合の間に、互いに事前に用意した入れ替え用のカード――サイドボードを使って、デッキの調整を行える。その内容は、デッキの中身と同様に非公開だ。


「ねえ、昭吾」

 手早くカードを入れ替えながら、不意に琢磨は昭吾に話しかけた。私は他のジャッジと話すのをやめ、思わず彼らの方を見た。彼の声が、数年にわたりショップで聞いてきた、昭吾を呼ぶときの気安い声に聞こえたからだ。

「楽しい?」

 昭吾は机を叩き、食って掛かる。

「ああ楽しいさ!!お前みたいな勝ち組野郎が、勝ち逃げする前にぶっ倒せるんだからな!!それで俺の生き方が間違ってないことを、証明してやるッ!!」

「……そう」

 琢磨は彼を見ない。


ワンダラーグランプリ4th 決勝

白木昭吾 対 黒岩琢磨

○      ×

「美浜さん、ヤバくないですか」

 試合の合間、ジャッジの一人が、私に声をかけてきた。

 『グランプリ』の決勝は、3人のジャッジによって審判される。ルールの裁定や、試合中のトラブルは、全てジャッジによって判断される。私は、『グランプリ』に協賛するカードショップの社員であり、かつDWの大型大会を運営できるジャッジ資格を持っているため、最も権限の強いヘッドジャッジとして、この大会を取り仕切っていた。

「何がヤバいの?」

「何って、完全にキレてるじゃないですか、白木。警告出さないんですか」

「必要だと思ったら、君のほうで出してもよかったんですよ」

 ジャッジは「それはそうですが」と口ごもる。

「『グランプリ』は厳正な大会であると同時に、全国のプレイヤーが注目するエンターテイメントでもある。特に決勝戦は、毎回プレイヤー同士のドラマが生まれる。だからある程度の会話は許容すること……そう、社長から言われているでしょう」

 もちろん、DWにも他のゲームと同じく、非紳士的行為を罰する規定はあるが、『トレジャー』と私の所属するショップの社長の方針にあわせ、ドラマチックな決勝戦を演出するために、ある程度は許容している。

「もちろん手を出したり、カードを雑に扱ったりしたら即警告していいですから」

 私はそう言いながらも、できれば彼らの間に割って入りたくはないと思っていた。

 琢磨と昭吾。10年にわたる彼らの、DW人生の決着をつけるのは、ここしかないからだ。


 黒岩琢磨は、2017年から3年間、カードショップと契約して、DWのプロゲーマーとして活動してきた。しかし、この大会をもってその契約を終えることを公表している。

 彼は来年、DWを開発する会社『トレジャー』に就職することが決まっているのだ。開発側になってしまえば、もうプレイヤーとして大会に出ることはできない。

 白木昭吾と黒岩琢磨が、公式大会で対戦できるのは、これが最後なのだ。



 2014年。この年、最初の『ワンダラーグランプリ』が開催された。

 DWで初めての、年齢による階級分けなしの全国大会。その時、DWをはじめとする子供向けのホビーを宣伝する番組『あさスタ!』が、数人のプレイヤーを密着取材することになった。

 その一人が、このとき高校2年生の昭吾だった。

 《ワンダラー王子》。番組が昭吾につけたキャッチコピーだ。

 確かに彼は、ショップに集まる他のプレイヤーたちに比べて相当の美形だ。気さくで、家柄もよく、医者を目指して有名私立大学医学部に模試でA判定を出している。加えて、『持っている』と称される土壇場での引きの強さがあった。

 『グランプリ』の昭吾の結果は、ベスト8。奮闘し、時に圧倒し、時に逆転しながらも、惜しくも全国の壁に阻まれ、次回のリベンジを誓う……そんな彼の様子は大々的に全国ネットで放送された。そんな中で、ワンダラー全体に彼を印象づけたのが、『あさスタ!』内の企画で行われた、ベスト8のプレイヤーが初心者にルールを教えるコーナーだった。


 昭吾の担当した回は、基本的なルールの解説だった。スタジオに集まった、初心者の子供たちとタレントを相手に、ルールを説明していく。

「よっしゃー、俺の番やな!『爆竜王キングカイザー』を召喚じゃー!」

「待って待って!まずはターンの順番と、マナとコストについて覚えよう!ターンがまわってきたら、まずはマナ領域のカードをもとにもどして、マナ補充…・・そのあと、デッキから1枚引く。その次に、手札から1枚、カードをマナ領域に置けるぜ。マナ領域に置いたカードを横に倒す……コストにすると、モンスターをバトルゾーンに召喚したり、呪文を詠唱したりできるんだ。強いカードを使うには、たくさんのコストが必要だぞ!」

「『キングカイザー』のコストは……7もあるやんか!」

 タレントが大げさに驚いて見せる。

「そう、だから毎ターン、しっかりマナ領域にカードを置いていこう。それと、DWのカードには色があるんだ。使いたいカードの色と同じ色のカードを、コストにする必要があるぜ。例えば『キングカイザー』の色は赤と白。だから、コストにする7枚のカードに、赤と白のカードがなきゃダメだぞ」

 ここで、説明のVTRが入った。


『DWのカードは、色ごとに得意分野があるゾ!アニメでリュウタが使っている赤のカードは、モンスターのコストを軽くして早く召喚したり、相手のライフにダメージを与えるのが得意ダ!ライバルのデス伯爵が使ってる黒いカードは、墓地からカードを手札に戻したり、蘇らせたりするゼ!他にも、青・白・緑のカードがあるから、お気に入りの色をさがしてみようゼ!』

そして、昭吾にカメラが戻る。

「ここまでいろいろ説明してきたけど、ぶっちゃけこれは間違えちゃってもOK!」

「えーっ!なんでや昭吾クン、間違えたらあかんやろ」

「間違えちゃったら、友達や詳しい人にルールを確認すればいいからな。一番大事なのことは……一緒に遊んでくれる友達を大事にすること!始めるときは『よろしくおねがいします』終わったら『ありがとうございました』の挨拶をすることだぜ」

 ここからの一連の発言が、ネットに取り上げられて広まることになる。

「挨拶すること。相手のカードをむやみに触らない。カードを大事にする。パックをあけたら、ゴミは片付ける。人のいやがることをしない。悪口を言わない。ズルしない。『良きワンダラー』であることが、DWのルールより、ずーっと大事だぜ」

「そんなん、当たり前のことやがな」

 芸人がまぜかえすと、昭吾は深くうなずいた。

「当たり前のことができていないと、いっしょに遊んでくれる、未来のワンダラー友達もいなくなっちゃうだろ?それに……」

 そして、不敵に笑ってみせた。

「そういう『ちゃんとしてないやつ』に負けても、負けた!って気にならないよな。『あいつ、デュエルは強いけど、ゴミ散らかすし嫌なやつだしなあ』ってなるだろ?逆でも同じだぜ。すっきり勝ちたいなら、イイヤツだしデュエルも強い、ちゃんとした『良きワンダラー』になる!それが大事だぜ!」

 

 『良きワンダラー』という言葉は、この昭吾の発言とともに広がっていった。《ワンダラー王子》の言葉に、多くのショップやワンダラーが賛同し、彼ら・彼女らの行動は着実に現実を変えていった。私のショップでも、この思想が広がるにつれ、散らかったゴミの量や、マナーの悪いワンダラーは目に見えて減っていった。そしてそれは、その言葉が誰のものかもわからなくなっても、今に至るまで続いている。

 綺麗事に説得力をもたせ、人々の心を動かす。それだけのカリスマが、《ワンダラー王子》白木昭吾にはあったのだ。

 

 番組が放送された翌日、昭吾と琢磨はショップにいた。

「『あさスタ!』見たよ。すごいね」

「まあな。『グランプリ』では優勝できなかったけど、やっと、俺の生き方が認められたって感じだ」

 昭吾は自慢げに琢磨に語っていた。

「ワンダラーは、俺はただのオタクじゃない。『ワンダー』が好きで、でもそれだけじゃない。人間としてもちゃんとしてる。そうあるべきなんだ。大学にも受かって、次のグランプリでは優勝して……そんなこともできるやつがいるって証明する。そんで、親父を……俺らのことをバカにするやつを、全部見返す。だから再来年は、ガチで勝つぞ」

「うん」

「ねえ、昭吾」

「あ?」

「次のグランプリ、僕も勝ちたい。僕だって昭吾に憧れてるんだ。がんばって、昭吾に勝てるようになるよ」

「言ったな、琢磨。じゃあ次の決勝は、俺と琢磨だ」

「うん」

 そんな会話をしていたことを、私は覚えている。

 琢磨は笑った。昭吾も。そして、再び、二人でデュエルをはじめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る