25 ドッ派手にいこうぜ

「……ンの、クソガキ!」

 余裕を忘れて、カジタニは手の甲で鼻血をぬぐい、歯をむき出した。


 一応、暴力団に所属していた身である。それ以前は手が付けられないほど乱暴な学生だった。今の時代、暴力団だからこそ、迂闊うかつに抗争を起こすわけにもいかず、命をはった経験はもう過去のものとなっているが、それでも日々のシノギに「威圧」が有効であったことは間違いない。


 その自分が、たかだか高校生の年齢の若造に、翻弄ほんろうされているとは!


 ほとんど意味不明の気合とともに、カジタニはポケットからナイフを抜き出し、突き出した。見越していたかのように、黒川くろかわの左足が旋回した。完璧なタイミングで、カジタニの手首外側の急所に回し蹴りが撃ち込まれた。激痛に握力が抜ける。黒川は左足を下ろさず、振り直して段蹴りで、ナイフを遠くへ蹴り飛ばす。そこで初めて左足を、踏み込むように下ろして重心を乗せながら、右の拳をカジタニのみぞおちへたたきつける。

「うぐッ」

 カジタニはよろめいて後退した。


 黒川は一旦、体勢を起こした。どうやら相手が暴力団にいたというのはハッタリではなさそうだと確信する。身ごなしもだが、今の、いきなりナイフで突きかかってくる動き。人を傷つけることに慣れていないと、ああはできないはずだ。まさか、まで隠し持ってやしないだろうな。……この男、みぞおちを殴られただけにしては、下がり方が大きすぎやしないか? まるで、よろめくついでにリーチを確保しようとしているような。


 脳裏で危険信号がひらめく。


 黒川が全力疾走を開始したのは、カジタニがブルゾンの内側へ手をつっこむより早かった。逃走ではない、逆だ。真っ向から最短距離。ふところに手を入れるという動作は、中段を守る姿勢でもある、突くなら上段しかない。忖度そんたくも遠慮もまったくなしに、人体のもっとも硬い部位であるひじを、眉間みけんに撃ち込む。かは、と奇妙な音声を上げて、カジタニの眼球が裏返った。恰幅かっぷくのよすぎる肉体が、あらゆる制御を失い、ひっくり返って動かなくなった。腹の上に、間に合わなかった拳銃が、不気味に転がっている。


「カタギのガキ相手に、なんつーおっそろしいモン振り回してくれんだ、おっさん」

 おそろしさよりも、むしろ呆れたような口調で、意識を失ったおっさんに、自称カタギのガキは吐き捨てた。


 さて、ぐずぐずしてはいられない。しかし、こいつの後始末はしっかりしておかないと。取り込み中に、背後からお礼参りをされては目も当てられない。

 とりあえず、ハンドタオルを取り出し、くるむように拳銃を拾う。重い。たぶん本物だ。下手に蹴り落とすと暴発の危険がある。幸い、古店舗の片すみに押し込まれたガラクタに紛れてロープが見つかったので、これでカジタニをしっかり縛り上げ、重さのある什器じゅうきに固定してやった。それでもなお、拳銃をこいつの目が届くところに置いておくのはまずいだろう。

 脱ぎ捨てたブルゾンと、ついでにカジタニの手から蹴り飛ばしたナイフも拾う。


「にしても、シケたモン使ってやがるぜ。サタデーナイトスペシャルってやつか」

 モデルガン好きの高校生は、明らかに顔をしかめた。リボルバーで、おそらくコピー拳銃と思われるが、見るからに造りが雑で、材質もよくなさそうだ。S & Wスミスアンドウェッソンやコルトなどの、一般的な日本人が聞いたことのあるような信用のあるブランドではないであろう。そのぶん安価で小型であり、比較的手に入りやすい。いわゆる二流品である。引き金が重かったり、照準器サイトが役にたたず命中精度が悪かったり、部品のバランスがよくなかったりといった欠点も多い一方、そのすべてが粗悪品とは限らず、性能的には掘り出し物も見つかったりする、闇鍋的なカテゴリーでもある。皮肉なことに、今どきは一般人よりも、規制が厳しい暴力団の方が手に入れにくそうだが、仕事道具としてこだわるのでなければ、まあ手ごろなクラスといえるだろう。


 こいつをどうしてくれよう。


 戦闘という意味で考えるなら、強力な武器として活用できるだろう。だがこちらが銃を使用するということは、相手も容赦をしなくなる。武器を使用していいのは、そいつを自分に向けられる覚悟がある者だけだ。黒川自身は、仮に拳銃を使うとなれば向けられる覚悟もできる。しかしそれ以前に、彼は高校生である。ヨウヨウたるゼントを持つコウコウセイとして、どうしてもやむを得ない事態でなければ、拳銃を他人に向けて発砲するというゼンカは、できるだけ避けたいところだ。まして人質までとられている。さすがに実弾を発砲した経験はない。射撃の名手ならいざしらず、下手をすると巻き添えを生み出してしまう危険は考慮すべきだ。となると……こいつを持ち歩くことはリスクでしかない。かといって、下手なところに隠したつもりで、万一こいつを敵が発見して、こちらに対する攻撃手段として活用を許すことになれば、間抜け以外のなにものでもない。要するに、万一見つかっても「これでは使えない」という状態にして隠しておくのがベストということになる。


 店を出る。きょろきょろしていると、水音が意識に流れ込んできた。古店舗は田んぼに囲まれており、もちろん今の季節は稲が刈り取られた後そのままになっているのだが、古店舗の敷地と田んぼの間を、土を掘り抜いただけの用水路が走っていることに初めて気づく。

 ――こいつだ。

 黒川は、リボルバーの弾倉マガジンをひっくり返して弾薬を抜いた。できることなら拳銃本体も可能な限り分解バラしてやりたいところだが、あいにくそんな余裕はない。腹ばいになって手を伸ばし、水路そばの泥べちゃの中に、拳銃と弾薬を別々に放り込む。カタがつくまで、第三者がここまで入って来てこいつに気づくことはないだろう。最近の拳銃は水に濡れた程度では発射に支障はないらしいが、銃身や弾倉に泥が詰まっていたらどうか。多少なりとも想像を働かせれば、暴発の危険が頭をよぎりはしないか。


 ナイフは、ロープと同じように、什器のがらくたの中にガムテープを見つけたので、刃に手早くぐるぐるに巻き付け、やつらのミニバンの屋根に載せる。ここは案外見つからないものだ。仮に見つかって、ガムテープを剥がしても、刃がねちょねちょでは使う気になるかどうか。


 ここまでしてようやく、黒川は大きく息をついた。どうも嫌な予感はしていたが、うかつにモデルガンを使わなくてよかった。シャレにならない展開になっていたに違いない。

 カジタニから直接のダメージはほとんど受けていないとはいえ、やはり相手は戦い慣れており、そのうえタフだった。黒川なぞ、あの男に比べれば軽量級である。手間取って、スタミナを少しばかり消耗してしまった。がひとりでなによりであった。

 いや、疲れている暇はない。本番はむしろここからである。


     ◯


「あ、そこ、左に入ってください」

 スマホをいじっていた客は、不意に頭を上げ、窓の外を眺めまわすと、だしぬけにそう指示した。

「はいはい、ここね」

 ハンドルを左に回す。タクシーは、スロープへ続く手前で大通りから外れ、細い道へと入り込んだ。自然、スピードが控えめになる。


 左折してまもなく、タクシーは路肩へ寄せ、速度をゼロに落として後部ドアを開ける。乗客の若い男は、料金を払って礼を述べると、しなやかな肢体を踊るように操り、降り立った。小道の向かいの店に、バイクが停めてあるのを見つけ、唇をほころばせる。

「さぁて、今日のショータイムは、ドッ派手にいかないとね」

 そんなつぶやきが、風に乗って流れる。


 タクシーから降りた男は、さっき入って来た道を逆向きに駆け出した。後部のドアを閉め、運転手は首をひねった。――あの兄ちゃん、乗って来たときは普通のカッコしてたと思ったんだけど、いつの間にタキシードなんぞに着替えたんだろうか、と。

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